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小人の肩に乗って  作者: 入江晶
2.記憶の兆し
6/11

2-3.帰る場所、帰る時間

 病院の周りや中を散歩するように歩き回りながら、母さんの病室へ戻った。そのうちに僕は、ふと、自分がここに来たことがあると気づいた。弟が生まれたときやその前に、同じように母さんのところに来たのだろうか、と最初は思ったけれど、考えるうちに、そうじゃないと分かった。何というか、記憶の感触が、まるで違う立場で僕はここにいたのだと教えていた。

 つまり、以前にここにいたとき、僕はベッドに寝かされ、仰々しい管を何本も体につながれていたこと、そこで見た光景を思い出したのだった。そのときのベッドの意外なほど柔らかな手触り、薬の匂い、体に触れられたりしているのに何も感じないという不思議な感覚、ベッドが運ばれていくにつれて僕の視界を横切っていく、天井のまぶしくて冷たい白い明かり。そんな様々なものが、病院を歩くうちに、まざまざと思い出された。そして記憶の中で、ふと顔を横に向けると、そこにはもう一つ、僕のものより小さいベッドがあって、そこにも一人、子供が寝かされていた。それは僕の弟だった。

 僕はこのことを思い出した。あるいは、その記憶に配置されたものが何だったのかを、初めて理解した。しかし、そこで何があったのか、僕がなぜそんなふうにして、そこ、いや、ここにいたのかは思い出せなかった。いや、記憶を辿ろうとしてもできないという、あの、手が届きそうで届かないというようなもどかしい感覚とは違っていた。そこに至る道が、全くなかった。思い出せないのではなく、一度も知っていたことがなかったのだろう。

 しかしこの日、母さんのところに行き、生まれるはずだった弟が死んだという事実を知って、その記憶を理解するための手がかりが付け加えられたような気がした。あと少しで、何かとても重要なことに達するような気がした。しかしそれが何なのか、どうしても分からなかった。同時に、何かとても怖くなるようなことが、その先にあるような予感があった。

 帰りの車で、助手席に座った僕は、車の中の鏡越しに、後ろの座席の母さんの様子をこっそりと見ていた。落胆しているのは確かのようだった。しかし、何か妙にすっきりとしているように見えた。横に座る弟に向ける笑顔は、あまり無理をして作っているようにも見えなかった。前向きになろうとしているからなのかもしれなかったけれど、僕にはなぜそんなふうにできるのか、理解できなかった。もう何日も前に死んだ小鳥や、さらにずっと前に死んだ魚が残した痛みが、僕の胸には、まだ残っていた。そして生まれるはずだった弟が、その痛みをさらに強く、鈍く、深くさせていたのだから。

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