令和機甲退魔師伝・カキツバタ
年号が令和に改まり、あちこちで空より高い宇宙に金属の塊を放り出せるような、科学万能の世の中となって久しいが、それでもなお不可解な出来事は枚挙に暇がない。
それは自分の足元、地球の深海探査率等々の散々な数字を見れは自ずと理解できようものだが、我々は実のところ、「解っているつもりで、何も解っていない」「判っていない事が判っていない」のだ。
ああ、失礼。別に小難しい講釈を垂れるつもりではないんだ。これからする話は、兎に角、頭ごなしに否定や非難をされることが多いものだから。
でだ、話を進めるが、君、「呪い」と聞いて、どう思うかね?・・・ああ、もういい、言わなくても君の顔を見ていればわかるよ。実際、詐欺師まがいの連中が、好き放題やらかしてしまっているのは私も知っているからね。ついでに言うと、君、幾らかそういう連中に金ばかり毟られて、結局なにも良くなってない・・・なんてことになってないかね?なんだ図星か。因みにいくら位・・・それは、まあ、なんというか・・・もう少し早く詐欺に気付くべきでは?
まあまあ、気を悪くしないでくれ。聞き飽きた口上だろうけど、「本物の」退魔師が私の知り合いにいるのだがね、一つ頼んでみてはどうかね?豊橋達彦くん?
え?なぜ名前を知っているのかって?それは企業秘密だねぇ。まあ君が思っているより、大きくて、伝統的で、由緒が正しいところだよ?労基なんてくそくらえなブラック満開な職場だがね。
ああ、お金はいらないよ。ブラックな分、十分な給料は貰っているからね。どこからだって?そりゃ君には関係ないよ。余計な詮索はしない方がいい、好奇心は猫を殺すって言葉知らない?知らないか、じゃあいいや。
君、なんとなく、この場末の飲み屋に入ったと思っているだろう?それ違うからね。私たちが明確な意思を持って君をここに呼び寄せたんだ。君は今回の仕事の善意の協力者なのだよ。だからこちらの用件が終わったら、君一人では此処に来ることは絶対にできない。後で試してみるといい。まあ、兎に角、君は無料で厄介事から解放される機会を得たんだ、素直に喜べばいい。
おお、来た来た。豊橋達彦くん、紹介しよう。退魔師の「菖蒲」だ。引き摺っている大荷物は商売道具だから気にしないでくれたまえ・・・どうかね?可愛いだろう?そう言えば君26歳だっけ?良かったな菖蒲、彼、お前より2つ下だが、真面目で勤勉で、見た目だって悪くない、いい男じゃないか。うまく丸め込んで結婚まで持ち込んで・・・痛い痛い、中年親父の罪のないセクハラ発言ぐらい、笑って受け流せよ。
いや、御免御免、どうもこの子を見ると世話を焼きたくなってね。君にもいないかい?いい奴なのに、どうにも縁がないってのが・・・話を戻そう。君、身体の不調は3か月前からで間違いないかね?
身体中、締め付けられるような痛みがあるが、病院の検査でも何も出ない、心療内科も寺社仏閣や怪しげな拝み屋の類も何一つ効果がない、そうだね?・・・菖蒲、視てみてどうだ?・・・やっぱりそうか。
もう君の耳にタコができてるだろうけど、君、呪いに取り憑かれてるよ?それも数多く。
でもさ、ちょっとだけラッキーだったね。能力はゴミ屑だし、金に意地汚い業突張りだけど、一応そういうのがちゃんと視える払い屋に、途中で一人当ってたんだよ。
少しばかりやってることが目に余るようになってきたから、つい先日、締め上げてみたら、そいつが自分はちゃんと仕事してるってばかりに君のことゲロってね・・・悪徳な所に突っ込んだ分なら、我々が取り返しておいたから、少しはお金も還ってくるよ、よかったね。
・・・ちょっと脱線したな。少しばかり長期戦になるけど、そこは我慢してね。まずは、君の住んでいる処からだね。多分、呪いの集積所みたいになってるよ?今すぐ行った方がいいだろうね。
ありゃあ・・・まだ外から見てるだけだけど、これはちょっと・・・私は管理職でそう言う力は弱いんだけどね・・・これはひどいな。私でも見てわかる。
君、ある意味すごいね。こんなのとっくに死んじゃっててもおかしくないよ?本当に、なんで立って歩いてるの?・・・いや待て、これはとんでもない拾い物か?・・・あ、いや、何でもないよ。取り敢えず、中に入ってみていいかね?
菖蒲、菖蒲、豊橋達彦くんだがね、何としても捕まえて、モノにしなさい・・・痛い痛い、そんな殺傷能力が高そうな固くて尖ったもので、上司を殴るものじゃない。これはセクハラ発言じゃないよ。お前だって、薄々分かってるんじゃないか?あんな強力な撒き餌、日本中、いや、世界中探したって、そうそう見つかるもんじゃないぞ?
その上、あの耐久力だ。あれじゃあ本来、町一つ巻き込む規模なのに、彼が呪いを耐え続けて、引き受けているせいで、周りに類が及んでない。とんでもない逸材だよ彼は。
ああいう才能は非常に見つけづらいんだ、この機を逃す手はない。お前が嫌というなら、別の誰か・・・牡丹あたりでいいか、彼女に何とかしてもらおう。歩く猥褻物みたいな女だが、こういう時には適任者だろうし・・・え?そうかそうか、やってくれるか、じゃあ頼んだよ。
喜べ菖蒲、どうやら彼、彼女とかいないらしいよ?いやぁ馬鹿だねぇ、最近の若い子は。本当にいい男ってのは、ああいう一見面白みのない男だってのに、上っ面ばかりのチャラチャラした男に、軒並み引っかかるんだから・・・お前は見極めがつくだろう?なら、いい。
あ、すまんね、豊橋達彦くん、ちょっと打ち合わせをね?じゃあまずは、玄関を開けて・・・一度閉めようか。
豊橋達彦くん、さすがにあれは見えただろう?君、あれと同棲を?見えたのは初めて?なら仕方ないか・・・うええぇぇ・・・失礼、流石にあんな強力な呪いを見ると気分が・・・本当になんで君平気なの?・・・うーん、菖蒲、あれを全力で使っていいぞ。いけるか?え?馬鹿だなあ、そこに若くて素敵な上、異常なほど頑丈な紳士がいるじゃないか。
君、少し手伝ってほしいんだけど、いいかな?なあに、そこな可愛いお嬢さんが、今から気を失って動けなくなるから、騎士よろしく強く抱きしめて、守り抜いてやればいいのさ。簡単だろ?
さあ、菖蒲、話はついた・・・痛い痛い、そんな鈍重なもので、いたいけな中年を殴るものじゃない。とっとと、そこの好青年にいいとこ見せてやりなさい。
ふう、いい歳して恥ずかしがり屋だなぁ、菖蒲は・・・おおっと、君、しっかり抱きしめてやってくれ、それだけでいいから。どうしたのかって?ふふふ、あの大荷物を見たまえ。
・・・ああ、蓋ぐらい中から開けるだろうさ。菖蒲がいるんだから。いや、正確には、あれは機甲退魔師「カキツバタ」だ。
どうかね?私は開発には一切関係していないから、私が自慢することじゃないだけども、この赤く輝くボディ、女侍を思わせるデザイン、いいと思わないかね?君、巴御前とか井伊直虎って知ってる?そこに適度にサイバーパンク風味が入ったデザイン。どうだい、ほら、少年心がくすぐられるというか・・・わかってもらえて嬉しいよ。随分年齢は離れているが、君の事は心の友と呼ばせてもらおう。
そういえば君、ヒヒイロカネって知ってるかね?おお、意外と博識だね。でも、流石に見るのは初めてだろう?この赤く輝いてる部分がそうだよ。現存するヒヒイロカネを全部こいつに費やしてるからね。いいだろ?よくわからない高性能素材で作られた高性能機って、なんかこう、燃え上がるものがないかね?
・・・失礼、同好の士を目の前にして少し興奮した・・・
いやあね、これだけ人が増えちゃって、社会が複雑になってしまっては、負の感情の溜まりっぷりが半端なくてね。
ある程度以上溜まってしまうと、呪いとか魔物とか・・・あーめんどくさいから「呪い」で統一で・・・え?名をつける事は重要だよ?気持ち悪さが全然違うじゃないか。御免、また脱線しちゃったけど、兎に角まあ、なんかそういうのになって、人を殺し始めちゃうんだよね。
なんでって?わからないよ?まあ、偉い学者様は、地球の自浄作用じゃないかって説を提唱してるね。これで人口の調節をしてるんだってさ。理にはかなってるし、個人的にはこれが正解かなぁと思わなくはないけど、当事者からすると、くそくらえって話だよね。
で、まあ、相手が強くなりすぎてしまってね、生身じゃどうしようもなくなってきてさ、それで、科学の粋を集めたロボットの出番ってわけさ。なんと中に入って操縦するタイプだよ、入るのは魂だけだけどね。ところで魂を依り代に移すってのは、技術的にローテクなのかな?よくわからないけど、君はどう思う?
ん?パワードスーツ?いいねぇ、やっぱり君、わかってるねぇ。後で語り明かそうじゃないか。でも、もうそれじゃ駄目だ。もうすぐ始まるから見ているといい、よくわかるから。
さあ、カキツバタ。好きな男子に良いところを見せる、なんて青春は送れなかったんだろ?喜べ、今その機会が巡ってきたぞ。行け!!
・・・ええっ!!なんだって!!もっと大きな声で頼む!!そりゃこんな速度で動いてるんだから、このぐらいの轟音、して当たり前だよ!!な?こんなもんに生身の人間なんて載せられないだろ?
あー、聞かなくてもわかるけど、まず、目で追えるかね?おお。若いっていいねぇ、私はもう老化が始まってしまって・・・まだ若いつもりだったけど、目から老化が始まるって本当だねえ。君も気をつけないと、20超えたら歳なんて、あっという間に取ってしまうよ?
こらこら、気持ちはわかるけど、飛び出していったって、君が割り込むことすらできないって見てわかるだろう?今の剣戟は何回だった?ほら、駄目じゃないか、二発見えていない・・・ちゃんと、できる限りの保証はしてあげるから、家の中の物はもうあきらめたまえ。
もしや誰かの形見とかそういう大事なものでもあるのかね?小さいものならうまく残るかもしれないから、後で一緒に探せば・・・え?パソコンのお宝データ?うーん、記録媒体が無事な事を、一緒に神に祈ってあげよう・・・因みにそのパソコンって、今真っ二つになって宙を舞っている奴の事かね?ああー、これは・・・君、聞いてなかったけど、どの神様にお祈りすればいいかな?
うーむ、刀一本では駄目か。きみ、ちょっと菖蒲の身体を引き摺ってでいいから、少し荷物から離れてもらって・・・伏せて!!!!!
君!!君!!大丈夫か!!、攻撃を直撃で喰らってるじゃないか!菖蒲の身体を庇ってくれたのは嬉しいが、そこまで無理をさせる気なんてないよ!!ああもう!!そりゃ痛いだろうさ!!
・・・待ちたまえ、痛いで済んでいるのかね?いや君、こういう時は声も出せずに地面でのたうち回るか、身動き一つできないのが相場というものではないかね?なに不機嫌な不良に運悪く絡まれて殴られた同級生ぐらいの体で流してるんだよ君は・・・色々通り越して呆れてきたね。
カキツバタ!!こんないい男が漢気を見せてくれたんだ。ここでやらないと女が廃るってもんじゃないか?さっさともう一本、刀を受け取りたまえ。
さっきはすまなかったね、ちょっと君の位置が邪魔になりそうだったから。あ、これすごいだろ?カキツバタが要求すれば、武器が打ち出されるんだ。カキツバタは近接戦が得意だし、今日は町中だからそういう武器セットだけど、遠距離用の銃器セットとかもあるよ。いやあ、豊富な武器セットは夢が詰まってるねぇ。
よしよし、二刀流なら押してるな。ここは可愛い部下の恋路を後押ししてやるかな。ん?なんだい君、存外に恋愛に疎いね?
あのねえ、彼女みたいな強い女が、意図せず自分が守られると、その相手に対してどう感じると思う?・・・・・・うーん・・・君は実に馬鹿だな。もういいや。
カキツバタ!!只今を以て、過剰出力を150%まで許可する。殲滅したまえ。
ほら!君もわかるだろう?高出力で駆動する時、身体のあちこちから放熱板が露出するのっていいよね?あの長い髪も放熱繊維なんだけども、放熱が追いつかなくって発光を始めるんだよ。いいだろう?
・・・まあ、あとで上司から、ネチネチ小言を喰らうんだけどね?ああなったら、あの髪の毛の部分の繊維、処分になっちゃうんだ。あれ、結構高額だからね。
・・・よしよし、しっかりと家の分の呪い払いは終了だね。え?やだなあ。私だって、ほんのちょっぴりだけ、コストの事が頭の片隅にあるんだよ?最初からあれをやっちゃあ、いくら資金が潤沢でも、ちょっといただけないかなあと・・・
今まで一度もないけど、もしヒヒイロカネの部分が破損でもしたら、大変だよ?10km四方を適当な理由をつけて人払いして、目ぇガンギマリの技術職数百人が、血眼で破片探しすることになるんだよ?
えーと、家の方は・・・建て替えた方が早いだろうねぇ・・・元々施工不良があった事にしておこうか。費用が全額保証なら、大家さんもあまり突っ込んでこないだろう。
それで君は部屋で事故に巻き込まれて、搬送先の病院で死亡が確認っと・・・なに?馬鹿だなあ、部屋で死んでちゃあ、事故物件になって迷惑がかかるじゃないか・・・そこじゃない?
ああ、君、私たちと一緒に働くことになったから。大丈夫だよ、私も死亡扱いで元の戸籍から抜けてるから。仲間だよ仲間。
大体、君だって何かおかしいって感づいていたんじゃないか?やけに秘密であろう内情をベラベラしゃべっているぞこいつって。そりゃ君に拒否権がないからだね。ブラックな世界にようこそ!!
まあまあ、確かに死と隣り合わせの、くそブラックな仕事だが、いいこともあるぞ?家賃、三食の食事代が無料の社員寮が完備。仕事は不定期だが、基本給は保証+歩合給が上乗せ。具体的には実質このぐらいの給与で・・・どうかね?悪くないだろう?
それに君には特別ボーナス!!菖蒲を妻として付けようじゃないか。君、彼女とかいないんだろ?ちょうどいいじゃないか。それに君、まだまだ呪いがいっぱい憑いてるんだから、彼女に守ってもらわないと、どうしようもないんだから、どっちにしろ同居するしかないよ?・・・んー、この甲斐症なしめ・・・
まあいい、身内びいきも多分に入ってるだろうが、菖蒲は、あの器量で性格も申し分ない。加えて高給取りときたもんだ。君の身の回りに、あれに匹敵する女性はいるかね?・・・なら、決まりということでいいね。
ほら菖蒲、いつまでも寝てるふりして彼に抱きついてないで、少しは姉さん女房のしっかりした姿を見せたらどうかね?・・・今更ワタワタしても遅いよ。折角可愛い部下の恋路にできうる限りの援護射撃をしてやったというのに、すべて灰燼に帰するつもりかね?
はあ・・・もういいよ菖蒲。さっさと彼を連れて帰りたまえ。あ?まだ中年オヤジに、いい歳こいて青臭い恋愛観引き摺ってるお前らを説教させるつもりか?帰れ!!
全く・・・こんな仕事しときながら、添い遂げる相手が見つかるなんざ、どれほど幸福な事か・・・まあ、まだわかるような歳じゃねえか。
まっ、孤独で不幸せな中年オヤジは、若い二人の幸せに尽力するとしますか!取り急ぎ、彼に別の名前作ってあげないとな。あと、それから・・・それから・・・・・・・あーーーもう、今日はヤメヤメ!仕事はおしまい!取り敢えず、綺麗なお姉さんとうまいお酒がいっぱいある、大人の遊園地に行こう!!そうしよう!!
ー了ー