第三章:最強のゆりかご ―魔改造される姫君―
さて、皆様。
池に沈んでびしょ濡れになった翁が、媼の前に正座して和解した……という、なんとも微笑ましい(?)光景から月日は流れました。
竹の中から現れたあのかぐや姫。世に伝わるお話では、わずか三ヶ月で大人になったと言われておりますが、この最強一家における成長の早さは、そんな言葉では片付けられません。それはもう、日々その身に宿る「気」が膨れ上がり、一刻ごとに覇者の器を磨き上げていくような、恐るべき速度でございました。
何しろ、育ての親が「歩く天災」のような二人ですからね。
普通の女の子なら手毬を突き、お人形で遊ぶような年頃に、かぐや姫が何をしていたかと言えば……。
「ほれ、かぐや! 集中しろ! 飛んでくる丸太を拳で突くのではない。気の流れを読み、柳のごとくその威力を『逃がす』のだ!」
庭では、翁が巨大な丸太を次々と投げつけております。しかもこの翁、愛娘を鍛えたい一心で、投げるたびに「うおらぁ!」と岩をも震わす気合を入れ、丸太に猛烈な螺旋の回転を加えております。もはや丸太というより、木製の弾丸。掠っただけで家が消し飛ぶような代物です。
しかし、それを受けるかぐや姫は、わずか数歳にして、風に舞う花びらのごとき身のこなし。
突進してくる丸太の側面に、そっと、絹糸を触れさせるような優雅さで指先を添えます。するとどうでしょう! 巨木の塊がまるで意志を持った生き物のように、彼女の体の周りをぐるりと旋回し、勢いを失うことなく庭の隅へ、音もなく整然と積み上がっていくではありませんか。
「お父様、少し回転が足りませんわ。これでは受け流す楽しみがございません」
「がはは、言うようになったな! ……あ、いや、婆さん、今のを聞いたか? かぐやが先に挑発したのだぞ? 俺が無理をさせているわけでは……」
翁は、縁側で静かにお針子をしている媼の、背後から突き刺さるような視線を感じ、慌てて弁解いたします。 媼は、針を通す手を一瞬も休めることなく、冷ややかな、しかしどこか満足げな声を放ちました。
「あなた。かぐやに教えるのは、そんな猪のような『筋力』ではなく、万物の根源たる『気の巡り』だと言ったはずです。……かぐや、次は私のところへいらっしゃい。お茶を点てながら、全神経を指先に集め、宇宙の呼吸と同期する『一念不動の境地』を教えますわ」
「はい、お母様」
かぐや姫は、先ほどまでの激しい動きが嘘のように、呼吸ひとつ乱さず、しずしずと歩いて媼の前に座ります。
媼の教育は、翁のそれより数百倍は緻密で、そして静かなる恐怖に満ちたものでした。
茶を点てるその所作一つに、一寸の乱れも、一分の気の緩みも許されません。もし心が少しでも揺らげば、茶碗の中の茶柱が、かぐや姫の眉間に向かって見えない弾丸のように飛んでくる……という、まさに静かなる修羅場でございました。
ですが、かぐや姫の才能は、両親の予想を遥かに超えておりました。
翁から受け継いだ「山をも砕く剛力」を、媼から教わった「水さえ切らぬ精密な気の制御」で御する。
その結果、わずか数年で、彼女は「見た目は気品溢れるお淑やかな姫君、中身は神仏すら一撃で屈服させる絶世の武神」へと成長してしまったのです。
時には、翁の斧の素振りに付き合い、一振りの風圧で裏山の雲をすべて消し飛ばし。
時には、媼と共に目隠しをして、森の中を飛ぶ数千の羽虫の羽音をすべて聞き分け、箸一本でそれらすべてを傷つけずに捕らえる。
そんな「遊び」を日常として過ごした姫が、いかに育ったか……想像するだに恐ろしいことではありませんか。
……え? 私ですか? 私はその時、修行の余波で飛んできた丸太の破片を拾い集めて、特製のお札にして村の子供たちに高く売……いえいえ、将来この姫が伝説になることを見越して、しっかりとこの目に焼き付けていたのでございますよ!
さて、そんな「最強一家」の平穏な日々でございましたが、いつまでも山の中に隠れ住んでいるわけにはまいりません。
一家が「普通」を装って都へ出かけたとき、ついにその隠しきれない覇気が、世に知れ渡るきっかけを作ってしまうのです。
それはまた、次のお話で。




