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小人の肩に乗って  作者: 入江晶
3.遠い暗闇
9/11

3-3.塗り替えられる記憶と今

 僕が聞いたのは、このあたりまでだった。何かをはっきりと理解したわけでもなかったのに、これ以上聞いていることに耐えられなくなり、音を立てずに、僕は急いで部屋に戻った。

 心臓の鼓動は変わらずに速すぎて、呼吸まで苦しくなっていた。僕はベッドの上で、タブレットを立ち上げた。病院にも持って行った、僕の相棒。そして、記憶の中にかろうじて残っていた、あの病院の名前を打ち込んで、検索してみた。

 すぐにその病院のサイトが見つかった。一番上に出てきた。片っ端からページを覗いた末に、その病院がこれまでに行った、珍しい、難しい、特別な病気に関する治療の実績の紹介らしいものが見つかった。書いてある内容はさっぱり分からなかったし、分かろうとするほど読みもしていなかった。漢字がいくつも並んでいるのは、病気の名前らしかった。その病気の治療が行われたことがあったらしい。よほど特別なことらしく、誇らしげに紹介というか、宣伝されていた。

 その病気が治ったという男の子と、その男の子に、治療のために体の一部(それが体のどこなのか、何なのかはさっぱり分からない)を提供したという、もっと小さな男の子が並んで写っている写真が、最後の方に載っていた。

 それは僕と弟だった。苗字はないけれど名前は書いてあって、はっきりした証拠になっていた。いやそれよりも、その写真を僕は毎日目にしていた。リビングに置かれているからだ。そして写真の下には、こんなふうに書かれていた。


「元気な体を取り戻し、素敵な笑顔を見せるお兄ちゃん。お父さんとお母さんは、長い苦労の末に、命を救ってくれる弟という最高の贈り物を、お兄ちゃんにプレゼントしました。今ではいつも一緒に元気に遊ぶ仲良しの兄弟は、こうして、強い絆で結ばれています。」


 僕の手からタブレットが滑って、音も立てずに布団の上に落ちた。

 頭の中が混乱していた。目にし、耳にしたことは、僕にとっては全部バラバラだった。どんな全体像が描けるのか、浮かび上がってくるのか、僕には分からなかった。時間をかけて整理すれば、一つ一つの言葉の意味を把握して、順番に並べて、出来事を再現することができたかもしれない。でも僕にはそんな時間はなかった。あるいは、必要がなかった。

 僕はしばらく、うずくまるようにして暗闇を見つめながら、じっとしていた。どれほどの時間を、そうやって使ったか分からない。一瞬だったような気もするし、十二年の人生を生き直すくらいの時間が経ったような気分でもあった。

 相変わらず胸の奥が、心臓の鼓動で痛かった。僕は顔を上げ、もう一度、ベッドのはしごを下り、部屋のドアを開け、真っ暗になっていた廊下を手探りで歩き、階段を降り、誰もいない真っ暗なリビングを抜けて、できるだけ音を立てないように、ゆっくりと掃き出し窓を開けた。

 裸足のまま暗い庭に降り、一歩踏み出し、思い直して一度戻って窓を閉め、また庭の方に向き直った。

 不思議なほど、夜空は明るかった。黒い、ほんの少しだけ青みがかった空を星が照らして、まぶしいほどに輝く月が、雲の輪郭を浮かび上がらせていた。心の底から、綺麗だと思った。見慣れたはずの夜空が、なぜそんなふうに見えたのだろう? 僕にはその理由がすぐに分かった。初めて見たからだ。僕の目には、何もかもが、もう、前とは、まるで違って見えるようになっていた。

 空の下の、庭の向こうに目を向けると、そこにあるはずの林は、完全な闇そのもので、何も見えなかった。壁のように僕の道を塞いでいるようで、同時に、どこまでも道が続いているようでもあった。

 その暗闇から、僕を呼ぶ声が聞こえた。心の中で、僕は「今行くよ」と答え、歩き始めた。

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