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小人の肩に乗って  作者: 入江晶
1.鳥の血、魚の血
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1-1.殴ったのは

 弟を殴った。初めて殴った。初めて殴った相手が弟だった。

 何も考えられなくなって、殴った。本当のことを言えば、少しだけ考えは働いていた。でも、そんな思考は怒りの気持ちが蹴り飛ばしてしまい、僕は弟の顔を殴った。

 僕が我慢やら何やらを忘れたのは、それが続いた二回目のことだったからだと思う。

 一回目は魚だった。僕と弟、そしてもうすぐ生まれる弟だか妹だかの部屋にある水槽の。僕たちが決めた餌やりの当番を、弟がすっぽかした。それだけで、僕の小指くらいの大きさしかない魚は、あっさりと死んだ。弟には全部同じに見えていたようだったけれど、僕は五匹の魚をヒレの形や性格(僕にそう思えたもの)で全て見分け、密かにそれぞれに名前をつけていた。僕が四年ほど前に、理由の分からない長い入院から戻ってきて以来、ずっと世話をし続けていたやつも、この日に死んだ。この先ずっとそいつの世話が、僕の生活の中で続いていくのだと思っていたやつが死んだ。

 そのときに、殴ったりする気、あるいは怒鳴ったりする気が起きなかったのは、知ったのが、出来事が起きてから時間が経っていたからなのかもしれない。弟が原因だと分かったのは、家の庭の隅に魚の墓を作った後のことだったのだから。そのときには、激しい衝動、口か手を出してしまえという僕の内側から上がった声を、押さえることができた。

 でもこの二回目は、まさにその直後に、僕は状況を全部知ってしまったのだった。

 僕と弟で家の掃除をして、僕が掃除機を一階に取りに行っていたとき、弟が二階で悲鳴を上げた。急いで駆けつけると、飼っていた小鳥が、窓の足下にぐったりと転がっていた。窓ガラスには、何かでこすったような、くすんだ色の跡がついていた。鳥かごの扉は開いていた。

 整理して言えば、掃除のために部屋の窓が開けられていたところで、弟が、中の掃除か何かのために鳥かごの扉を開けた瞬間、小鳥が飛び出したらしい。弟は慌てて窓を閉めたけれど、小鳥は、きっと喜びのあまり、ガラスの存在に気づかないまま飛び立とうとして、激突したのだった。そしてあっさりと死んだ。ガラスに残された痕跡は、小鳥が飛んでいこうとした航跡でもあった。

 そういう状況や経緯を、部屋に駆けつけた瞬間に、僕が理解できたはずがない。分かったのは、あの魚と同じように、僕が家に戻ってきてから世話をして、一緒に過ごしてきた鳥が、弟のせいで死んだということだけだった。そしてそれだけで、僕が弟をぶん殴るのには十分だった。一回目と違って、ぐちゃぐちゃな気持ちが整理されて落ち着く時間もなかった。

 その瞬間、頭か胸のどこかで、どこをどうやって殴るべきだろうかというような気持ち、思考があった気がする。もっとも、それが働く時間もなく、僕はほとんど走り寄るような調子で弟に向かって大股で歩き、握った右手で力任せに、半ば背を向けながら、申し訳なさそうにこちらに向けられた弟の怯えたような表情をした顔の、左の頬を殴った。

 中指の付け根、骨の出っ張ったところが、弟の頬骨に当たって痛んだ。倒れ込んだ弟の姿とそんな驚くほどの痛みで僕は我に返り、とんでもないことをしてしまったと思った。呆然としていた僕は、やがて逃げた。

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