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第五話:VSビースト③‐強くなるきっかけがある


ネ:「あ~~、狂ったように金を使いたい」


鬼:「じゃあ二億円をあげましょう」


マ:「すっげぇ!!」


ネ:「……マイちゃん。全部捨てちまおう…」


マ:「は!?なんで!?」


ネ:「…ゴート札だよ」


マ:「何!?あの幻の偽札の!?」


鬼:「ルパ〇三世にこんなのありましたね」


マ:「しっ!ばれちゃうだろ!」



「先生、うぜぇんだよ!」


 カナザワくん…何ですか?先生にむかって……


「先生、だりぃッス」


 カサネギくん…そんなに先生の授業がめんどくさいですか…?


「先生、マジでキモいよ」


 タカマツさん…そんなに先生の顔は汚いですか…?


「先生、彼女が欲しいです」


 トウセキくん…先生も欲しいです…


 まったく……皆して僕を馬鹿にして……


 それだから………


 僕は………




───────────-




 間蔵〔マクラ〕高校の屋上はよく警備員が鍵をかけ忘れる為、ほぼいつでも入ることが出来る。

 校舎自体がかなり大きいので、屋上もそれなりに広かった。

 そして、生物教師、鬼懺 槐〔キザン エンジ〕は屋上の扉を開ける。

 風は無く、空は真っ赤…とゆうより、日が沈みかけて赤紫色になりかけていた。すでに運動部は帰宅していて、時が止まったように静かだ。

 この空の赤さが、この空気の静けさが、この空間の不気味さをよりいっそう引き立たせる。

「…一応聞きます。僕と戦うために、ここへ逃げたのですか?」

 鬼懺は、屋上の真ん中に立っている一人の女子高生に話し掛ける。離れていても声は届いた。

 女子高生は制服を着ていて、右手首に一つの金色の腕輪。そして右手に、目立つ装飾の無い剣を持っていた。

「…はい」

 高上 舞〔タカガミ マイ〕は短く、しっかりと返事をした。

「…アタシからも、聞きたい事があります」

 今度はマイから質問した。

「…何ですか?」

 マイは鬼懺を睨む。対して、マイの目は少し悲しそうに見えた。

「先生の能力は、食べた物を排出せず、一生エネルギーとすることで身体を強化するんですよね?」

「…はい」

「…それって、毒素も取り込んだままになるんじゃないですか?」

「…………」


 アンモニア、


 合成着色料、


 発癌性物質、


 人間の体に取り込まれる物質。微量なら問題無いものでも、体外に出されないなら話しは別。まさに塵も積もれば山となるである。

 そして、四人分の毒素を全て取り込んだ鬼懺が平気な訳が無い。身体はもう毒素でボロボロのはずだ。

「先生の能力は消化して取り込むと言うより、無理矢理体に取り込むんですね…」

「…あの黒猫が言いましたね?」

「もう止めてください。そこまでしてウサ晴らししたいんですか?」

 ウサ晴らしのために命を賭ける…確かにバカらしい。そんな事に何の意味もない。

「……そうです」

 間を置いて、鬼懺はボソボソと呟く。

「……僕は、…教師に憧れてて、…やっとなれたのに、…なれたのに」

 俯き、コブシを握りしめる。わずかに体が震えていた。

「…思っていたのと違った。考えてたのと違った。……馬鹿にされて、…叱られて、…先生らしくなかった。…苦しいだけだった。悲しいだけだった」

 聞き取りずらいが、憎しみや苦しみが、声からヒシヒシと伝わってくる。

「…新しく、…やり直さねば。…苦しかった記憶を、…全部、…全部、全部全部全部ぜんぶゼンブ、…ころさなきゃ!!」

 鬼懺は足のバネを最大限に活用するように身体を屈めた。

 マイも剣を構え、体に力を入れる。

「だったら、先生の苦しみを全部消してやる!」

 瞬間、鬼懺はマイにむかって飛び出した。

 たったの一歩で三メートル軽々と進む。これも、食べた四人分の筋力がなせる技。

 ギュン!、と。風を切り加速する鬼懺に対し、マイは…

「…行け! ネコマタ!!」

「よっしゃぁあああアアア!!」

 鬼懺の後ろに回り込んだネコマタへ合図を送る。

「なにっ!?」

 完全にネコマタの存在を忘れていた。後ろから悪役顔の黒猫が鬼懺に飛び掛かる。

「フハハハハァ! 勝てればいいのだ勝てればぁ!」

 ネコマタが鬼懺のズボンの裾に噛み付く。そして鬼懺は…

「……………………」

 無視して走り続けた。

「いぎぃぃいいイイイいぃィイイイぃいッッ!!!」

 必然的に、ネコマタは引きずられ、叩き付けられる。

「ネ、ネコマタァアアアアアア!!(笑)」

 シリアスな空気を壊さぬよう笑いをこらえるマイ。…とゆうか、マイはこうなる事知ってました。

 足にぶつかって鼻血が出まくる。鬼懺の走った跡に、細いレッドカーペットが出来上がっていった。

ころす」

 ネコマタに気を取られ、マイは鬼懺との距離が二メートル程までに縮められていた事に気付かなかった。

「!? くそっ…!」

 ビュンッ!、と。真横に剣を振り、鬼懺に切り掛かる。

 鬼懺はその斬撃を、

「ふん…」

 マイを飛び越えることで避けた。

「なに!?」

 その代わりにネコマタを斬った。

「なに!? じゃねえええぇ!!」

 お腹真っ二つ。かろうじて背骨で繋がってられる程度に斬られ、そして力無く地面に落ちる。

「…ガッ、、ゲオ、。…お、俺が妖怪じゃなかったら、死んでた…」

「…妖怪でも死んでるよね?」

「斬ったお前が言うこと!?」

 そんなやり取りを一気に遠くまで離れた鬼懺は、呆れ返りながら四つん這いで見ていた。

「…やる気、ありますか?」

 這って逃げるネコマタをほっといて、マイは声の方に振り向く。

「……もちろん」

 そして、右手の剣、『メタモルフォーゼ』を鬼懺に向けて、

「あるに決まってる!」

 剣身を一気に伸ばす。

「ふん…」

 もう一度鬼懺は膝を曲げ、こっちにむかって飛び出した。焦らずに右側へ、紙一重で剣を避けて突っ込んで来る。わずかに左頬を切り、血が流れた。

「くそっ!」

 アッサリと避けられ、焦るマイ。だが、それだけでは終わらない。

「だったら、これなら!」

 両手で剣を握りしめ、身体を左に捻って思いっ切り振り抜いた。ビュンッ!!と。ムチのように風を切り、左脇腹を狙う。

「芸のない人ですね」

 しかし、それでもダメだった。

 鬼懺は更に身を低くし、体を地面スレスレまで近づけ、人間には不可能な走りを見せる。斬撃は頭上を通り、そして、鬼懺は止まることなく一直線に突っ込む。

「しまっ…!?」

 勢い余ってマイは体勢を戻せない。

「もらいましたっ!」

 突き出した右手を開き、鋭い爪をマイの腹に向ける。距離は残り三メートル弱、完全に捉らえた。後は懐に入り、爪を立て、腹を引き裂いて、内臓を引きずり出すだけ。

 ─喋る黒猫は後にして、とにかく高上さんの死体を食べれば…。喰えなくはないが、邪魔な服と、腕輪と、剣を処理して……

 ふと、鬼懺の頭に一瞬疑問がよぎる。それはとても単純なことだった…、

 ……剣はどこから?

 仕舞っておく所も、隠しておく所も無かったはず。何も無い空間から出した…なんて事があるのか?何か違和感があった。

 ─…変化があったはず。…なにか…なにか…。

 ─…そういえば、あの腕輪は何?


「『アルティメイタ』アアァ!!!」


 鬼懺が懐に入る直前に、マイは剣を左手に持ち替え、大きく叫んだ。

 瞬間、右手は一瞬光に包まれる。『メタモルフォーゼ』よりも大きく、鋭く走る光だ。


 そして、右手には一本の『刀』が握られていた。


「に…、二本!?」

 鬼懺は身を引こうとしたが、すでに相手の間合いに入っていた。間に合わない。

「ふっ!」

 マイは容赦なく刀を振り下ろす。音速に近いそれは、もはや目で追えない。

「グオッ!」

「!?」

 それでも鬼懺は見えない斬撃を防げた。反射的に突き出した右手の爪に当たり、斬撃がわずかに逸れたのだ。

 僅かな隙をついて、後ろへとまたマイと距離を置き、荒い呼吸を繰り返す。

「……腕輪が、…武器になるんですね」

「…これも貰い物だけどね」

 メタモルフォーゼが右手首に巻き付くように腕輪に戻り、その右手に持つ刀を肩に担ぐ。

 『アルティメイタ』と呼ばれた刀は、巨大な太刀という程大きくはないが、それでもやはり少し大きめな刀だった。片腕で扱えるのは、マイ自身が強化されているからだろう。チェーンが柄の部分にストラップのように付いている以外、やはり目立つ装飾は無く、価値はなさそうだ。

「…なるほど、驚きました」

「まあ無理も無いよ…。いきなり刀が出て」

「そのネーミングセンス」

「アタシが付けたんじゃないっ!!」

 天界人のセンスです。

 鬼懺は四つん這いになって息を整える。

「…その刀、また違う機能があるんですか?」

「………見る?」

 刀を水平にし、鬼懺に向ける。対して鬼懺は口元を吊り上げ、余裕の笑顔を浮かべていた。

「また伸びるんですか?」

 そして、真っ直ぐ四つん這いで走り始めた。段々と加速し、マイの下へとむかう。

「…アルティメイタ、射撃準備」

《サーイエッサー!》

 しかし、刀は伸びることはなかった。そのかわり、縦にパキッと分かれ、バチバチと火花が散り始める。

「は?」

 マイが何をしているか、走り続けている鬼懺からはよく分からない。

《何時デモ撃テマスヨ!》

「よし、発射」

 次の瞬間、刀から光の弾が一直線に撃ち出された。

「はぁあ!?」

 光の弾は鬼懺の左肩すれすれを通り、屋上の端まで飛んで行く。そして、落下防止用の鉄柵に当たり、バガンッ!!、と。小さな爆発が起きた。夕暮れの空が一瞬明るくなった。

「……ぅ…グオオッ!!」

 鬼懺はかまわず走り続ける。そう何度も驚いていたら攻撃のチャンスを掴み損ねるからだ。

「やっぱ止まらないか…」

《デシタラ、接近戦用ニ切リ替エマスカ?》

「じゃあそれで」

《了解!射撃モードカラ斬撃モードニ切リ替エマス!》

 刀の先端が元に戻り、構えなおす。

「……ん?」

 だがその時、鬼懺はすでに目の前まで来ていた。

「え、速っ!!」

 両手を開き、爪で切り裂こうと飛び掛かって来た。殴るように、振り払うように襲い掛かる爪を、マイは刀で応戦する。だが、

「なんで!? なんで斬れないの!?」

 刃は間違いなく当たっているのに鬼懺の手を斬る事が出来ない。硬いゴムのような感触が伝わるだけだった。

 鬼懺の勢いにマイは後へと押される。押され続ける。

「消さなきゃ、けサ、…コ、、殺…、殺さナキゃ!」

 鬼懺は死に物狂いでマイに切り掛かる。

《爪ダケデナク、皮膚ノ強度モ上ガッテマスネ》

「あ、そっか!」

 鬼懺は食べた物を百パーセント、瞬時に全て身体に取り込む能力者だ。そして、彼は人間を四人食い殺し、合計五人分の密度の身体を得た。

 身体の筋力も、爪の強度も、皮膚の厚さも、全部五人分。マイの防ぐための斬撃では、鬼懺の皮膚を斬り裂く事は出来なかったのだ。

 キンッ!ガッ!ガキンッ!

 防いでも防いでも、鬼懺は止まることなく腕を振り続ける。マイが爪で切り裂かれるのは時間の問題だ。

「…こ、このっ!!」

 がむしゃらに鬼懺の腕を刀で打ち上げ、がら空きになった胸に右足で蹴りを入れた。ドゴッ!、と。肋骨から鈍い音が鳴る。

 が、鬼懺は動かず、反動で逆にマイが後ろに飛ばさてしまった。

「あれ?」

 考えてみれば、鬼懺の体重は人間五人分だった。マイはバランスを崩し、背中から地面に倒れる。

「ぐっ…やばっ!」

 起き上がろうとしたがその前に、鬼懺は仰向けのマイのお腹に乗り、馬乗りの状態になった。

「げほぉっ! …おもっ!!」

「捕まエマしタ」

 人間五人分プラス、今までに食べた物の重量が一気にのしかかる。

「カッ!、、…げぅ、…、。い…きが…」

 腹を圧迫され、肺が空気を求めて大きく動く。

 マイは鬼懺を跳ね退けようと暴れるが、両腕を強く掴まれ身動きがとれない。

「証拠…隠滅…証拠…隠滅…」

 目が虚ろな鬼懺はその口を大きく開け、マイの喉元へ更に近づく。その時、鋭く尖った犬歯から唾液が一滴、顔のすぐ横のコンクリに落ちた。

 ジュウッ…、と。鉄板に水滴を垂らしたように煙りが立つ。

「…ぅ!?」

 鬼懺の唾液は能力によって、濃硫酸の如く強力な物となっていた。その気になれば岩でも鉄でも食うことが出来るのだろう。これに触れただけでも、ただでは済まない。

くイコろしテヤル!!」

 そして…、

「ア…アル…ティ…メイタァ!!」

 噛まれる前に、右手の刀から光弾を放つ。光弾は鬼懺の左肩に直撃し、爆発を生んだ。

「ガゥッ!!」

 吹き飛ばされ、地を転がる鬼懺だったが、肩に直撃した割には火傷ですんでいた。鬼懺の防御力のおかげではなく、爆発の巻き添えをくらうのを防ぐため、マイは光弾の出力を下げたのだ。

「げはぁ!! …ごへぇ! …ごほっ! …はっ! ……助かったぁ」

 重さから解放され、激しく咳込む。

《光弾ヲ二発使用シタタメ、活動時間ガカナリ減リマシタ!》

「ぎ、ぎりぎり行けるかな…。アルティメイタ、もうちょい頑張って!」

《イエッサー!》

 起き上がったマイは、追撃するために鬼懺へ走り寄った。

「ガァァ! …グギィッ…ギ…ヴゥ…ヴゥ」

 吹き飛ばされた鬼懺は左肩を押さえて痛みをこらえ、身をよじり歯を食いしばっている。歯の隙間から漏れる荒い呼吸は、まさに獣そのもの。

 その有様に、マイは自然と目を背けたくなったが、それでも走り続ける。

 立ち上がった鬼懺は左腕をぶらんっと垂らし、右腕だけを前に突き出した。戦う意思は、まだ残っているようだ。

「グゥルウアゥ!!」

「うぉおりゃっ!!」

 そして、二人は正面衝突するようにぶつかり合う。今度はマイが激しく鬼懺を音速に近いそれで切り付け、後ろに押し込む。完全に攻守が逆転した。

 キンッ!ガギッ!ダシュッ!

 鬼懺を殺す訳にはいかないが、手を抜けばこちらが危ない。全力で刀を叩き込む。そのたび、鬼懺の爪と手は傷つき、段々と血がにじんできた。

「ガァッ! …ガァ! …グゥヴ、ヴォッ!!」

 鬼懺は鬼の形相で唾液を飛ばし、人のものとは思えない、地の底から湧き出ているような声を発している。もう手はボロボロだった。

「もう……止まれっ!!」

 バギンッ!!、と。ろくに斬撃を防げない鬼懺の腹に、光弾を撃ち込んだ。

「ッ!?」

 それでも鬼懺はそれを反射的に右手で受け止める。もちろん、そんなことでは防ぎきれない。鬼懺は遥か後ろに吹き飛び、冷たい鉄柵に激突した。

「…アルティメイタ、……威力…強すぎ…」

《ス、スミマセン…》

 ハァ、と。マイはため息をつく。

 この『アルティメイタ』という刀は天界人から腕輪の形で支給された武器で、変幻自在の剣『メタモルフォーゼ』とともに渡された物なのだが、実を言うと、この刀の機能は未知数であり、支給した天界人ですら全て把握していないのだ。自我を持ち、射撃モードなる物がある等、まだ他にも機能が備わっているらしいのだが……。

 ちなみにこの刀、エネルギーの消耗が激しく、マイは奥の手として使用している。

「…クソッ…くそぉ!」

 鬼懺はその鋭い牙をむき出しにし、マイを睨みつける。

「僕は……やり直さなきゃならないのに! …どうして邪魔を!?」

 その顔は真剣そのもの。恐がりながらも覚悟を決めた、そんな顔だった。

 マイはその顔から目を背けることなく、しっかりとその覚悟を受け止めた。

「…嫌な過去は、誰だって消したい、やり直したいって思いますよ。アタシだって…」

 しっかりと目の前の男を見て、マイは言った。

「…だったら」

「でも、過去は消せません。何したって…消える事はありません」

 マイははっきりと断言した。鬼懺はそんなマイに、言い返すことが出来なかった。

「だからもう止めて下さい!!」

「……僕は、………」

 そして、屋上に静けさが広が

「ちょい待てや」

 る前に、声がした。

「え?」

 マイは声の方向、真後ろを見た。

 お腹真っ二つだったはずのネコマタが元通りになってそこにいた。

「ネコマタ? …ちょっと今真剣に」

「いいからッ!!」

 ネコマタはマイにむかって怒鳴る。

「…ッ!?」

 マイはつい迫力に押され、黙ってしまった。

「……キザン先生よぉ、…アンタ、本当は自分を止めたかったんだろ?」

「な!?」

「……?」

 鬼懺は驚き、マイは?マークを浮かべる。

「自分を止めたかった、だけど止められないから、自分を止められるマイちゃんに助けを求めたんだろ?」

 ネコマタは二本の尻尾を振りながらたんたんと言葉を紡ぐ。

 でも、それならなんで襲い掛かって来た?全く逆の行動だと思うが…。

「ぼ、僕は、…高上さんを襲って」

「ん? あぁ、アンタが殺人犯すのはストレスが原因だからなぁ、ちょっとイラつくだけで爆発しちまう」

「ッ……」

 マイの質問ぜめに鬼懺は苛立っていた。

 鬼懺の殺人衝動は生徒に馬鹿にされた事、その消えない記憶からの苛立ち、ストレス。そして、苛立ちが限界を超え、発散するために、カッとなって殺してしまう。

 ストレス=殺人衝動。

「…まあどっちにしろ、マイちゃんと戦って助けてもらいたかったから結果オーライだ」

「…ん、ネコマタ? 意味わかんない」

 マイは理解不能だった。

「ちょっと待てよ。つまりだなぁ……」

 ネコマタは間を空けて、


「鬼懺は、投石 炎岩〔トウセキ エンガン〕とマイちゃんの戦いを見ていた」


「…え?」

 投石 炎岩。コンクリートを杭の形に変え、飛ばす能力者。約一週間前、マイが倒したヤンキー。

「能力者をぶちのめせる力を持ってるマイちゃんに自分を止めてもらいたかった。そしたらマイちゃんの方からお前に近づいて来た。…だろ?」

「…………」

 鬼懺は黙り込み、

「……?」

 マイはまだ理解出来てない。

「まぁ、単につじつま合わせの推理なんだが、違和感は最初からあった。初めて俺がコイツと会ったとき、こんな口調じゃなかった」

 あの時、『それを渡せ』、と。鬼懺は荒々しくネコマタに言い放っていた。普段の鬼懺の“ですます口調”ではない。

「焦ってたら口調なんて乱れるよなぁ。でも、マイちゃんの剣を見た時のリアクション、口調がそのまんまで怪しかった」

 形が変わる剣、それを見て冷静でいられる訳がない。鬼懺はマイの力を知っていたから焦らず、マイに挑めたのだ。

「……僕は」

 鬼懺は弱々しく、言葉を発した。

「…もう、…耐えられませんでしタ。…この力を使ッて、…あいつらを殺すたびに、…気が楽にナって、…止まりませんでシた」

 自分の意思に反して行動すると言うのは、あながち嘘ではなかったのかもしれない。

「…僕自身を止めるにハ、強い力で押さえ付ける必要があるんデす」

 獣を鉄の檻に閉じ込めるように、押さえ付ける必要があった。

「高上さンナら、…出来まスヨネ?」

 鬼懺の顔色は悪く、毒素による身体の限界が近づいていた。そんな鬼懺の救いを求める眼差しに、マイは戸惑う。自分に、何が出来るのだろうか…。

「え……えと、えと…」

「いつも通りでいいんだぜ、マイちゃん」

 ネコマタは、そんなマイに言った。迷う事はないと、その背中を押した。

「え?」

「いつも通りに、『神様代行』すりゃいいんだよ」

 そう言っている間にも、また鬼懺は正気を失いかけていた。ここでマイが鬼懺を止めなければ、また被害者が出る。だが、

「……そっか」

 それとこれとは話しは別だ。マイはいつも通り、自分の為に刀を振るえばいい。

 落ち着きを取り戻したマイは、そんなネコマタの言葉に素直に感謝した。ネコマタは、頼りになるときは頼りになる奴だと知っていたが、ここまで頼りになるとは…。

「……わかった、ありがと」

「ふふん、魚五匹でいいぜ」

「…オッケー!」

 刀を両手で握り、前に突き出し構える。

 構えたマイを見て、鬼懺は鉄柵からフラフラと起き上がり、

「グルァアッ!!」

 予備動作無しで飛び出した。

「!?」

 一直線に向かうのではなく、マイの周りを飛び交うように、より速く動き回る。そして、異変が起きた。

「……増え…てる?」

 二人、四人、八人、十六人。

 マイの周りを鬼懺“達”が取り囲む。あまりの速さに、漫画でしか見たことがないような残像による分身が出来ていたのだ。

 鬼懺の脚力が為せる技、『狩猟包囲網〔ハンティングネットワーク〕』。

 抜け出すことは不可能。このままだと、四方八方から爪で切り裂かれるしかない。

「……抜け出す必要はない」

 だが、マイは冷静だった。負ける訳にはいかない。今、先生を止められるのは、自分だけだから!


「アルティメイタ…『一段解放』!!」


 マイはアルティメイタを頭上より高く、日が暮れた空に振り翳す。その様は、さながら聖剣を掲げているような神々しさがあった。

「ガアアァッ!!」

 残像を残し動き回る鬼懺は、雄叫びとともにマイの後ろから飛び掛かった。両手と口を開き、鋭い爪と牙を向ける。

「ガアアァッ、…ッグァッ!?」

 が、突然、鬼懺の足首に痛みが走った。

「ぐぬぬぬっ!」

 鬼懺の足にネコマタが噛み付いていた。

「グッ、ゥヴアゥ!」

 足を振り回し、ネコマタを無理矢理引き離す。その際、ネコマタの歯が引っ掛かり、カッターで切られたように傷が拡がった。

「ギャア!!」

 ネコマタは悲鳴を上げて地を転がって行った。

 鬼懺の足に深く歯が食い込んでいたので、かなり出血していた。だが、鬼懺はそれを気にせず、マイに飛び掛か

《何時デモ行ケマスヨ、マイサン!!》 るまえに、

「アルティメイタ……」

 マイは右手を上げ、人差し指を暗い空に向けている。その手に刀は持ってなかった。

 鬼懺が顔を上げると、星のように光る何かを見つけた。


 それは、今まさに振り下ろさんとする握りこぶし…


 神の鉄槌…


 神罰…


 鋭き刃…


 アルティメイタは暗い夜空に浮いていた。


「GO」


 合図と共に発射された刀は雲を吹き飛ばし、真下にいる鬼懺へと真っ直ぐに飛来する。


「……アリガとうゴざいます…高上さん」


 そして、轟音と共に屋上は吹き飛んだ。




───────────-




 とある日、とある路地裏。

「先生捕まったよ。退院した後に自首したんだってさ」

「…あれでよく死ななかったな。クレーター出来てたぞ?」

「ぎりぎり外したから平気だよ」

「てか、んなこたぁどうでもいい。魚だよ魚! あんだけボコボコにされたんだから十匹は食わんと気が済まないぞっ!」

「はい、アジ」

「ニャイ~ン」

「はあ、……ねえ、先生って」

「どっちにしろムシャリ別の方法で殺してたぞムシャムシャ」

「……やっぱり?」

「うん。ムシャリ気にム病むシャこリとないムシぞャリ」

「はよ食え」

「ムシャリ…よく噛まないといけないんだぞ? ムシャ…ぐ、ガハァ! 骨が、刺さった!!」

「……鬼懺先生は、そんなに辛かったのかな?」

「ゴクンッ…まあ、馬鹿にされたら誰だって落ち込むもんだろ」

「そんな安っぽいもんじゃないでしょ…」

「そんなもんだぜ? 鬼懺は心が弱すぎたんだ。強くなきゃ、人生ずっと負け猫だぜ」

「負け犬ね。…どうしたら心って強くなるの?」

「人によってなりかたが違う。そして強くなるきっかけがある。きっかけは人によって内容も来るタイミングも違う。勝ち組はそれが分かるやつ。負け組はそれが分からないやつだ」

「それって本当?」

「モチのロン。鬼懺は変わるきっかけを逃した。だから何時までも負け組人生を引きずる事になっちまったのさ」

「…アタシは、『神様代行』になって、何か変わったかな?」

「力が強くなって鬼懺を倒せた」

「でもアタシが何かしなくても、先生は毒素で死んで止まってたよ? アタシは、何も変わってない…何も変えてない…」

「バイト料が貰えればいいんじゃなかったっけ?」

「…………………」

「…じゃあ、この先にきっかけがあるんじゃね?」

「…だといいけど」

「ま、焦るなよマイちゃん。何たって…」

「…?」






「やり直しは出来ねぇが、この先はまだまだずっとあるわけだし?」






 とある日、とある路地裏での会話。




ネ:「今回のお話どうだった?え?流し読み?ちくしょう」


マ:「これで終わり?」


ネ:「いや、まだまだこれから盛り上がってくる」


マ:「ふ~ん。じゃ、次も頑張りますか!」


ネ:「おう!…ところでマイちゃん、サイクリング行こうぜ」


マ:「ゴメン。これから登山しに行くから」



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