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小人の肩に乗って  作者: 入江晶
1.鳥の血、魚の血
3/11

1-3.消えない言葉

 夜、父さんが家に帰ってくると、僕は弟を殴ったことについて話した。父さんは驚いていたけれど、僕が予想した怒られるという反応よりも前に、まず原因について、心配そうに尋ねてきた。僕は話した。そうやって、自分自身のものであっても、言葉や思考にして形を整えてしまうと、僕は、自分がやったのが、ますます、とても悪いことに思えてきた。そして弟のあの反応も、僕にはどうにかすることができたはずだと思えて、兄として、兄らしくしなければいけないんだという決意が、どんどん重くなっていくのを感じた。きっとそのせいで、ここで怒られれば、そんな振る舞い、行動をするための、ちょうどいいきっかけになるんじゃないかとすら思った。

 ところが、父さんはほっとしたように笑い、確かに殴るのは悪いけれど、お前が怒るのは仕方ないし当然で、お前が優しくて謝ったのは立派だが、いつもそうしなければいけないわけじゃない、なんてことを僕に言った。


 ――弟はお前のためにいるんだ。お前に生きていてほしいから、弟も生きているんだ。これからもそうだぞ。お前が立派に生きていれば、弟も報われるし、これから生まれる弟も、同じように生きていくんだ。


 僕には、言われたことの意味が分からなかった。考え続けた末に、弟(もうすぐ生まれる方も含めて。この日初めて、予定では弟なのだと知った)のためにも立派な人間になれ、ということかと思ったけれど、何か、全く見当違いの考えであるような気がして、仕方がなかった。

 僕が何も納得できないまま、とがめる言葉もなく父さんの話は終わった。そしてその夜に、僕はお風呂から出た後、ドアの向こうで弟が叱られているのを聞いた。どんなことを言われていたのかは分からなかった。ただ、怖くなるほど激しい調子であることだけは、はっきりと分かった。僕はすぐに、廊下を歩き去った。

 自分たちの部屋で寝そべり、ゲームを遊んでいると、弟が入ってきた。神妙な様子だった。僕はその原因が分かったけれど、素知らぬふりをしていた。ここは僕と弟の部屋なのだから、顔を合わせることになるのは分かっていた。だから僕は外面は平然としながら、実は、ずっと心臓はドキドキとしっぱなしだった。

 弟に対して、僕からの何かが必要なのは間違いないけれど、それが何なのか、僕には全く分からなかった。「叱られたことは気にするな」といった言葉かもしれないし、あえて何もしない、触れないようにするべきかもしれなかった。いずれにしても、どういう流れをたどったのであっても、僕が原因なのは確かだった。だから、僕は弟にどうすればいいのか、考えずにはいられなかった。答えが見つからないうちに、弟と顔を合わせてしまったのだけれど。


 ――兄ちゃん。


 何もできずにいた僕より先に、弟が言葉を発した。ゲームから目を離さないふりでもしてしまおうかとも思ったけれど、意を決して、弟に向き合った。弟はひざまずいて(これは寝そべっていた僕に合わせようとしただけだろう)、うつむき、神妙というか沈痛な様子だった。そして頭をさらに下げながら、言った。


 ――兄ちゃんが謝ってくれたのに、僕が謝らなくて、ごめんなさい。


 これを聞いて、僕はいくらかほっとしていた。何というか、僕にも理解できる、ふつうのことだったから。しかし、僕も悪い、謝ってくれてありがとう、というようなことを答えようとした僕の言葉より先に、弟の言葉が続いた。


 ――悪いのは僕だったし、兄ちゃんに謝らせたらいけないのに。


 僕はかまわずに答え、弟を慰めるような言葉を重ねた。もうとっくに、弟への怒りなんて、消えてなくなっていた。しかしそれは、許したからとか忘れたからではなく、何か別の、よく分からない、不可解さに上書きされてしまっていたからだと思う。それでもとにかく弟は、いくらかほっとしたような様子になり、いくらか顔をほころばせた。

 明かりを消した部屋で、僕は目を閉じずに考え続けていた。二段ベッドで、下の段には弟がいる。その存在を身近に感じながら、僕は考え続けていた。

 何かがおかしい気がした。何か、僕の認識が間違っている気がした。何かを見過ごしているか、何か大切なことを僕は知らないままでいる気がした。ずっと、父さんや弟の言葉を思い出し、考え続けた。

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