第四章:都の旋風 ―隠せぬ覇気の片鱗―
さて、最強のゆりかごで魔改造……もとい、大切に育てられたかぐや姫も、いよいよ美しい娘へと成長いたしました。
ある日のこと、翁は媼にせっつかれ、重い腰を上げることになります。
「あなた。いつまでも山に籠もっていては、かぐやに雅な都の空気を見せてあげられませんわ。今日は買い出しがてら、家族で都へ出かけましょう」
「が、がはは……都か。あそこは人が多くて、うっかり肩が当たっただけで家を壊してしまいそうで苦手なのだがな」
翁はため息をつきながらも、媼の決定には逆らえません。
一行は「普通の一家」を装うべく、細心の注意を払って山を下りました。
翁は、全身の筋肉を内側に凝縮させ、覇気を極限まで抑え込みます。それでも横幅が普通の人の二倍はあるのはご愛嬌。
媼はいつものように涼しげな顔。そしてかぐや姫は、その絶世の美貌が騒ぎにならないよう、笠を深く被り、地味な衣を纏っておりました。
都の市場は、それはもう活気に溢れておりました。 翁は媼に言われた通り、抜き足差し足、羽毛のような足取りで歩きます。
「いいか、かぐや。都の道は脆い。一歩に三割以上の力を込めるなよ。石畳が割れるからな」
「分かっておりますわ、お父様。私は一分も力を入れておりません」
かぐや姫がそう答えながら歩く姿は、まるで地面から数ミリ浮いているかのよう。実際、彼女が通った後の砂埃は一切舞い上がらず、そのあまりの「気配の無さ」に、鋭い武芸者がもし居合わせれば、腰を抜かして驚いたことでしょう。
ところが、平穏な買い出しは、市場の角から聞こえてきた悲鳴によって破られました。
「逃げろ! 狂い牛だ! 車を引いたまま暴れ出したぞ!」
市場の向こうから、荷を山積みにした牛車を引く巨牛が、眼を血走らせて突進してきました。御者は振り落とされ、逃げ遅れた老人が腰を抜かして道の真ん中に座り込んでいます。
あわや、巨牛の蹄が老人を踏み潰さんとしたその刹那!
翁が、あくびをしながらひょいと前に出ました。 「やれやれ。都の牛は、躾がなっとらんな」
翁は、突進してくる牛の、鋼のように硬い角を――なんと、左手の二本指だけで「ぴしり」と押さえたのです。
ドォォォォォンッ!!
空気が爆ぜるような衝撃音。しかし、翁の体は一ミリも動きません。牛の全運動エネルギーは、翁の体を通って地面へと放出され、彼が踏みしめた石畳だけが粉々に砕け散りました。
あまりの衝撃に、巨牛は鼻先を指で押さえられたまま、まるで時が止まったようにその場で硬直してしまいました。
同時に、衝撃で牛車から放り出された数多の荷物――米俵やら、高級な反物やらが、空中に舞い上がります。 それを救ったのは、かぐや姫でございました。
彼女は袖を翻し、目にも留まらぬ速さで舞い踊りました。その指先が空中の荷物に触れるたび、荒れ狂う慣性が「静寂」へと変換されます。
人々が目を開けたときには、すべての荷物が、まるで最初からそうであったかのように、寸分狂わず元の牛車の上へと整然と積み戻されておりました。
「お父様、お母様。大根が砂を被る前に、参りましょう」
かぐや姫の凛とした声。
翁は「おう、そうだな」と、硬直した牛の額をポンと叩いて正気に戻してやると、一家は何事もなかったかのように雑踏の中へ消えていきました。
……ですが、見ていた者がいたのです。
その場に居合わせた、五人の貴族の使いの者たち。彼らは震える手で筆を取り、すぐさま主へと文を送りました。
『山奥の竹取に、牛を二本指で止め、重力を操る娘あり! その美貌、天女をも凌ぐ!』
この一日が、一家の「隠居生活」を終わらせることになるとは、翁も媼も……いえ、媼だけは少しばかり予測していたのかもしれません。
……え? 私ですか? 私はその時、騒ぎに乗じて、牛が吐き出した泡が不思議な形をしていたので、それを「聖なる牛の奇跡の泡」として瓶詰めにして売ろう……いえいえ、この歴史的な瞬間を後世に伝えるべく、物陰から必死に記録しておりましたとも!
さてさて、この噂を聞きつけた欲深い貴族たちが、一体どんな顔をして一家の元へ乗り込んでくるのか。
それはまた、次のお話で。




