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忘却魔法は魔女には不要!  作者: くろえ
8/22

その優しさに愛情を①

「ゴメン、今日も行けそうにないんだ・・・。」


この台詞を聞くのは今月に入ってこれで5回目。

落胆を顔に出さないように、ティナは優しく微笑んだ。

「うぅん、気にしないで。お仕事、がんばってね。」

「うん、ゴメン・・・。」

恋人の力無い笑顔が悲しい。

ティナは胸が締め付けられる思いがした。


ティナの恋人・ソラムは、弦楽器工房を営む父の後を継ぐために、王都の有名工房で修行の日々を送っている。

まだ見習いの彼の仕事は雑用ばかり。しかし朝から晩まで多忙を極め、滅多に無い休日さえ工房の都合で取消になる。

今日も一緒に夕食を取る約束だった。

それで勝手口まで迎えに来たのだ。一人暮らしをしているティナの部屋で、手料理を振る舞うつもりだった。

なのに・・・。

(こんな事が多すぎるわ。

先月もほとんどお休みがなかったのに・・・。)

これでは身体を壊してしまう。

恋人の身を按じるティナが、そう思った時だった。


「おい下っ端!

研磨室の掃除は済んだんだろうな!?」


偉そうな声が聞こえてきた。

ソラムが慌てて振り返る。悪意がこもった冷たい怒声に、ティナも思わず身を竦めた。

開きっぱなしになっている勝手口から、意地悪そうな大男が睨んいる。

ドゥリーという名の技師だそうだ。

とても優れた弦楽器職人で、この工房の親方に特別目を掛けられているらしい。

しかし・・・。


「仕事も出来ないくせに女と逢引きか?

いいご身分だな!」

「す、すみません!」

「言われた事はすぐにやっとけ!

木材切出し場の片付けも済んでないんだろう?!」

「はい! すぐに!」

「あと、マカラ社の弦線100箱ちゃんと発注したんだろうな?!

届いたら倉庫へ入れておけ!今夜中にだぞ、いいな!? 」

「はい、ドゥリーさん!

・・・ごめんティナ、また今度!」


大慌てで勝手口へと駆け込むソラムを、ティナは悲しい思いで見送った。

「・・・ふん!」

そんなティナを睨み付け、ドゥリーも工房の中へと消えた。

バタン!と大きな音を立てて、後ろ手に扉を閉めながら。

ますます悲しい思いになった。

ティナは小さく吐息を付いた。


---×××---(´・ω・`)---×××---


夕暮れの王都城下街。

王城へと続く大通りは、まだまだ多くの人で賑わっていた。

野菜や果物を売る屋台では、残り物を少しでも売ろうと声を張り上げ客引きする。

串刺しの肉やソーセージを売る屋台も負けていない。美味しそうな匂いを辺りに振りまき、仕事帰りで家路に急ぐ人達の足を止めている。

活気ある賑やかな通りをティナは1人、歩き回った。

ふと立ち止まり、空を見上げる。

西日を浴びた王城が朱に輝いて美しい。

ティナは工房での出来事を思い、何度目かの吐息を付いた。


(大魔女のお姉様に相談する? でも・・・。)


王城の方へ足を向けては、躊躇いがちに踵を返す。そんな事を繰り返しながら、もう随分歩き回っている。

途方に暮れて佇むティナは、突然誰かに捕まえられた!


「よぅ! 街中で会うなんて奇遇だな♪」

「きゃぁ!・・・え?あ、お義兄様!」


陽気な義兄・オスカーが、ティナの肩を抱くようにして明るく笑い掛けてきた。


---〇〇〇---〇〇〇---〇〇○---


オスカーは精悍な見た目に似合わず、甘い物が好きだった。

屋台で糖蜜パイを奢ってもらい、通りの片隅で一緒に食べる。義兄の優しさに気が緩み、気付けば心の悩みを全部話してしまっていた。

「なるほど、下っ端いびりだな。

職人は上下関係が厳しいからなぁ。どこの工房でも多少はあるモンなんだが・・・。」

「はい。ソラムもそう言ってます。

心配ないって言ってくれるんですけど・・・。」

ティナは食べかけの糖蜜パイに目線を落とした。

「ごめんなさい、お忙しいのにこんな話をしてしまって。

今日はどうされたんですか? 城下街でお会いするなんて珍しいですね。」

「 ロイド の店を訪ねたんだ。

生憎留守で、義姉さんまでいなかったけどね。」

オスカーが義姉と呼ぶのはもちろん、長姉の元魔女。

その夫・ロイドは城下街で小間物屋を営む、とても善良な青年だった。

「お留守?

ロイド義兄様がお店を空けるなんて珍しいですね。」

「うん。店番していたご隠居さんも首を傾げてたよ。

どこほっつき歩いてるかわからないそうだ。

珍しいな。フラフラ遊び回るような人じゃないんだが。」

糖蜜パイの最後の一口を口に放り込み、オスカーがニッコリ微笑んだ。

「それはともかく、ソラムの事だな。

明日にでもその工房に行ってみよう。

状況をよく確かめて来る。その方がミシュリーが口を出すより、ずっと穏便だろうからな。」

「あ、有難うございます、お義兄様!」

ティナは心から安心した。


大魔女ミシュリーは敬愛している姉である。

ティナはもちろんソラムの事も、とても可愛がってくれている。

しかし彼女は困った事に、お節介焼きで少々過激。

だから相談に行くのを躊躇っていたのだ。

もし彼女がソラムの苦境を知ってしまえば、いったいどうなってしまうだろう・・・?


「その工房、

 魔法で ぶ っ 潰 し ち ま う かもしれないな。」

「止めてください、怖いです!!!」


ティナは身を震わせた。

「冗談冗談♪ とにかく俺に任せとけ。

できればソラムともちょっと話をしてみて・・・。ん???」

突然、オスカーが目を剥いた。

「あれ? ロイドじゃないか!」

義兄の目線をティナも追う。

通りを行き交う人々の中に、眼鏡を掛けた温厚そうな青年の姿が見て取れた。

くたびれた上着を羽織った男と一緒だった。なにやら熱心に話し合っているが、声は遠くて聞こえない。

「まぁ本当、 ロイド義兄様だわ!

誰とお話してるんでしょうか? 見た事ない人ですけど・・・。!? 」

答えを求めて見上げた義兄の強ばった表情に息を飲む。

眉を潜めるオスカーが、小さな声でささやいた。


「アイツは確か・・。

王都の裏通りを縄張りにしてる一味のお頭だ!

窃盗だの詐欺だの 陳腐な犯罪 やらかす小悪党さ。」


思いがけない義兄の言葉にゾッとした。

「な、なんでそんな人と?!」

「まぁ、ロイドはちょいと人が良過ぎるからな。

おっとりしてるって言うか、呑気って言うか・・・。」

オスカーにとってロイドは義兄。総勢11人居る義兄弟の中で、一番上の存在である。

そんな彼に敬意を表し、その人柄を表す言葉は気を遣って慎重に選ぶが、要するにどこか抜けてるのだ。

その辺を小悪党に付け入られたのなら、放っておくなどとてもできない。「陳腐な犯罪」に巻き込まれたら、とんでもなく大変だ!


「よし、後を付けてみよう。

ティナ、送ってやれなくて悪いんだが気を付けて帰れよ?」


言うが早いか、オスカーが人混み目がけて走り出す。

「待ってください! 私も行きます!!!」

もう糖蜜パイを味わっている場合じゃない。

ティナも慌てて走り出した。


---×××---(・・;)---×××---


王都の裏通りは大通り沿いに幾つかある。

治安はそんなに悪くない。通りの数だけ下町があり、義理堅く陽気な人々がのんびり楽しく暮らしている。

しかし、この裏通りだけは別だった。

王都中心部に近いこの通りは、そびえ立つ王城に陽の光を遮られて晴れた昼間でも薄暗い。ほとんどの住民がより良い場所に引っ越したというのに、「陳腐な犯罪」をやらかす一味はそこに居座り続けていた。

「警察も手を焼いてる連中だよ。」

オスカーが眉を潜めてささやいた。


「何度とっ捕まえてもまたこの通りに帰って来るそうだ。

カタギになる気はないらしい。」

「なんでそんな人達とロイド義兄様が?」

「さぁ? 後で本人に聞くしかないな。」


ロイドを追って来たオスカーとティナは、不思議そうに首を傾げた。

建屋の角に身を潜め、こっそり様子を覗き見る。

うらぶれた酒場の勝手口はちょっとした袋小路になっている。そこに集まる如何わしい若者達の中に、ロイドの姿が確認できた。

くたびれた上着の男もいる。耳を澄ますと彼らの会話が聞こえてきた。


「それで、ブツは?

ちゃんと数だけ集まったんだろうな?」

「へい、ここに。

でも兄貴、数だけはどうにもなりやせんでした。」

「王都中走り回ってかき集めたんですが、どこも品薄で・・・。」

「オイラもダメだ、これっぽっちっきゃ手に入りやせんでした。」


若者達が上着の男に 何か を差し出している。

残念ながらティナ達がいる場所からは、それが 何か は見えなかった。


「そうか・・・。

ロイド、すまねぇ。これじゃ半分にも満たねぇな。」

「謝らないでくれ、無理を頼んだのは僕なんだから。」

「大丈夫かい?

アンタがコレを集めてる理由がバレたら とんでもない事 になるんだぜ?

まさか 命に関わる 事ぁないだろうが・・・。」

「そうだな。きっと た だ で は す ま な い 。

何とかうまくやってみるよ。

ありがとう、君達には本当に感謝してる。」

「ロイド・・・。」


「・・・。」

この会話だけでも相当危険。

ティナはオスカーと青ざめた顔を見合わせた。


---×××---(゜д゜lll)---×××---


王都に夜の帳が降りてきた。

大通りでは行き交う人も減ってきた。一つ、また一つと店の明かりが消えて行く通りを、大事そうに何かを抱えたロイドが小走りに駆けていく。

「今度はどこへ行くんでしょうか?」

「さぁ? 全く見当も付かない。」

後を追うティナとオスカーは、義兄の不可解な行動にすっかり困惑していた。

戸惑いながらも付いていく内に、ロイドが大通りを抜け側道に入る。

(えっ? ここは・・・。)

ティナは思わずたちどまった。

とてもよく知る道だった。さっきもここを通ったばかり。これはどういう事だろう?

「なんだ?

ソラムがいる工房へ向かってるじゃないか?!」

オスカーも驚き足を止める。

ロイドが弦楽器工房裏の勝手口に辿り付いた時だった。


「何をやってるんだお前は!このウスノロめ!!!」


荒々しい怒声が聞こえてきた。

弦楽器技師・ドゥリーの声だ。

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