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偶然

 降下システム、起動。降下開始。


 青く光るコックピット。下に見える星々と、人の作り出した星。

 私は今、宇宙という縛られた場所から降りようとしている。

 鮮やかに彩られた蒼い地球が目を覚ますかのように、私を歓迎する。

 青く澄み渡った空を真下に、いつか描いた夢想を馳せる。

 あの夢も、答えを求めたものも、消えていった。

 癒えることのない傷のような虚しさが頬を撫でる。

 また朝が来るまで待っていよう。目を閉じ、墜ちていく。それは悠久の時のように、音も立てずに過ぎ去る。過去も置き去りにして。

 

 気付けば私は、広い青の中に浮かんでいた。

 鮮やかな波の音が、打ち付けるように金属の中に響く。

 コックピットを開放し、外の空気を吸い込む。

 気持ちの良い潮風、照り付ける日の光を反射する機体。

 今は何時だろうか。今回は長い間宇宙にいたし、それなりに時間は経っている筈だ。

 すぐそこの陸地を横目に、端末の時間を地球基準に設定する。

 位置情報によれば、ここは日本らしい。時刻は午後四時頃。

 生まれ育った、慣れ親しんだ故郷がまるで異国の地のように感じてしまう。

 映し出された日付は、出発の時から約二年の経過を示していた。体感としては1年もないくらいだと思っていたが、ここまでズレているとやはり少し驚いてしまう。

 ウラシマタロウ、だったか。ずっと昔に聞いた、昔話を思い出す。確か、それが同じような内容だったかもしれない。

「やっぱり慣れないな、宇宙は」

 手元の青いボタンを押し込み、機体を海上モードへと移行する。金属の擦れる音と共に、機体が少しだけ海に沈む。

 船は嫌いだ。船酔いをするから。

 幸い今回は陸が近い。すぐにここから下りることができるだろうと、少しほっとして再び機体の中へと乗り込んだ。

 夏の温度が一気に冷めこんだような、ずっと前に思い描いた季節が過ぎ去ってしまったようだ。

「あ……通信」

 ふと、頭上のランプが赤く点灯しているのが目に入った。

 少し夏の温度に浸りすぎたと、慌てて通信に応答する。

『あ……繋がった。杠さん、聞こえますか?』

「はい、すいません。応答忘れてて。」

『気を付けてくださいよ……心配するので。何か、問題などはありますか?』

「いえ、こっちは特に。輸送コンテナには、何も問題はありませんでしたか?」

『はい、こちらも問題なしです。』

 ほっ、と胸を撫でおろす。

 コンテナのエレベーターへの取り付けは精度が求められるし、毎回少し緊張するものだ。

『それではこちらは物資の到着次第確認しますので、しばらく待機をお願いします。あ、もう帰ってきてもらっても構いませんよ。』

「はい、ありがとうございます。それでは。」

 そう言って通信を切断する。少し緊張した声が、その瞬間に解ける。

『NO SIGNAL』と、それだけ書かれた画面を見つめながら、小さく溜息をついた。

「はあ……」

 帰りたくは、ない。あの張り詰めた空気、少し苦手だ。

 できることならこんな海辺の町でゆったり暮らしたい。でも考えてみれば今の私も望んでなったものだ。

「……難しいな」

 複雑な感情、世界事情。レールは間違えてない、踏み外してもない。

 ただ、迷っているだけだ。

 

 そう迷っている間にも、機体は徐々に陸へと近づいていく。

 ザザザ、と細かい振動が金属を伝うのを感じた。

「おっと」

 慌てて急停止する。もう砂浜に着いたようだ。

 再びコックピットを開放し、夏の匂いに触れる。

 打ち付ける波は、私の上がりきった温度を攫う。ひんやり、と。

 それは未だ慣れぬあの空の温度とは違い、やさしく心に語り掛けてくるようだった。

 名前も知らぬ海鳥たちが泣き声を上げる。

 日に照らされるコンクリート、どこまでも伸びる堤防。

 もう何度目だろうか。いつか夢見た景色。

 それはパイロットの私にとって、それは触れられないものだった。

「ふう」

 パイロットスーツの体温調節機能を切ると、徐々に内部が少し湿り気のある空気で埋め尽くされる。これでいい。これがいい。

 真っ白な地面に集められた熱さを受け止めながら砂を踏みしめる。そう、この足が焼けるようなこの感覚。この瞬間、私は久しく生きている感覚を取り戻す。

 すぐそこに座り込み、空を見上げる。さっきまで足元に会った青空。

 今、私はそれに包まれている。帰ってきたのだ、この星に。

 世界は、人間は、あの感覚を知らずに生きていくのだろうか。空に墜ちていく、あの感覚を。


「空へ、」


 突然、言葉が響いた。それは希望にも替え難い感情に包まれている気がした。

 

「え?」

 声が聞こえたのはすぐそこ。海に突き出たコンクリートの上。制服を着た少し小柄な少女が、飛び込もうとしていた。

 いや、まるで空中に身を投げ出すように。


 気付けば立ち上がっていた。スーツの電源を慌てて入れ、続いて飛び込む。

 途端に引き締まったスーツは、私の身体を決して濡らさない。

 彼女がどう思っているかなんて二の次だ。とにかく助けたいと、そんな気持ちだった。

 跳ねる水飛沫、視界を覆う水色の泡。その中で必死に彼女を探し、見つけた腕を掴む。

「っ!?ごごがぼっ!」

 驚いたのか、暴れ出す少女。

 詳しい話はあとで聞くから、ごめんね。と出せない言葉を飲み込み、腕を引っ張ったまま陸へと向かっていった。

 ――

「はぁ……はぁ……な、何ですか、あなた!?」

 海の中で急に腕を掴まれたら誰だってびっくりする。なんかでっかいイカかなんかか、とかバケモノか、とか思うわけだ。だから人間だったことには幸いなのだが。

「いや、ごめん……じゃなくて!急に海に飛び込んだりして、あなたこそ何のつもり!?」

 ぐうの音も出ない。

「ああいや、あれには少し事情が……」

 何とかして話を逸らして早く逃げなければ。そんな考えは、なんとなく目をやったその女性によって掻き消される。

「え……」

 特徴的な黒くてメカメカしいデザインのスーツに、彼女の後ろに見える大きなロボットのようなモノ。この人、もしかして。

「ISEAのパイロット!?」

「え、あぁ、まあ、そうだけど……」

 突然大声を出す私に、少し困惑しているようだ。

「え、えー!すご!宇宙から降りて来たんですか!?」

「あ、え、ま、まあ……」

 興奮してつい目を輝かせてしまう。震える体をいなすように、夢中で質問をする。

 「てことは宇宙に行ったんですよね!?ね!?どんな場所なんですか!?やっぱり自由なんですか!?なーんにもなくて、広くて!」

「あ、あー、えっと……!一旦落ち着こうか、ね?」

 と肩を掴まれ正気に戻る。気付けば女性に急接近していた。

 私は何をしているんだと、すこし申し訳ない気持ちになる。こんな初対面の女子高生に詰められて、困っていただろう。

「あ、ごめんなさい。つい興奮しちゃって……」

「あ、うん。大丈夫。」

 離れた女性の手は冷たく無機質で、まるでロボットのようだった。

「えっと……ISEAに興味あるの……?」

 不意にそう聞かれ、躊躇わずに答える。

「はい!詳しいとかそういうわけじゃないんですけど、なんとなく憧れというか、そういうのがあって」

 ふーん、と私の制服を見つめる彼女に聞く。

「あ、あの!あれってA.S.Eスーツですよね!?ちょっと、近くで見てもいいですか!?」

「え?うん、構わないけど」

 こんなにあっさり快諾してくれるとは思っていなかった。

 突然に訪れた機会に私は少し驚きながらも、その蒼とはかけ離れた金属の塊に触れる。

「すごい……」

 海に浸かっている筈のそれは、まだほんのりと熱を纏っていた。

「これが、宇宙に……」

 腕の部分に取り付けられたドリルアームとグラップリングアーム。エンジン、コックピット。全部、全部ネットで見たまんまだ。

 これがあれば、あの宇宙に

「あなた」

 突然、声を掛けられる。

「高校生……だよね。ISEAに興味、あるの?」

「……はい。まだ、目標とか夢とかじゃないけど、関わってみたいなというか……」

「さっき言ったみたいな、憧れが」

「それは、どうして?」

 割り込ませるように突然投げかけられたその質問に、少し言葉を詰まらせる。

「さっき、自由がどうとか言ってたね」

 淡々と言葉を続ける。どこか達観したような、冷たい目をした彼女は続けてこう言った。

「宇宙は、あなたの思うような場所じゃない。」

「……え」

「自由とか、曖昧なものを求めてあそこに行くなら、他の仕事を夢見たほうがマシ」

 スラスラと出てくる言葉たちに、私は言葉を失った。

 どうしてこんな夢を潰すような事を言うのだろう。

 私が思っている以上に大変な仕事なのだろうか。

 いや、そんなことはわかっている。そもそも条件とか資格とか、色々大変なのも知っている。

 それでも何か、それ以外の理由がある気がした。

 眉を顰め、彼女を見つめる。ようやく少し道が見えた気がしたのに、こんな事を言われるなんて。

「あ、いや、ごめん。そんなに怒らないで……そういうつもりじゃなくて……」

 私の顔を見て慌てて謝ってくる。

「そういうつもりじゃない、って、じゃあどういうつもりだったんですか」

「それは……私も、同じような理由でパイロットになったから。」

「じゃあ、あなたも自由を求めて?」

「自由を求めて……ってのはちょっとよくわからないけれど。とにかく広くて、何もない宇宙に憧れを抱いて」

「じゃあ、似たようなものじゃないですか」

「うーん……そう、かもね。ふふ。」

 そう言って微笑む彼女の顔を見つめる。

 何なんだこの人は。冷たいことを言ってきたかと思えば突然笑い出して、掴めない人だ。

 気付けば、濡れた制服も日に照らされ乾きかけていた。

「私、杠雫。ISEA所属のパイロット。よろしくね。」

 一体何によろしくなのか。よくわからないが、とりあえず私も名乗ることにする。

「え、えと、私は青木梨奈。普通の、高校生、です」

「うん、見ればわかる」

 何、その反応は。と口に出したい気持ちをぐっと抑え込み、深呼吸をした。

「えっと、さっきはあんなこと言っちゃってごめんね。ただ、そのままの意味で。」

 宇宙は私の思うような場所じゃない、か。確かにそうかもしれない。

 でもこの目で見て確かめるまでは認めたくない。

「いえ、私も、少し理想を語っていたというか……」

「でも、感じ方は人それぞれだもんね。理想の形も。」

 言葉を滑り込ませる。でも、取ってつけたような感じは少しもしなかった。

「本気で目指すなら、私も応援するよ。」

「……はい、ありがとうございます」

 意外と、悪い人じゃないのかもしれない。そんな期待を、少し向けてしまう。

 ようやく見えた、少し開けた道。

 少しの憧れでも、夢を見ていいのだろうか。そんな思いが、少しだけ肯定された気がした。

「じゃあ、私はそろそろ行くかな。」

 いつの間にか座り込んでいた彼女が砂を踏みしめ立ち上がる。

「また、いつか会おうね。」

 砂を払う彼女は、少し微笑みそう言った。

「はい、また。」

 いつか、また会えるのだろうか。きっとそんなことはほとんど無いだろう。

 気付けばお互い忘れている。それが世の常だ。


 青い光を放ち空へ飛び立つA.S.Eスーツを眺める。

 すっかりオレンジ色に変わった海は、また様相の違う空を映していた。

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