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再会

「東京宇宙開発大学、か。国立だしかなり難易度も高いが……本当にここを受験するのか?」

「うん。挑戦、してみようと思う。」

 何かに突き動かされたような衝動のまま書き殴った文字列。

 それは、私の覚悟を表していた。深いのか、浅いのか。そんなことは知らず。

「大学を卒業したらやっぱり、ISEAとかに行くのか?」

「……そのつもり。」

 偶然の連れてきた運命的な出会い。あれを機に、私の目の前に道が開けた。

 まるでそこに進めと言われているような、強い衝動に襲われたのだ。

 自分に向いているかどうかはわからない。でもそれも、この目で確かめたくて堪らない。

 

 かくして、私の受験生活は本格的に始まった。

 既に志望校の決まっている周りとは少し遅れて志望校を決めた私だったが、幸い勉強は得意だった。

 スラスラと紙の上を踊るペンの振動が、痛いほど体中に響く。私の思考よりも早く動いているようだ。

 今まであまり勉強をしてこなかった私だが、目標が定まって強く熱が入った。まるでなにかのスイッチが入ったようだ。

 自分の様子が変わったのは親も、先生も、何より私が一番気づいていた。

 何も、何もできないと思っていた私でもここまで熱中できるんだと、そう思った。

 そんな私の頭の片隅には、どうしてか常にあの女性の姿がちらついていた。

 杠雫。そう名乗った彼女は、まるで掴めない変な人だった。

 冷たい言葉を投げかけてきたと思ったらふにゃふにゃと笑い出すし、どうやって接すればいいのかいまいちよく分からない。

「はっ」

 張り詰めた息が一瞬にして弾ける。

 いけない。あまり関係のないことは考えないようにしよう。

 私が彼女に思うことは本当にそれだけだろうか、という思考さえも共に閉じ込めた。

 どこか冴え切らない頭で文字列と向き合い続ける。何時間も。


 だからこそ、そのとき私はしばらく立ち尽くしてしまった。

 

「梨奈ちゃん……だよね」

「……え?」

 杠雫。何故彼女が目の前にいるのか。考えても全く理解ができない。

 昼下がりの海岸線。いつも通り学校からの帰路につく私の前に突然現れた彼女は、あの時のような笑みを浮かべていた。

 ショートした頭を無理やり起こす。

「いや、えっと、何で……」

「3カ月休暇貰ってね、気になって来ちゃった。」

『気になってきちゃった』?

 そんなに軽々しく言える言葉なのかわからない。

 そもそもその行動自体、その原理で起こせるものなのか?

「わ、私に会いに来た……ってことですか?」

「うーん、まあ、そんな感じ。しばらくここいるから、よろしくね。」

 あの時のよろしくとは、これだったのかもしれない。まるで伏線回収だ。

 いや、ということはあの時からすでにここへまた来ようとしていたのか。

「うーん……」

 何か複雑な気持が心の中で渦巻く。

「それで、さ」

 何から話せばいいのか分からない中、先に切り出したのは彼女の方だった。

「ここらへんのこと全然知らないからさ、案内してほしいな、なんて。」

「え……私が?自分で歩いてみたり……」

「できれば梨奈ちゃんがいい!……なんて」

 どこか食い気味に、取ってつけたような言葉を割り込ませる。

「ほら、ISEAにも興味あるみたいだし、そこらへんも色々話しながらさ。」

 まあ、一応彼女もISEAの人間。何か話が聞けるかもしれない。

 そう自分を納得させ、彼女の奇行に付き合うことにした。

「ちょっと待っててください、着替えてくるので。」

 そう言って足早に家へと飛び込む。勢いでOKしてしまったが大丈夫か。

 何か、変なことをされたりしないだろうか。

 とにかく、今ならまだ間に合う。今のうちに警察に連絡を……


「お待たせしました……」

 結局、来てしまった。

 まあ、裏とかは特になさそうだし、いきなり警察呼んだりしても可哀そうかと、そう私の良心が働いた。まあ、相変わらず警戒は怠らないが。

 ここら辺を案内してほしい、なんて誘いに乗ってしまう私もきっとどうかしている。第一、別に観光地とかそういうのでもないし、見所などはあまりない。

 ただ彼女が憧れの場所に近いというだけで、ここまで許してしまっているのだ。

 気付いたときにはとんでもない所まで足を踏み入れられてしまいそうだ。

「はあ……」

 今更ながら自分の軽々しい行動に小さく溜息をつき、私は歩き出す。後に続くよう、彼女……雫さんに促した。

 相も変わらず地上の全てを焼こうとしているかのような日の光に照らされる道を歩く。どうも地球の気温は数百年前から常に上がり続けているらしい。

 軌道エレベーターを利用したなんちゃらとか言うプロジェクトで少しは気温を下げられているらしいが、どうも私たちにとっての快適な気温までは下がらないようだ。

 吹き出る汗をハンカチで拭い、ふと側を歩く彼女を眺める。

 私と同じく、いや、私より汗を流す彼女は、どうしてか笑顔を浮かべていた。

 とてもじゃないが、私は熱すぎて笑う事なんてできそうにない。

「私、ずっと宇宙にいたからさ。こういう、日本の夏に憧れてて。暑いね!」

 ああ、そうか。ずっと気温の低い宇宙にいたから、この暑さに慣れていないのだろう。

 それにしても本当に楽しそうだ。

 この環境を楽しめるようになるのなら、尚更宇宙に行ってみたくなる。

「この……潮風も気持ちいいね。いつも降下の度に感じてた匂いも、任務外だとこんな感じ方なんだ。」

 滝のような汗の中でも笑顔で淡々と話し続ける彼女。流石、体力は人並み以上のようだ。

「はは……」

 そう愛想笑いにも似た乾いた笑いを溢す。いや、乾いてはない。

 憧れ。確かに彼女はそう言った。

 彼女にとっての憧憬はこの景色だったのか。誰かの憧憬は誰かにとっての当たり前。そう。私の憧れも彼女にとっては普通なのだ。

 かつての彼女にとっても。そしてそれは誰かの当たり前だった。

 そう気づいたからには、彼女に話を聞くほかなかった。私の憧れを、確かめるためにも。

 一通り町は歩いた。この暑い中、住んでいる町がそこまで大きくなくてよかったと人生で初めて感じた。

 木陰のベンチ、透明なペットボトルを握りしめた彼女が座る。

「日本の自動販売機、久しぶりに見た。宇宙のはね、お金入れなくても顔認証で買えるから。」

 遠いところで、技術も進歩しているものなんだな、と一人ぼっちの時に呟く独り言が頭の中を動き回る。

「空が、青いね。」

 空へ手をかざす。

 木陰の隙間、そこから顔を覗かせる夏の原因は、まるで私たちなど見ていないかのように空で輝き続ける。

「……やっぱり、向こうにいるときは足の下に空があるんですか?」

「うん、そう。地球って思ってたよりも青いんだなあって知った時、ちょっと驚いちゃった。」

「私、この間まであそこにいたんだ……」なんて言いたげな横顔。

 物思いに耽る彼女の内の静寂を切り裂くように、口を開いた。

「あ、あの。昨日の……宇宙は私が思っているような場所じゃない、って。どういうことですか。」

 しばらく考え込んだ後、小さくため息をついた。

「……そのまんまの意味だよ。」

 弱く、しかし淡々と言葉を続ける。

「私もね、最初は憧れで目指してた。宇宙はどれくらい広いんだろう、とか。何があるんだろう、とか。好きだったんだね、あの頃は。夢中で追いかけてた。あのそらを。ロマン、っていうのかな。見えない何かを追いかけたくて、知りたくて。」

 肩を落とす。さっきまで空高く挙げられていた手のひらは地を向き、音にならない声はまるで絞り出されるように空気の海を漂う。

「でも実際に見たらね、何か違ったんだ。宇宙の開拓、なんてロマンあふれるものじゃなくて、ただずっと資源を集めるだけ。今までいろんな星に行って、宇宙を見てきたんだけど、全部人間が開発を進めてて。無機質で、代り映えのないあの景色。こうなるって気づいていれば途中で諦めていたかも。」

 どこか諦めきった眼差しは、もっと他に伝えたいことがあるようだった。

「好きってだけじゃ、憧れだけじゃ、続けられないのかもね。」

 

「好きだけじゃ……憧れだけじゃ、続けられない……」

「うん。悔しいけど、それが現実。だから、あなたにも同じ思いはしてほしくなくて。ごめんね、あんなこと言っちゃって。」

「いえ……いろいろ教えてくれてありがとうございます。これで、しっかり向き合えそうです。」

 覚悟が決まった、と言えば嘘になるかもしれない。


 どこか不安の残る心、それでも灯り続ける憧れの灯は、まるで彼女の忠告を無視しているようだった。

「でも、本気で目指すなら応援するよ。私も、ちょっとでも助けになれたら、サポートするから。」

 まさか、これを伝えるためにここへ来たのだろうか。

 ……きっと私の思い違いだろう。

「……ありがとう、ございます。」

 俯いた目には、陽の光を反射するISEAのバッジが映った。

 丁度その頃、ヴーッ、ヴーッっとスマホの振動が体に響く。

 慌てて取り出すと、それは母からのメッセージが来たことを伝える通知だった。

 同時に映し出される電子時計が時間の経過を思い知らせてくる。

「あ、ごめんなさい、もう帰らないと」

「もうこんな時間なんだ。ごめんね、夢中で話しちゃって。」

「いえ……むしろ、話が聞けてよかったです。」

 夏日の午後六時。時間に反して未だ空は明るい。

「あの、またお話、聞かせてください。」

 気が付けば、そんな言葉さえ口に出していた。

「うん、いつでも。しばらくはこの町とか、近くにいるから。会いたくなったら連絡してね。」

 そう微笑む彼女の顔は、不思議とあの空の星のように輝いて見えた。

 そこを目指す理由が、確かにある気がした。

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