第九話:VSソード②‐放火魔の素質があるようです
マ:「今回はアタシとアラストルしか出てないね」
ア:「みたいだな…」
マ:「……あのさぁ」
ア:「ん?」
マ:「『マ』と『ア』の見分けがめんどくさい」
ア:「……じゃあお前今度から『高』に変更だな」
マ:「断るッ!!誰かが『高知』とか『高島屋』とか間違えるでしょが!!」
ア:「いやな……くはないのか?」
道幅が広く、誰も住んでいない雑居ビルに取り囲まれた薄暗い路地裏。
いつもなら野良猫がのんびりゴミ漁りをしている空間に、青白い閃光が飛び交う。
「雷伝〔ライデン〕! 雷伝! 雷伝!!」
「クソッ、どんだけ撃つんだよ!」
神之上〔カミノジョウ〕に付き従うアラストルは、『神様代行』の高上 舞〔タカガミ マイ〕と混戦中だった。
剣先からバチバチと電撃を放つアラストルは苛立ちながらマイに言う。
「どうした、神様代行の力はその程度か? 卍解とか仙術とか悪魔の実とか、何かねえのかよ。出し惜しみしてねえで、きっちりかっちり本気出せ!」
「…出してるっつの」
人が賑わう表通りに対し、危ない取引が頻繁に行われている路地裏にはほとんど人が来ない。剣を振ろうが電撃が飛ぼうが、誰も気付きはしない。
今、この路地裏から聞こえてくるのは黒ジャージの青年と女子高生の声のみだった。
「あ~…ダメだ。全然ダメだな。今朝の男の方がまだマシだった……ふあっ」
アクビをかくアラストル。反撃してこないマイに、段々と興味が薄れてきたようだ。
「む、むむッ! だったら…!」
奥の手『アルティメイタ』なら、光弾と高速の斬撃なら少なくとも渡り合えるかもしれない。
だが、充電式のアルティメイタはエネルギーの消費が激しい。エネルギーが切れれば腕輪に戻るため、なるべく節約して使わなければならない。
「まだ早いかっ…!」
アラストルの実力が計り知れないかぎり、まだ使う事は出来ない。だが、
「ぶつぶつ言うな。ハッキリと言いやがれ!!」
その余裕もない事も事実。アラストルは両足に力を入れ、細身の剣を両手に真横に弾けるように飛び出した。
「!?」
マイが気付いた時には既に、アラストルは目の前まで迫ってきていた。
「『メタモルフォーゼ・壁』!!」
マイは即座にメタモルフォーゼを縦にし、一枚の鉄板のように平たく引き伸ばす。ガインッ! と。アラストルの剣は通らず、弾かれた。
「それがどおしたッ!!」
しかし、アラストルは止まらなかった。無理矢理に体勢を戻し、二本の剣の先端をメタモルフォーゼに当てる。まるで電極のように。
「『雷波〔ライハ〕』!」
メタモルフォーゼは一瞬の内に青白い電撃に包まれた。電撃はそのまま、剣を握りしめるマイにまで届く。
「うあッ、…ガッ、……!?」
苦痛に顔を歪ませ、ガクリと片膝をつく。メタモルフォーゼは元の形に戻り、マイは完全に無防備となった。
「はぁ……はぁ……。…何で、何で…こんな…」
アラストルという男は、あまりにも強かった。今まで戦ってきたどの能力者よりも遥かに…。力の差に絶望する程に…。
アラストルはマイに近寄り、見下ろす。
「…ダメだな。お前は強くない。剣の使い方もなってないし、腕力も脚力も俺より劣っている。…何より、お前には戦う意思がない」
「……それは」
頭を上げ、アラストルの目を見るマイ。アラストルは冷たい目をしていた。
「それは……当たり前でしょ!? アタシはただアンタ達を捜して欲しいって言われただけ…」
「だから何だ! お前はどうして剣を持っているのか分かってないから強くない。俺は世界征服と、世界最強のために剣を握ってる。マイ…お前はどうだ? どうして剣を持つ? どうして俺と戦う? そこにてめぇの意思はあんのか?」
「…………………」
そんなもの、あるわけ無かった…と言うより、無いに等しかった。マイは神様代行のバイト代を貰うだけの為に戦ってきた。大きな野望の為でも、知人や見ず知らずの他人の為でもない。ただ、お金の為に、そのちっぽけな理由の為に戦ってきた。
「……アタシには…覚悟が…」
神様代行の力があったからこそ、これまで戦い続ける事が出来た。だが、その力が通用しないなら、マイはただの女子高生でしかなくなるのだ。
アラストルは呆れ果て、マイに背を向けて歩き始めた。
「…さっさと帰れ。怪我するだけだぞ」
振り返りもせず、アラストルは言った。
「………………ぁ」
そして、膝を着いたままのマイはそんなアラストルの背中に、
「アルティメイタ、光弾発射」
《了解》
刀の先から撃ちだした光弾をクリーンヒットさせた。
「ぶッベルァラッッッ!!?」
口から血と肺の中の空気を吐き出し、剣を握ったまま身体をのけ反らせて三メートル程先まで吹き飛んだ。ビタンッ、と。俯せに倒れ、背中からプスプスと煙りが立つ。
それを確認したマイはよっこらしょと 立ち上がる。
「…よし、まだ生きてるな。二発目準備」
《既ニ出来テマス!》
「流石だね」
「待てやゴラアアアアァッ!!」
頭だけ起こしたアラストルが歯を剥き出しにして叫んだ。
「ざっけんなあぁ!! げほっ…てめぇ! ふ、不意打ちとか…ありえねえだろ!!」
「黙らっしゃい。敵に背を向けるアンタが悪い」
マイはもう一つの武器の刀、『アルティメイタ』を肩に担ぎ、さっきまでのダメージが無かったかのように振る舞う。
「だいたい…、戦う意思だあぁあ? そんな恥ずかしいセリフをよく言えるねえ。そんなもん、言われなくても見つけるっての」
「う、うるせえ! 実際さっきまで負けてたくせによお!!」
「あれは手加減したの! 朝から疲れてたの!」
「じゃあ何だよさっきの攻撃! 背骨バイーンッ! てなったぞ」
「背骨からそんな音出ねえよ! それはほら、アンタが出せって言ってたアタシの本気だよ」
「あれが!? もっと早く出せよ! お前ボロボロじゃねえか!」
「だ~か~ら~! 疲れてたから使いたくなかったの!! 扱いが難しいの!!」
「どっちにしろ俺には通用しねえから!!」
「関係ないね! 通用しないなら通用するまでやるだけだね!!」
二人は戦闘中だと言う事を忘れ、ギャーギャーと兄弟喧嘩のような言い合いが路地裏で続いた。
そして、一通り言い終えるとアラストルはゆっくり立ち上がり、グーッと背伸びをする。
「ふん! まあいい…、やっと本気を出す気になったのか。今度は逃げんなよ!」
剣を構え直し、顔がまた笑顔に戻る。そんなやる気MAXのアラストルに対してマイは、
「発射」
問答無用で光弾を前に打ち出した。
「だから聞けって!!」
一直線に飛んで来る光弾を、アラストルは上体をわずかに左へ傾け避ける。
それが合図のように、アラストルはマイに向かって走り出した。マイに負けず劣らずの速さで一気に接近する。
「斬撃で出血多量か電撃で感電死か選べよ!!」
「…どっちも嫌だ!!」
マイはアラストルの頭目掛けて刀を振り下ろす。迷わず切り掛からねば隙を突かれるのは確実だった。
だが、本気の攻撃にも関わらず、アラストルはそれすら当たるすれすれで左へ避ける。更に、そのまま二本の剣で突きを放った。
「うわっ!」
地面を蹴り、バックステップで刺さる寸前に逃げる。
「待てよ!」
が、アラストルはマイに密着するようにまたも接近して突きを放ち続ける。その度にマイは後ろへ跳び続けた。
それでもアラストルはしつこく、まるで二人は紐で繋がっているように間の距離がまったく拡がらなかった。
「どうしたよ! 壁にぶつかるまで逃げるつもりか!?」
「…調子のんなっての。アルティメイタ! 何でもいいから攻撃!!」
《了解! 火炎放射準備!》
「そんなのあるの!?」
《私ニ不可能ハアリマセン! 一切ヲ灰ト化ス威力デス! 前ニ私ヲ突キ出セバ発射シマス!》
アルティメイタの尖端からライターのような小さな火種が出る。
「おいおい! こんな路地裏でやったらヤバいんじゃねえか!?」
足を止めて大火事を心配するアラストル。が、
「よし、火炎放射レッツゴー」
マイは放火魔の素質があるようです。
刀身を前に向けると、ゴウッ!! と。アルティメイタの尖端から炎の渦が生まれ、一瞬にして路地裏は火の海に変わった。
コンクリートはジリジリと音を立て、ポリバケツは中身ごと燃え、路地裏の酸素は急激に消耗する。
「……流石にやり過ぎたね」
《…流石ニ出シ過ギマシタ》
まさに地獄絵図。
例えどれ程の力を持っていても、この火の海の中では無事ではない。少なくとも、酸欠で窒息はしているはずだ。
「殺しちゃったかな…? どうしよ、アタシこの歳で殺人犯だ…」
頭を抱えて悔やむマイだった。
「勝手に殺すなよ」
その時、不意に火の中から声がした。
「!?」
声がした火の海に目を向け、その光景に驚くマイ。
そこには、火の海が真ん中から二手に別れ、その中心に平然と仁王立ちしているアラストルがいた。
「聞いた話だと、昔モーゼとか何とかって人が海を真っ二つにして道を作ったとか言ってたが…俺も似たような事が出来たな。一振りで十分だった」
アラストルはその手に持つ剣の風圧で火を吹き飛ばし、真ん中に安全地帯を作り出していたのだ。
「お前には出来るか? 神様代行…」
「………さあ?」
火は建物の壁に張り付くように燃え盛り、猛烈な熱さが路地裏を取り巻く。これ程まで火が大きければ流石に誰かが気づき、消防車を呼ぶだろう。
「見つかるのはヤバいなぁ…。じゃあそろそろ、もうそろそろ終わろうか?」
そう言って、汗一つかいてないアラストルは左手の剣を斜め上へと投げ上げた。
「!?」
警戒し、一歩後ろに後退するマイ。上空の剣とアラストルを交互に見る。
そして、上空の剣が調度マイの頭上に来た時、剣は空に突き刺さったように急に静止した。
「なッ!?」
何時までも落下して来ないの剣をいぶかしげに見るマイ。
「じゃあな、高上 舞。お前はなかなか良い踏み台になったぞ」
その時マイは、完全にアラストルがノーマークだった事に気づいた。
「しまっ…!」
既に遅い。
アラストルの右手の剣から青白い光りが灯り、空に突き刺さるもう一つの剣にその光りを向ける。
「『電雷雨〔デンライウ〕』!!」
光りは鋭く空を走る電撃となり、上空の剣に当たった。バチバチッ! と。剣は青白い電気が取り巻き、そして、
バゴオオオォッッ!!
マイを取り囲むように空から電撃が降り注いだ。地面は爆ぜ、壁は崩れ、轟音が鳴り響く。そして、巨大な雷の柱が生まれた。
「ハハハハッ! 悪いな! バッチリ素敵に決まっちまった!」
しばらくして、雷がおさまり、焦げ臭い煙りが路地裏に立ち込めた。
「…ハァ。こんなもんかな…」
剣を下ろし、アラストルの頭に付いている飾りのような角からパチッ、と電流が流れた。すると、空中の剣が支えを無くしたように落下し始める。
「さて、神之上の所に行かねえと…」
そして、剣は地面に深く突き刺さ
ガキンッ!!
る直前に蹴り飛ばされ、アラストルの角に向かって飛んできた。
「何ぃッッ!?」
アラストルの左角が直撃し、バラバラに砕け散る。血は出ないがその代わり、バチバチと電流が角から漏れていた。
「ヤバい、ヤバい! 電流が制御出来な…!」
「よそ見すんなよ」
「!?」
続けざまに、煙りの中から一発の光弾が飛んできた。アラストルは避けきる事が出来ずに左肩に当たり、そこに小さな爆発が起きた。
「ゴッ!? 、、ガハァ!! 、。…!!」
左肩から地面に崩れ落ち、肩を抑えて痛みに耐える。そして、苦痛の表情で砂煙りの中を凝視し、一つの人影を見つけた。
「な…! 何、、が!! …クソッ! 何で…無事なんだよ、高上いいぃ!!」
煙りの中に、刀と剣を両手に持つマイがいた。
「……アンタが電撃を剣に流すのをアタシもやったの。平たい長方形の形にメタモルフォーゼを変えて、それをアタシよりずっと後ろの壁に突き刺して電撃を後方に反らしたって訳。お前には出来るか? アラちゃん?」
「グッ…! 二本同時に使えたのか…」
右手に刀〔アルティメイタ〕。左手に剣〔メタモルフォーゼ〕を持つマイ。今まで同時に使わなかった理由はもちろん、
「疲れるから嫌なんだよねー。刀のエネルギー残量を気にしながら剣の形状のイメージなんて、しんどいしんどい」
と言っても、端から見れば使いこなしているようにしか見えないのだが…。
「…やるじゃねえかよ。完全に油断してた…」
肩を押さえながら起き上がり、あぐらをかくアラストル。そんなアラストルへマイはゆっくりと歩み寄る。
「これ以上光弾受けたくなかったら、世界征服を止めろ。だいたい、アンタとあの神之上とか言う奴と何の関係が
ガキッ
ある……ん? 何か踏んだ?」
足の裏から金属のような固い音がした。マイが足を退けると、
「……なんだ、歯車か」
手の平サイズの赤く色が塗られた歯車が落ちていた。
特に気にする事ではなかったが、マイは何と無く手に取ってみる。
「…赤い…熱い」
歯車に塗られた赤いそれはまだ乾いておらず、温かいというよりかなり熱かった。まるで…
体の中から出て来たように。
マイは茫然と歯車を手に取ったまま、ゆっくり頭だけを動かしてアラストルの左肩を目を凝らして見た。
爆発したアラストルの左肩のジャージは焦げ、開いた穴から傷口が見える。
ゴムのような皮膚が剥がれ、
オイルのような血が滲み、
ワイヤーのような肉がちぎれ、
そして、
カチカチカチカチ…と。歯車同士が噛み合ってクルクルと動いていた。
「……ロ、…ボット?」
マイは開いた口が塞がらなかった。さっきまで戦っていた男が、人でも悪魔でもなかった事に驚愕していた。
「…ロボットって言えばそうかもな」
アラストルは大した事ではないように平然と肯定する。
「…ッ、あ~ぁあ、部品が足りねえよ…。お、これはまだ使えそう」
アラストルは自分の近くに落ちていた別の歯車を見つけ、それを拾い、左肩の中へ無理矢理に押し込み始める。
「いっててて…」
指でニチャニチャと音を立てて傷をこじ開け、ちぎれた肉をほじくり返す。その間血は止まらずにジャージへ拡がり、指を入れる度にビュウッと吹き出した。
「ん、んん、…よし」
しばらくして、カチリッ、と。歯車がはまる音がした。
「ふう…。まあこんなもんか」
左手を動かし、正常だと確認して立ち上がる。
「待たせた。じゃあ……あれ? どうした?顔色悪いぞ」
「…ア、…アンタ、何なの!?」
あまりに急展開過ぎて混乱するマイ。それを横目にアラストルは落ちた剣を拾う。
「…ああ、だから、ロボット的な何かだよ。ん? その前に神之上と俺の関係だっけ?」
拾った剣を鞘に納めながら言った。
「まあ的確に言えば、神之上は俺の製作者、親父みたいなもんだ」
「…………エッ!?」
戦い、急展開。
マ:「ロボット三原則って何?」
ア:「押さない、駆けない、喋らない」