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前日譚:『剛の雷、柔の雨に溺れる』

 若き日の翁――当時の名を「いかずちの造」は、その名の通り、荒ぶる雷神のごとき剛力で天下に敵なしと豪語しておりました。

 彼はある時、大陸から渡ってきた「恐るべき武芸の一族」が、人里離れた森に庵を結んでいると聞きつけます。血気盛んな彼は、「俺の拳を止めてみよ!」と、意気揚々と道場破りに乗り込んだのでございます。


 そこで出会ったのが、若き日の媼でございました。  彼女は当時、一族の中でも「千年に一人の才」と謳われた、柔拳の継承者。

 若き翁は、自慢の剛拳を叩き込みました。山を砕き、大気を裂く一撃です。ところが……。


 媼は、指先ひとつ。

 そう、たった指一本で翁の拳の「芯」を外すと、彼の巨大な力そのものを利用して、彼を空中で三回転半させ、庭の池へと真っ逆さまに投げ落としたのでございます。


「あら。力ばかりが強くて、中身は空っぽの風船のようですわね」


 泥水をすすりながら顔を上げた翁は、その時、夕陽を背に凛と立つ彼女の美しさと、自分を赤子のようにあしらった圧倒的な「技」の冴えに、雷に打たれたような衝撃を受けました。  そう、彼はこの瞬間に**「完敗」し、同時に「完落かんらく」してしまった**のです。


 それからというもの、翁は毎日その庵に通い詰めました。

 挑んでは投げられ、挑んでは池に沈められ……。千回目に投げられた際、池の中から這い上がった彼は、震える手で花を一輪差し出し、「俺の残りの人生を、すべてお前の技で磨き上げてくれ!」と叫んだのでございます。


 媼は呆れたように笑い、「修行は厳しいですよ?」と答えたと言います。

 以来、今日に至るまで、翁は一度たりとも媼に勝ったことがございません。

 ですが、それこそが翁の誇り。「世界で唯一、自分を地に這わせることができる女性」を妻に持ったことこそ、彼にとって最大の勝利なのでございます。


……え? 私ですか?  私はその時、翁が池に落ちるたびに飛び跳ねる魚を拾い集めて、「天下無双が負けた記念の干物」として売り歩こうとして……いえいえ、二人の間に流れる、火花散るような「愛の予感」を、竹の葉の隙間からニヤニヤしながら見守っていたのでございますよ!


 今でも、翁が媼に頭が上がらないのを見るたびに、あの日の池のしぶきを思い出して、ついつい笑みがこぼれてしまう。

 これこそが、最強一家を支える「一番太い根っこ」なお話でございます。


 お後がよろしいようで。

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