第四話:VSビースト②‐獣になるんですよ
ネ:「サブタイトル大幅に変えました」
マ:「タップダンス覚えました」
蜜:「ササクレ出来ました!!」
鬼:「旅行先に下着を忘れました」
五月七日金曜日、晴れ。
空は真っ赤に染まり、学校はもうすぐ最終下校時刻となろうとしている。
ゴールデンウイーク中だが、昨日と今日は連休の穴埋めの為に登校日だったので学校は開いていた。
「何ですか? 聞きたい事って。授業の事なら職員室で聞けばよかったのに…」
間蔵〔マクラ〕高校の一階階段の左隣り、理科準備室。狭苦しく、肌寒さと棚からのアルコールの匂いが印象的なここで、野太い男の声がした。
「いえ、勉強の事ではなくて…」
続いて、女の声。
「いくら僕のことが好きだからって、告白にこの場所はちょっとマズイですよね…。まあ僕は結婚してませんから告白されたら断る自信がな」
「全然違います!」
女の名前は高上 舞〔タカガミ マイ〕。間蔵高校の女子生徒で黒髪ポニーテール、白いシャツに袖の無いセーターとスカートの制服姿。
男の名前は鬼懺 槐〔キザン エンジ〕。生物学の教師で四十代後半。ボサ髪無精髭、白衣と黒いズボン姿。
棚に並べられたビーカーや薬品に囲まれながら、マイは鬼懺先生に質問する。その声は、どこか緊張しているような、切羽詰まったような声だった。
「単刀直入に聞きます。…先生は、失踪事件と関係あるんですか?」
ハァ…っと、鬼懺は呆れた様に溜め息をついた。
「……警察にも聴かれましたが、何も関係ありませんよ」
「じゃあ、先生にアリバイはありますか?」
「推理小説の見すぎですね…。僕は授業もあったし、学校に残ってテストの採点したりしてましたから、殺害する暇なんてありません」
「どうして殺害だと?」
眉をひそめる。
鬼懺は奥から椅子を出し、ゆっくりと座った。
「警察がそういってましたから…。血がべっとりと現場に残ってたとか…。それから考えて、恐らく殺害の可能が高いと……」
「でも、死体は見つかってません。いつ襲われたかも分からないはずです」
マイは一歩たりとも引かず、立ったまま反論した。
「…勝手にですけど、鬼懺先生の事調べました。…被害者の三人…、金澤〔カナザワ〕さん、重木〔カサネギ〕さん、鷹末〔タカマツ〕さん。先生はこの三人の担任だったんですよね?」
もちろん、これは全部ネコマタに調べてもらった。偉そうにしてるけど、マイは何もしてない…。
「そうですよ? でも、卒業してから一度も会ってません。…もう何度も警察に聴かれましたから、いいでしょ?」
「…そうですね。じゃあ、もう回りくどい事は言いません。」
マイはスカートのポケットから何かを取り出し、手の平に乗せて前に突き出した。
「証拠を見つけました」
「? ……それは」
「先生のですよね? これ」
それは、マグロの形のキーホルダーだった。この街の寿司屋の限定品で、そうそう手に入らない。
マイは、これが鬼懺先生の物だと知っていた。
「先生の携帯のキーホルダー…、事件現場の近くにありました。忙しい先生が、何でそんなところにキーホルダーを落としたんですか?」
鬼懺の表情が固まる。明らかにイライラしていた。
「……帰りはそっちが家の近道だったんです。学校が終わってすぐ帰宅しましたけど、うっかり路地裏に落としてしまったんでしょうね」
マイからは緊張感が消え、まるでじわじわとカエルを追い詰める蛇の様に鬼懺を睨む。
「変な音とか、しませんでしたか?」
「…いいえ、何も?」
「……先生、どうやって帰りましたか?」
「だから徒歩で……!」
鬼懺は息を呑んだ。
「…先生。その頃は“謎”の倒壊事故がありましたよね?」
マイと炎岩〔エンガン〕が戦って、駐車場は完全に崩れ落ちていた。そのため、現場保存や瓦礫の撤去をするために、その周りや裏道を封鎖していたのだ。
そこを通れるのは、野良猫ぐらいなものである。
鬼懺は険しい顔で黙り込んだ。しかし、すぐ笑顔に変わって、
「ハハハ…。まあ、急いでたから無理矢理に通って帰ったんです。事件とは関係ありませんよ」
それでもマイは鬼懺と向き合う。そして、トドメと言わんばかりに、
「ちなみに、アタシは“事件現場”に落ちていたと言いました。“事故現場”とは言ってません」
動かぬ証拠を突き付ける。
「…ぁ、………」
今度こそ、鬼懺は黙り込んだ。リクライニングの様に、滑らかに椅子にもたれ掛かり、顔を上げて天井を見つめる。
そんな鬼懺へと、マイは一歩近づく。
「なんなら、証人を連れて来ますか? 人間じゃないですけど」
「…やはり、あの喋る黒猫からキーホルダーを受け取りましたね?」
天井を見ながら鬼懺は言った。さっきまでの優しい声ではなかった。
「認めるんですか? 推理小説ならここで、大どんでん返しがあると思うんですけど」
「小説じゃないからいいですよ…。どうせ、警察にもすぐにばれる事ですから」
そう言って、鬼懺は立ち上がった。マイは身構えるが、襲う気は無いようだ。
「…高上さん、僕はね……獣になるんですよ」
突然、鬼懺はマイに向かってそんなことを言った。
「…………」
マイはそれを黙って聞く。
「突然、僕は獣の本能に従うようになって、飢えを満すために人を襲うようになってしまいました。僕の意思とは無関係に、人を食べようとするんです」
「じゃあ、失踪者はみんな、失踪したんじゃなくて…」
「はい…。食べ切ったんです…」
失踪者は確かに殺されて消された。ただし、血も肉も骨もまるごと食べ切ることによって消したのだ。
「……なぜ、先生の元生徒を襲うんですか?」
「優先的に、記憶にある人間を全て食糧だと考えてしまうのです。…僕の一番記憶に残っている人は、やはり、元教え子達なんです…」
声のトーンを低くする。
「僕は……もう襲いたくない、僕はどうしたら……!!」
俯き、頭を掻きむしりながら、苦しそうな声で呟いた。
「………先生─」
マイは、
「僕は……どうすれば……!?」
「先生は─」
そんな鬼懺を、
「嘘が下手くそですね」
睨み続けながら言った。
「……………」
鬼懺は手を下ろし、マイの鋭い目を見る。鬼懺の瞳孔は開ききり、まるで洞窟の様に暗かった。
「何故、嘘だと?」
低いトーンのままの声でマイに聞いた。
と、その時、
「そいつは俺が説明してやるぜ!」
マイの足元から声がした。
尻尾が二本の黒猫妖怪、ネコマタがそこにいた。
「あれ?ネコマタいつの間に…」
「侵入楽々だったぜ。途中女子高生に触られまくったけどな」
ニヤケながら、ネコマタはマイと鬼懺の間に入った。
鬼懺はマイから目線を外し、下のネコマタを見る。
「やはり、あの時の喋る猫ですか」
「YES、俺だぜ」
なぜか誇らしげ。
「…では、説明お願いします」
「あぁ、してやるよ」
尻尾を振りながらネコマタは喋り出す。
「まず、お前は獣の本能に従って食べたと言ったな?」
「はい、そうで…」
「異議ありっ!!」
人差し指(肉球)を鬼懺に突き出し、突然叫んだ。普通にビビる鬼懺とマイ。
「肉食獣は獲物を食べ切らない。本能に忠実なら、必要なだけ食べて残す。少なくとも、人をまるごと骨まで食べられる訳がない!」
…まあ言われてみれば、お腹の中に人がまるごと入る訳が無い。質量保存の法則を無視している。
いい気になったネコマタは指を下ろさず更に、
「もう一つ。俺の火球を恐れることなくお前は突っ込んで来たよな?」
「……それが?」
「火を恐れない獣は、俺の記憶の中ニャア無いんだよ」
と、指で指したまま言った。
それだけ聞いて、鬼懺は笑った。さっきまでの優しそうなものではなく、馬鹿にした様に口元を釣り上げた笑顔だった。
「ハハハハ、なるほどなるほど…確かに、僕は嘘をつきました。よく分かりましたね。百点あげましょう」
かなりあっさりと認め、パチパチと拍手をする。ネコマタは眉にシワを寄せた。
「…やっぱりお前は、食欲から人を襲ったんじゃなかったんだな?」
「はい、殺意があったから殺しました」
鬼懺は、昨日何をしていたか聴かれたように、やはりあっさりと答えた。
「…隠す気は無いのか? 推理小説なら黙り込む場面だと思うが…」
「ありません。せっかくだから喋ろうと思います」
「……展開的には助かるが─」
「何でですか?」
後ろにネコマタは振り返った。
黙っていたマイが喋っていた。
「何で“食べる”なんてことしたんですか? そんな殺し方、大変なだけじゃないですか…」
疑問を投げかけるマイ。それを鬼懺は当たり前の如く、
「…証拠が残りにくいじゃないですか」
そう言い捨てた。
「……え?」
「体に付いた指紋とか取っ組み合いの跡とか、食べてしまえば無くなるでしょ? 後は現場を片付ければ分かりません」
鬼懺は証拠が見つかるのを恐れ、食べる事を“栄養補給”のためではなく、“証拠隠滅”のために使った。あまりに臆病で、あまりに人間離れした思考。
こんな思考を持つ時点で、鬼懺 槐はすでに人ではないのかもしれない。
「しかし、キーホルダーを落としたのは誤算でした。しかも、この猫に持って行かれるとは─」
「何も、思わないんですか?」
「はい?」
マイは鬼懺に詰め寄った。
「証拠隠滅のために人を食べて、何も感じないんですか?」
マイは信じられないような、信じたくないような顔で聞いた。
「……いや~~特にはないですねえ。そうゆう『能力』だったから使っただけですから」
「ッ!? …やっぱり、『能力』を使ってたのか…!」
マイは忌ま忌ましそうに、鬼懺をよりいっそ強く睨む。
「いいのかよ? いくらなんでもそこまでばらしちまって…。何企んでるだ?」
ネコマタが口を挟む。
鬼懺は証拠が見つかる事をあれ程恐れていたにも関わらず、あまりにも余裕だった。まるで、隠し通せる自信があるように…。
「ハハハハッ。それはですね…」
鬼懺は笑っている。
「君達をここで消すからですよ」
「……なぁるほどぉ。俺らを食べる気か?」
「はい」
一言だけ言って、鬼懺はゆっくりと近いて来た。
ネコマタは後ずさりしながら、
「おいおい、人間一人と猫一匹、食べ切れる訳無いだろ!?」
言いながら、マイの後ろに隠れた。
「何でアタシを盾にするッ!?」
「俺は平和主義者なんだよ!」
二人して盾にしようと揉めていた。…チームワークのカケラも無い。
「大丈夫ですよ。僕の能力は四人を殺害〔しょく〕しても問題ありませんでしたし」
その時、揉めてたマイの動きが止まった。
そして、頭の中で、今の言葉が繰り返される。
「…四人目って、………誰?」
「…つい最近、投石 炎岩〔トウセキ エンガン〕君を殺害〔くいころ〕しました。その時にキーホルダーを落としたのでしょう」
たわいもなく言った。
ネコマタは炎岩と言う名前を頭の中から検索し、すぐに思い出した。
「あぁ! マイと戦った奴か。じゃあ駐車場の近くにいた時に襲ったのか?」
「実際は事故が起きた直後ですけどね。本当に襲いやすかっ───」
ネコマタを飛び越えて、マイはいつの間にか出した剣を振り下ろす。
「ッ!?」
鬼懺の反応が遅れ、両手で握られた目立つ装飾の無い剣が右肩へと迫る。
そして、剣は空振りした。
「…チッ!」
そのまま地面に突き刺さり、ガキンッ!!と、金属音が響く。力いっぱい振り下ろした剣はかなり深く刺さっていた。
その剣をマイは軽々と引き抜き、鬼懺へと顔を向き直す。
椅子や教材を蹴り飛ばし、鬼懺が四つん這いでこちらを睨んでいた。
「…何ですか? 苛立って。カルシウム足りてますか?」
「ブッチリきた…。完全にブッツリきた…。悪びれることなく、四人も食いやがって…」
静かに、剣の矛先を鬼懺に向けた。
そして、叫ぶ。
「力を奪うだけじゃ足りない…、反省させるだけじゃ足りない、泣き叫ばすだけじゃ足りないっ!! アンタをギタギタにブッ殺す!!」
「…じゃあ、殺される前に殺害〔くいころ〕しましょう!!」
二人は、完全に相手を敵と認識した。
ネコマタは黙ってドアの前まで下がり、二人の邪魔にならないようにする。あくまでも戦わないようだ。
「………………」
「………………」
マイと鬼懺はなかなか動かない。いや、動けない。
独特の緊張感のおかげもあるが、それよりもまず、戦いの場所が悪かった。
理科準備室。教室の半分も無く、教材の入った棚や書類がごちゃごちゃある為かなり動きにくい。
二人の距離はたったの五メートル程だが、マイの剣は壁や棚に当たりやすく、鬼懺のスピードもこれだけ狭ければ本領発揮出来ない。
誘い込んだのはマイだが、完全に裏目に出てしまったのだ。
どちらかが更に接近すればかろうじて攻撃出来るのだろうが…。
「………どうしました? 来ないんですか?」
先に沈黙を破ったのは、鬼懺だった。
「なら、こちらから行きますよ? いいですか?」
はったり。
下手に近くと自分が危ない。鬼懺はマイから来させようと挑発した。
そしてマイは、
「…くそっ。」
鬼懺の思惑どおり、挑発に乗てしまった。
後は接近した瞬間に自慢の脚力で飛び掛かるだけ。実に簡単に決着が着く。
しかしマイは、相手に突撃するのではなく、
ギュンッ!!
と、“剣先だけ”前に伸ばした。
「は?」
鬼懺に向けた剣が素早く一直線に伸びる。
鬼懺は反射的に右へと避け、剣が左頬を掠め、転がり、そして棚にぶつかった。
「チッ、やっぱり食べるだけの能力じゃないか…」
壁に刺さった剣を瞬時に元の長さに戻し、ボソッと呟いた。
「ち、ちょっ…えっ!? 何ですかそれ!?」
「『メタモルフォーゼ』だよ?」
「名前だけ言われても分かりません!」
『メタモルフォーゼ』は天界の使者にもらった特殊な剣である。特徴はずばり、質量無視、変幻自在。まあ、イメージ出来る範囲での話しなので限界はあるが…。
「それより…、アンタの『能力』って結局なに? 人の動きに見えないんだけど…」
鬼懺は四つん這いから立ち上がり、濁った目でマイを見る。
「…いえ、僕は体を動かすのは苦手なので、自然とバランスを崩してこうなるんです」
「………じゃあその動きは…」
四つん這いで構え、飛び掛かる様に移動し、鋭い爪で切り裂く。これが獣以外の何だと言うのか…。
「…これは『過食循環〔イーター〕』と言って、食した物を百パーセント消化し、身体に余すことなく循環出来る僕の力によるものです」
「……?」
マイはよく分からなかったがようするに、食べた物を血肉やエネルギーに変える消化器官が強化されているという事だ。
唾液、胃酸、胆汁。これらが食べ物を身体に吸収されやすいように分解し、十二指腸で吸収する。しかし、物にもよるがすべて消化することは出来ない。出来なかった物は便と共に排出されるのが普通。
しかし、鬼懺は食べ物をすべて消化しきり、排出することなくすべて即座に身体に取り込むことが出来る。
取り込んだ百パーセントのエネルギーを、百パーセント活用出来るのだ。
もちろん食べた分だけ巨大化する訳じゃない。その分身体の密度が大きくなる。つまり、
血はより濃く、
骨はより硬く、
肉はより太く、
皮はより厚く、
身体は強化される。
「僕はすでに四人殺害〔くいころ〕しました。つまり、僕の身体は四人分の力を持っているということですよ」
「……その力で、四人を襲ったの?」
鬼懺は悪びれることなく、
「はい。おかげさまでここまで強くなりました」
醜い笑顔で言った。
マイはそんな笑顔に苛立ち、唇を噛み締める。
そして、攻撃する前に、一番聞きたかったことを聞く。
「……動機は?」
「…はい?」
「動機は何って言ってんの!」
鬼懺は殺意があって四人を殺したと言ったが、なぜ殺意を持ったかを聞いてなかった。よほどの事があったのか。
鬼懺は少し、嫌な遠い過去を思い出して悲しむ顔を作った。
「……それは……彼らが……」
「…………」
鬼懺の言葉を待つ。そして、
「…僕を、……馬鹿にしたからだあぁ!!」
「………は?」
言葉をすぐに理解出来なかった。
「あいつらは…、いつも…、いつも、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも、いつも!! 僕の事を気持ち悪いだの! ダルいだの! 結婚してないだの!! 毎日馬鹿にして来たんですよぉ!! ……ホントにもう嫌ぁぁ…」
鬼懺はその場でしゃがみ込む。…なんか、最後はただの弱音になってた。
「…そんだけ?」
怒り半分、呆れ半分でマイは言った。
そんなマイの言葉に鬼懺は、ピクッと反応する。
「………そんだけ?…だって?」
幽霊の様にふらふらと起き上がって来た。…かなり怖い。
「…朝早くから学校来て? …職員会議で叱られ? …プリントを一生懸命作って? …生徒にわざわざ解りやすく解説し? …授業スピードが遅いとまた叱られ? ……にもかかわらず!? 人生の先人である僕が歳下のクソガキに馬鹿にされて!!? そんだけってなんやねんッッ!!!!」
なぜか関西弁。
「アンタ学校の先生でしょ!? 何で真に受けるの!?」
確かに。どんな教員でも、生徒から一人ぐらいは嫌われる、馬鹿にされる。それを覚悟でこの仕事をしているはずだ。
それでも鬼懺は止まらない。
「四人だけじゃないんです! クラス全員に、三年間ずっとですよ? 耐えられる訳無いでしょ!?」
「だからそれぐらい耐えろっつってんの!! そんな理由で四人も殺して、許されると思ってんの!?」
「いいえ、思ってません! クラス全員殺害〔くいころ〕した後は自首でもなんでもしましょう! なんなら首を吊るでもリストカットでも自爆でもしましょう…。しかし、全員殺ってからです!」
苛立ち過ぎて頭が痛くなってきた…。頭を押さえてよろめくマイ。
「…それに、せっかく手に入れたこの力を、使わなくてどうします? この力、有効活用せねば!」
両手を広げて、見せびらかす様に鬼懺は言った。
「…こんな能力のせいで、…先生は」
鬼懺に力さえ無ければ、食べる能力さえ無ければ、こんな事は起きなかったはず…。
だが、マイは少し考える。
結局の所この事件は、鬼懺が生徒に馬鹿にされた事の腹いせに起こした逆恨みだった。
殺意が湧いて、計画を立て、実行し、罪を犯す。
つまり…、それは…。
「とにかく、今はまだ捕まりたくないのです。だから、証拠〔マイさん〕を消〔ころ〕さねばなりません」
途中で喋られて思考が停止してしまった。
「……じゃあ、戦うにはこの部屋は狭過ぎるね」
そう言って、マイは後ろのドアに手をかける。
「!? 逃げる気ですか?」
そして、勢いよくドアを開けてダッシュで飛び出す。
「お、おい! マイちゃん?」
後を追う様にネコマタも飛び出した。
続いて鬼懺も飛び出す。
「何処へ行こうと…!?」
廊下にマイとネコマタの姿はなかった。
その代わり、カツカツカツっと、革靴で階段を駆け上がる音が聞こえる。
「…馬鹿ですか? なぜ上に…?」
職員室は一階にあり、ゴールデンウイーク中に学校に来ている教員はほとんどない。生徒もとっくに帰っている。助けを呼ぶ訳では無いのだろうか?
「……なるほど。…戦うためですか」
獲物を追い詰める様に、鬼懺はゆっくり階段を上り始める。
「…時間がありません。見つけ次第、殺害〔くいころ〕します!」
その目は、淀んだ沼の様に、錆び付いたナイフの様に、肉を求める獣の様に、何処までも何処までも冷たかった。
───────────-
マイは階段を上がっていた。目指すは屋上。
「広い所、隠れられない所、平坦な所。確かに、屋上はいいかもな…、戦うのに」
後ろからマイを追いかけながら、ネコマタが話し掛ける。
「…アタシは、…バイト料もらえればそれでいい。…アウェイ&ヒットでもなんでも、…戦って勝てればそれでいいの」
「……さいですか」
三階通過。
「……ただの犯罪」
「え?」
ネコマタが呟いた。
「殺意が湧いて、計画を立てて、実行し、罪を犯す。ありふれた、どこにでもある事だ。『能力』は関係ない…。なくても、アイツは別の方法で人を殺してた」
「…殺人がありふれてる訳無いでしょ? …あとそれは、今の鬼懺先生を見逃せって事にならないよ?」
四階通過。
「そうゆう事じゃねぇ。…ただ、…なんか、…人間ってめんどくせぇって思ってよぉ…」
「……アタシも、そう思う。欲に忠実ってのも考えものだね…。でも、それでも止めなきゃ…。…あ、言っとくけど、アタシのためだけどね…」
「…止める必要はねぇ」
「…はぁあ?」
屋上の扉の前。
「だってよぉ…アイツ…」
そして、マイとネコマタは立ち止まった。
「ほっとけば勝手に死ぬぞ?」
ネ:「見たか聞いたか驚いたかぁあ?俺の名推理!!」
マ:「金〇一少年の事件簿には敵わないね」
鬼:「あそこで証拠を残さなければ…」
マ:「基本先生ってドジですよね」
鬼:「!?」