第十二話:VSデストロイ②‐猫は死に場所を選ぶ
貴:「遊ぼうずぅえぃ♪」
ネ:「じゃあ宮崎県知事ごっこ」
貴:「どげんかせんといかん♪ どげんかせんといかん♪」
ネ:「どげんかせんといかん! どげんかせんといかん!」
貴:「くだらぬ遊戯だ……★」
ネ:「ふっ、若いな」
笑って破壊し、
破滅を振り撒く。
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例えば嵐。
例えば竜巻。
例えば山火事。
例えば地震。
例えば津波。
抗う事の出来ない自然の猛威。それらに立ち向かう人間の、なんと無力な事か……。
おそらくは、この人造人間〔ちびっこ〕も似たような存在なのだろう。
「アッッははははハハハハハ♪!! 潰れて無くなれええェッ☆☆♪!!」
地下街に地を踏み鳴らす轟音が響き渡る。戦闘用人造人間、貴乃華〔タカノハナ〕は大理石ごとネコマタを何度も何度も踏み潰す。リズムに乗り、ステップを踏むように。
「ゴボッ、、!……ぶぅエッ…!!。ブッ、、…。」
バキバキにひび割れた地面の大理石にも、ボロボロに崩れた壁のタイルにも、チカチカと切れかかっている天井の照明にも、赤く生温かい血液が飛び散り、真っ赤に塗りたくられる。
血が絶えず噴き出しているが、それでも魂と記憶が残る限り死ぬことがないネコマタ。いや、死ぬことが“ない”のではなく、“出来ない”のだ。
ぐちゃぐちゃゴリゴリと、肉と骨を一回一回潰される想像絶する苦痛を坦々とその身に刻み付けなければならないのだ。潰されたら再生し、また潰されて、また再生する。
死ぬ程の痛みの繰り返し。
(あ~、ダメだ。痛すぎて逆に痛くなくなってきた…。もう意識が飛ぶ…。記憶が飛ぶ…。魂使い切る前に死ぬとは思わなかったわ…)
魂が極限まで削られ、なおかつ己の姿を思い出せなくなれば妖怪は死ぬ。ネコマタは苦痛によって自分の形を忘れかけていた。つまり、死にかけていた。
なんとかして抜け出したかったが、気力が切れかかったネコマタは逃げる為に『妖術』を使おうともしない。そもそも、妖術は見た目よりもずっと集中力が必要となる『異能力』。苦痛で気がおかしくなりそうなこの状況では、ネコマタは集中して妖術を使う事が出来なかったのだ。
「ねえねえ、いつ死ぬの♪? どれくらい潰せばいいの♪? どれくらい殺せばいいの♪?」
「…─。……─…、、…‐…──…!。、」
もはやネコマタの喉は喋る為にも、食べる為にも機能しない。ただ肺と胃から溢れる血液の通り道となっていた。
「う~ん…、さっきみたいにパパッと逃げないねぇ★ もう死んじゃったかな♪?」
(んなわけねえだろバッキャロウ。…さて、どうするかな?)
頭を踏み潰されながらネコマタは辺りを見回す。今はちょうど通路のど真ん中。右も左も白いタイルの壁で、通路の奥には店が並ぶ。この場で利用出来る物は何もない。
(クソッ、投げつける物もありゃしねえ。少しでも気を逸らせれば、その間に身体を治して体勢を立て直すことが……って、流石にそこまで出来ねえよな。ぬぅ…)
だんだんと苛立ってきたネコマタだが、単純な力の差がありすぎるのだから仕方が無い。今のこの状態では例え今の攻撃を抜け出したとしても、すぐにまた捕まって蹴られるのがオチだろう。
そんな怪力の貴乃華は踏み付けを継続しながら大きく伸びをする。あくまでその表情からは疲労が見られない。
「…どうしよ★ もう神之上と合流した方がいいかも…★」
薄れた意識の中、ネコマタは踏み続ける少年のそんな呟きを聞いた。
(神之上ねえ…。世界征服とか、わんぱく坊主が見る夢だろ…)
神之上と神之上が造った人造人間であるアラストル、貴乃華の三人は一つの野望の為に動いていた。野望とは地上界の統一、つまり世界征服である。三人は野望の実現を確信していた。そして、今現在進行形で絶賛侵略中なのである。
(……たったの三人で世界征服? いや無理だろ。いくら驚天動地で言語道断の強さを持っていたとしても、世界中の国なんて途方もなさ過ぎだぜ)
確かに、三人だけで全ての国の軍隊と渡り合うのはまず不可能。時間も途方もなく掛かるだろうし、相手も馬鹿ではない。なにかしら策を練ってくるだろう。
(…てか征服して何のメリットが?)
ネコマタの思考が加速する。荒れる大海の中で漂っているような朦朧とした頭に(よくそんな頭でいろいろと考え込めたものだな…)、ピリピリとした感覚が浮上してきた。
(…まて、何か変だ!)
「…─ぉ、─ぉま…え…─ゴボッ」
「ん♪?」
ネコマタは喉に溜まった血を押し出して声を発する。だからといって貴乃華の踏み付けが止まる訳ではなかったし、止まるとは期待してなかった。時間稼ぎついでに駄目元で聞いてみる。
「…おま…えらの、ブッ! …目的は…!」
ネコマタの感じた違和感。侵略を実行して、世界征服を達成して、支配者になって、…その後は? 天界人の、しかも神様の息子である神之上が何故地上界を侵略する必要があるのか。生活に不自由はないはずだ。
「……神之上はね↓」
ネコマタの予想に反し、貴乃華は素直に反応した。
「神之上はね、神之上のお父さんに証明したいんだよ★」
(証明?)
「天界は『魔法』の発展した世界だけど、神之上はその曖昧な奇跡の力が嫌いなんだって★ だから、『機械技術』で魔法を越えられるって証明して、お父さんを困らせたいんだよ★」
さっきまでの狂喜から一転し、無表情に近い、神妙な表情に変わった。
「だから神之上はボク達を使って侵略するの。侵略して、“アレ”を再現するの★」
「ッ…、ア…“アレ”?」
「うん。『あれ』を科学で再現出来たら充分に混乱を起こせられるんだって。そのためにボク達は頑張るの★」
(なるほどな…。『あれ』ってのは知らねえがとにかく、神之上の目的は地上界じゃなくて天界の混乱だった訳だ)
天界は地上界の問題、異変を解決する役目がある。だが、今の天界は『世界の歪み』という異能力者大量発生現象の異変を抱えている為に、これ以上は処理しきれない状態だ。
神之上の狙いはそこだった。天界社会のパンクを狙っていたのだ。
(目的は分かった。…後は動機とか知りたいところだが、まあ今はどうでもいいか)
ネコマタは心の中で呟いた。
「じゃ、もう行かなきゃ♪ そろそろ死んでよ♪」
貴乃華はその強靭な足をネコマタの頭に置き、ミシミシとゆっくり体重を掛ける。
「ちなみに何で早く死んで欲しいかっていうと、ボクが疲れたって訳じゃないからね♪ 神之上の計画に間に合わなくなるから急いでるだけだからね♪」
床に亀裂が走り、ネコマタの額から流れた血が床に広がる。それでも更に足の力に拍車を掛ける。
「……ぅぅ…ぅ」
頭蓋が砕ける寸前のネコマタはか細いうめき声を上げながら、その踏み砕かんとする足を、ボロボロの両手で力無く掴んだ。
「…止めてあげないよ☆?」
貴乃華は無視して力を入れ続ける。着実に頭蓋にヒビを入れていく。
「そう…かよ…、助けて、くれねえかよ…」
「お菓子をくれてもやーだね♪」
「けど…残念だな、ちびっ子…。ここじゃあ、俺は死なねえ…」
「★?」
ネコマタは貴乃華とは逆に、全身の力を抜く。
「猫は死に場所を選ぶ」
“人”から“猫”に、変化を解いた。
「なっ、えッ★!!」
足の下にあったはずの踏み付けていた頭部が煙りのように消え失せ、代わりに、貴乃華の後ろから煙りのように黒猫が出現した。慌てふためく人造人間。
「消えた…。消えて…猫ちゃんが出て来た…」
「ふふん、違うぜ。さっきの人間が俺であり、この黒猫が俺の本当の姿だ。…それにしても痛かったぜぇえ? 痛すぎて、『変化の術』が“解けちまったい”」
準備運動のようにネコマタ黒猫バージョンは小さい頭をコキコキと鳴らし、やっと重たい鎧を脱ぐ事が出来たような、そんな僅かに緩ませた顔になった。二つに分かれた尻尾も軽やかに揺らした。
「散々に踏み付けてくれちゃったなあクソガキ…。猫を、もとい妖怪を怒らせたらどうなるか、教えてやろうかコラッ!」
「…ア、アッハハ♪ そのセリフは悪党の負けフラグだよ、黒ニャンコ君♪」
蛍光灯が割れ、少し暗くなった地下街に殺意が充満する。小さな火種で一気に爆発するような不安定さ、緊張感。爆ぜれば戦いは加速し、燃え広がり、歯止めは効かなくなるだろう。下手にこの空気の均衡を壊せばすぐにで
「あ、そういえばクソガキ。お前の名前って─」
貴乃華は『踵〔カカト〕落とし』を目の前のネコマタに放つ!
上から下へとノーモーションで、ギロチンの如き威力と速度の右脚を振り下ろす。
振り下ろした瞬間、それこそ爆発したように激しく大理石が砕け散った。
「ちょっと五月蝿いよ、黒ニャンコ君★」
パラパラと小石が音を立てて落ち、砂煙りで視界が悪くなる。だが、
「なあ、お前って何で貴乃華って呼ばれてんの?」
ネコマタの声は確かに煙りの中からした。
「★!? 外した★!?」
目の前の砂煙りが薄くなる。
貴乃華の振り下ろした脚の真横。さっきの位置から僅かにずれて座っていた。
「教えろよ。でもすぐに忘れ─」
「フッ☆!!」
踵落としに続いて足払い。
相手を転ばす為の技だが、貴乃華にしてみれば、足首を吹き飛ばす殺人技に過ぎなかった。猫なら即ミンチに早変わり。
身を屈め、反時計回りに一回転。息を吐き、踵落としと反対の脚を使って刈り取る。鋭く風を切り裂くその様は死神の鎌を連想させた。
「話し聞けよ」
だが、またもネコマタは蹴りを紙一重で避けた。後方へとワンステップ。死神の鎌が描く弧の外側に退く。
「ま…さか…」
そして、貴乃華は見ていた。自分のノーモーションの蹴りに反応すら出来なかったネコマタが、“何も見ずに”避けていたのを─。
「ネコマタ豆知~識。猫のヒゲはとっても敏感なのです。なので、風の流れも感じ取れま~す」
猫のヒゲ、もしくは洞毛〔ドウモウ〕。感覚神経と毛細血管が集まった、鼻の横辺りに生えている長い毛である。危機察知に使われる非常に敏感な毛ではあるのだが、毛を使って風を読めるのはネコマタぐらいだろう。「脚圧を、蹴りで生まれた突風を感じ取ったの!?」
「お前、動きすぎなんだよ。ん? どうした? キャピキャピした語尾が無くなってるぜ?」
「………ッ!」
貴乃華は明らかに動揺していた。一匹の黒猫ごときに虚仮〔こけ〕にされるという初めての経験に、冷静さを保てなかったのだ。
貴乃華はこの時、造られて初めて“焦り”の感情を表情に見せた。
ネコマタは後ろへ更にバックステップし、距離を置く。といっても、十何歩程の間隔の至近距離である。
「もうお前なんぞ怖くねえッ! やられた分、きっちり五万倍にして返してやんよッ!!」
そして、天井を見上げて息を大きく吸い、肺を膨らます。
「…調子に乗らないでよ、黒ニャンコ君☆ 火の球はボクには効かなかったでしょ♪?」
息を吸うネコマタに対し、身を屈めてギリギリと両脚の筋肉を締め上げる。ノーモーションの回し蹴りで猫を蹴り飛ばす為にではなく、回し蹴りによって生じる“突風”を起こす為に。
「聞いてなかった☆? さっき蹴りで火の球消した事忘れたの♪?」
「………フゥッ!!」
(『妖術・四連火球』!)
通路を埋め尽くす四発の火の球。超至近距離で貴乃華を狙い、灰と化す為に飛ぶ。が、
「おっ馬っ鹿さ~ん♪」
脚を上げて跳び上がると同時に、反時計回りに回転を始める。空気を切り裂いて掻き回す脚技が突風を起こし、火球を全て掻き消した。
「アッハハハァ♪♪ 楽勝~☆」
「ア~ンド─!」
だが既に、ネコマタは追撃の為に駆け出していた。
「あれ★?」
火球を隠れみのとして、貴乃華の目の前に跳んだのだ。
「『部分変化』『火衣鉄拳〔バーニングフィスト〕』コンボ」
前足を“人の腕”に変化させ、次にその腕に炎を纏わせる。コンマ数秒で一連の動作を行い、貴乃華に殴り掛かった。
身体が宙に浮いた状態の貴乃華が避けれる訳も無く、その顔面に拳がぶち当たる。
「ブッ!★!@?」
そして、貴乃華は後方へ殴り飛ばされた。
「カッ…ごふッ?!£¥!」
「まだまだ行くぜ」
「∬!?」
ネコマタは攻め手を緩めない。地面に水平の状態で殴り飛ばされている途中に関わらず、貴乃華に駄目押しの火球攻撃を仕掛ける。
「こ、んな∮ッ?!!」
貴乃華とネコマタは完全に、決定的に、攻め手から受け手へと役が入れ代わっていた。それもそのはず、貴乃華は戦闘用に造られてはいたが、それは対人戦を想定しての構造なのだ。それはつまり、戦いの知識、判断、直感が全て人型に当て嵌まった時のみ本領を発揮するという事。たかが猫相手に真面目に考慮などされている訳が無かった。
猫の姿のネコマタの動きが予測出来る訳が無かった。
「ぅ…うッガァアアアァ∮∞ッ!!」
致命的な欠点に気づかない貴乃華は無茶苦茶に身をよじり、地に手足を付いて身体を止めた。必然、火球はもろにくらう。
「!? マジかよ!?」
貴乃華の行動に驚愕するネコマタの目の前で、その貴乃華もろとも通路が燃え広がる。故障しているのか、火事を知らせる火災報知器もスプリンクラも反応しない。
「何考えてんだあのガキ。あ~…ってか、流石にしんどいなおい。火球はもう無理か…はぁ…」
うなだれ、呼吸を整える。だが休む暇は無い。あの人造人間の事だ、まだ息はあるだろう。油断出来ない。
「……あはは♪」
そして案の定、燃え盛る炎の壁から二本の腕が生えてきた。
「やっぱしなあ…」
「楽しいよ…、凄く楽しい♪ 強いんだね黒ニャンコ君♪」
熱さを忘れているような、嬉々とした子供のような笑顔で火の中から現れた。タキシードや髪の毛は僅かに焦げ、頬に黒い煤〔すす〕が付いている。
「流石だなあ人造人間。まだまだ余裕じゃねえかよ。そんだけ動いて疲れねえのか?」
「『疲れ』ってあれでしょ♪? 息がぜぇぜぇになって、心臓がばくばくになって、汗がだらだらになるあれでしょ♪? それだったらボクには無いよ☆ 疲れないように造られてるもん☆」
「…機械の体だからとか?」
「よく分かんな~い♪」
「…………………」
ネコマタは悟った。真っ向勝負では勝てない、と。
『体力限界精神限界の小さい黒猫妖怪』VS『スタミナ満タン元気溌剌の小さい最強人造人間』。果たしてどちらが勝つでしょうか? 結果は丸見えである。
「………ん?」
だが、悟ったと同時にネコマタはあることに気づいた。
“疲れ”が無いという事は、“痛み”が無いという事と同義なのか?
貴乃華の最大の強みは『天界式永久機関〔エンドレスハート〕』による“無限のスタミナ”。どれほど身体を酷使しても動きの切れは損なわれず、常に最大出力で技を繰り出せる事にある。いくら攻撃を受たとしても、貴乃華の脚技はその鋭さを保てるのだ。
だが、それは受けたダメージが無くなる訳になるのか?
そう、ダメージは確実に蓄積されているのだ。その証拠に、今の貴乃華は片足を僅かに曲げ、体重の付加を掛けないようにしている。その理由が“疲れ”では無いのなら、それは膝の関節の痛みが限界をきたしているからのはずだ。
─勝つチャンスは……ある! けど…。
ただでさえ強化された貴乃華の体にどれほど攻撃すればいい? 疲れ知らずの人造人間とどれほど戦えばいい? 分厚い鉄板を紙やすりで削り続け、穴を開ける作業くらい途方も無い戦いなのではないか?
「兎にも角にも♪! 黒ニャンコ君は体中ボロボロのヨロヨロ♪ 対してボクは脚がちょっと痛いだけ☆ このままだったらボクの勝ちは決定だね☆ それともまた鬼ごっこする♪? どうする♪♪?」
首を傾げ、笑顔で催促する。僅かに引き攣っているのは痛みをやせ我慢しているからだろう。
「……そうだな、確かに逃げてえ。ってか、最初から逃げりゃあ良かったのかもな…」
「じゃあ鬼ごっ─」
「けど、ここで逃げたら雄じゃねえッ!!」
燃え盛る地下街で声を張り上げ、毛を逆立てるネコマタは残る魂と共に、戦う決意を見せる。
「それと、てめぇと戦ってて、恐怖とか憤りとかとは別に感じたモノがある…」
「…え★?」
「この勝負…、俺も、なかなか楽しかったぜ」
「…………………」
「でも、これで最後だ人造人間! そろそろ遊び疲れた頃だからなあ!」
「…アッハハハ☆ 何言ってるの♪? 黒ニャンコ君が疲れたとか関係無いし、これはボクが飽きるまで続けるんだよ♪」
逃がさないと言わんばかりにピョンピョンと火炎に囲まれたその場で跳びはね、戦闘体勢をとる。互角、またはそれ以上の実力の相手なんて早々会える機会は無い。貴乃華はネコマタを、最高の遊び相手を逃がしたく無かった。
「脚が使えないと思ったら超大間違いだよ☆ 足腰の捻りを使って繰り出すパンチはベルリンの壁でもATフィー〇ドでも何でもドーンと─」
「い~や、もうおしまいだ」
「★? ケホッ!!」
突然、貴乃華はその場に膝を付き、口を池の鯉のようにパクパクと開閉させ苦しみだした。
「……やっぱりか」
「は…ぁ、…嘘★ これ…、ボク、っ…疲れてる★?」
「ずっと考えてた…。これだけ戦闘に特化されているのに、何故これ程までに感情豊かに造ってあんのかって」
もし敵対者との戦闘のみが目的なら、戦闘時に迷いが生じる可能性のある感情は付ける必要が無い。いや、それ以前に人型である必要が無い。自己判断をする機関銃なり、自動追尾する戦車なり、もっと強固な兵器らしい兵器を造れば良かったのに…。
「そんで分かったんだ。お前は戦闘特化の“兵器”以前に、限りなく人に似せた人造“人間”だって事を!」
つまり、貴乃華の強靭な肉体はついでに付け足したおまけの機能。神之上が人造人間を造った理由、それは兵器の制作ではなく、機械学で“奇跡”を再現するその過程で造ったのだ。だから神之上は人間らしさを持たせた。
「人間である為のルール。感情を持ち、思考し、食べ、眠り、そして“呼吸”する! “人間性”がお前の弱点だ!!」
人間である為のルール…。それは、数時間前に神之上が言い放った言葉だった。
「……そ…かぁ、…アッハハ★ じ、自分の…事なのに、…分かん…なかったな★」
「まあ、すぐ分かんないようにやったからな。無理も無いぜ」
地下街は確かに広い。が、それでも空気は次々と火の燃料と化す。等間隔にある通風孔は一番近い位置でネコマタの頭上。火炎の中の貴乃華まではとてもじゃないが風が送られない。
「火に囲まれてりゃあ酸素を吸えない。脳に酸素が行かなきゃ失神、もしくは死亡だ。悪かったな、こんな幕引きで。これしか勝てる方法が思い付かなかったんだわ」
「ううん…。別に…いいや♪ 楽し…かったし、ボク…は、…ボクが人間だって…改めて…認識出来た…から、いいや♪」
初めてであろう脂汗を袖で拭い取り、ゆらりと立ち上がる。そして、黒くなりつつある白い天井の、起動しない火災報知器を見上げる。そして、座っているネコマタへ目を向け直した。
「あ~♪ 楽しかった♪ …またね、黒ニャンコ君♪」
軽く手を振る貴乃華の言葉にネコマタは首を傾げ、すぐにその意味を理解した。
高く跳躍し、貴乃華は火災報知器を蹴り上げた!
「しまっ…!」
巨大な風穴を天井に開け、蛍光灯もろとも亀裂が走る。ガラガラと崩れ落ち、地下街の店は押し潰されていった。凄まじい轟音が鼓膜に襲い掛かる中、それを背にネコマタは後ろへ駆け出す。
「あんんのクッソガキがああああああああッ!!」
絶叫しても倒壊は止まらない。前脚後ろ脚を激しく前後させ、一気に駆け抜ける。そして、
地下街は崩壊した。
───────────-
縦浅町〔タテアザチョウ〕駅前。縦浅町はマイやネコマタが住む“あの街”の隣街で、デパートと地下鉄が一緒になっている。
(逃げるのに必死過ぎてここまで来ちゃったか…)
ギリギリ二番出口と書かれた階段を駆け上がり、脱出に成功したネコマタは地上にいた。二本の尻尾が丸見えの状態に関わらず、ネコマタはボーッと周りを見渡す。
まず目に付いたのは、地下街の崩落によって前方のデパートから立ち込める大量の土煙りだった。あの後、追い掛けてこない事から、貴乃華も逃げ出したに違いない。
そして次に、通行人も交番にも誰も、誰ひとりとして人間が居なかったのだ。
「なんだこれ?」
首を九十度ピッタリに傾げる。首が痛くなった。考えるのを止め、とりあえず帰る事にした。テクテクと歩く。その間、人を見かける事は無かった。
「……天界の混乱かぁ」
不意に、貴乃華の言葉を思い出してみる。
「……まあ、大体の予想は出来てるがな」
今の天界は“ある現象”によって既に手一杯の状態である。ならば、もしその現状が悪化したら…。
「“アレ”の再現か。出来るとは思えないが…」
ネコマタは走り出す。マイと合流する為に。出来なければ自分一人でも止めに行く為に。
『世界の歪み』の再現を止める為に!
俺:「第一回、チキチキ一番声が大きい人は誰でしょね選手権んんんんんッ!!!」
ネ:「ミィヤアアアアアアァアアアアァアオワアアアアァアアアアアアアアアアッッ!!」
マ:「ンンンンマアアアアアアアアアアアアアアアアンマアアアアアアッ!!」
神:「グゲゲググゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッッ!!」
貴:「ビュピョピョピョピョピョピョピョピョピョピョピョピョピョピョピョピョピョッッ!!」
ア:「うるせえええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」
俺:「優勝はアラストル」