迷探偵スコットの事件簿①
その探偵事務所は、街で一番大きな通りにある。
と、言っても、王都から離れた地方の街なのでたかが知れてる。街人がのんびり行き交うだけの、至って平和な商店街である。
従って、スコット・レドニーが所長を務める 探偵事務所
は今日も「開店休業」だった。
「何が『所長』だ。
従業員なんて1人も居ないじゃないか。」
「しかも奥さん、子供連れて実家に帰ってんだろ?
なんだい、とうとう愛想尽かされたかい?」
「ち、違うぞ?! ちょっと遊びに行ってるだけだ!」
口の悪い年寄り達に、スコットは慌てて反論した。
事務所には来客用の古びたソファとテーブルがある。
そこを陣取る老人達。家の仕事を息子に譲った近所のご隠居連中が、仲良くたむろしているのだ。
「アンタら、ここは集会場じゃないんだぞ!
仕事の邪魔だ、出てってくれ!」
スコットは声を荒げて物申した。
即座に返る反撃は、実に手厳しいものだった。
「冷たいねぇ。奥さんは優しいのによぉ。」
「いいじゃねぇか。どーせ客なんか来ねぇんだし。」
「奥さんはお茶入れて持てなしてくれるぞ?
ちったぁ見習わんかい!」
「まったく、奥さんが居なきゃ何も出来ないんだから!」
言いたい放題である。
スコットのこめかみに青筋が立った!
「 出 て け ~~~っっっ!!!」
大爆笑を後に残して老人達は退散した。
それでもまた明日になれば、素知らぬ顔でやって来る。
スコットは頭を抱えて項垂れた。
---♪♪♪---♪♪♪---♪♪♪---
「まったく、この街の年寄り共は!
暇なら畑で野良仕事でもしてろっての!」
事務所の奥には一応「所長」のデスクがある。
その肘掛け椅子にドッカリ座り、シミだらけの天井を見上げて一人ブツブツぼやく。
何もかもが面白くない。スコットは陰鬱な気分を持て余す。
とにかく、客が来ないのだ。
仕事がなければ収入も無い。ここ最近は自宅兼事務所の家賃も工面できない始末。これでは、実家に「遊びに行ってる」妻子が帰って来なくても仕方がない。
何といっても、妻の実家は・・・。
気が滅入る一方だった。
「あ~、誰か仕事持ってきてくれませんかねぇ!?
今ならどんな依頼でも、喜んで引き受けまっせー!」
「本当ですか?!
お願いします、探偵さん!」
「・・・はい???」
まさか、返事があるとは思わなかった。
スコットは事務所入口を見た。
15歳位の少年が、いつの間にやら佇んでいる。
彼は意を決したように、勢いよく事務所に踏み込んで来た。
「実は、人捜しをお願いしたいんです!
女の子です!先日から居なくなってしまいまして!」
尋ねもしないのに話し出す。スコットは慌てて口を挟んだ。
「ちょ、ちょっと待って!君、名前は?」
「あ、すみません。僕、アレンっていいます。」
少年・アレンは頭を下げた。
「ヴェルダンツ児童養護院から来ました。いなくなったのは同じ施設で暮らしている娘です。
あの、僕の、恋人です。」
そう言って、アレンは恥ずかしそうに目を伏せた。
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いなくなった娘の名は ミーアナ。
アレンと同じ15歳。心根の優しい明るい娘だという。
「一昨日、施設に 外国の貴族 の使者が来たんです。
ミーアナを迎えに来たんだそうです、彼女が幼い頃に生き別れた侯爵家の子供だとか言って。
話を聞いた院長先生は、あまりに急な事だったので、その日は一旦帰ってもらったって言ってました。
でも翌日の朝からミーアナは、いなくなってしまったんです。」
「へー、そぉ。」
悲しそうに話すアレンに対し、スコットは少々投げやりな態度。応接ソファに座らせて一応話を聞いてはいるが、依頼を請ける気はサラサラない。
こんな子供が探偵を雇う金など持っているはずはない。適当なところで切り上げてとっとと追い出すつもりだった。
「院長先生もです。あの人もいなくなってました。
ミーアナを連れてその貴族の所へ行ってしまったんだ。
何とか助け出さないと!」
「どうして? 貴族って言えば金持ちだ。
孤児だった娘が富豪のお嬢様になるんだぜ?
君には少々残酷だが、親元へ行けば彼女の幸せになれるんじゃないか?」
「いいえ、 このままじゃミーアナは不幸になる!
彼女は侯爵家の娘なんかじゃないんです!
連中が勝手にそうだと決めつけてるだけなんだ!」
「決めつけてる?
侯爵側が彼女を娘だと思う理由は?」
キッパリ言い切るアレンの態度に疑念を抱いた。
深入りするつもりはないが、好奇心にかられて聞いてみる。
「 ペンダント だそうです。
ミーアナがずっと身につけている金の小さなペンダント。
生まれた時、父親の侯爵が贈った物だと使者の人達は言ってました。」
アレンは小さく微笑した。
悲しげにも、苦しげにも見える、なんとも言えない微笑みだった。
「たったそれだけでミーアナを娘だって決めつけるなんて!
冗談じゃない!
あのペンダントは 僕の物 だったのに!!!」
「!? って事は、君が?!」
目を剥き驚くスコットに、アレンは首を縦に振る。
「はい。たぶん僕が 侯爵の子供 です。
あのペンダントは、たった1人で僕を育ててくれた母からもらった物ですから。
母が病気で他界してから、形見だと思ってずっと大事にしていたんです。
それを去年のミーアナの誕生日に彼女に贈りました。
大人になって養護院を出た時、一緒になるって約束の印に・・・。
探偵さん、わかりますか?
僕の父親は、自分の子供の性別すら知らなかったような薄情な人物なんですよ?
警察は取り合ってくれないし、他に頼る人が居ないんです!
お願いします、ミーアナを助けてください!!!
・・・って、探偵さん?聞いてますか?」
アレンが訝しがるのも仕方がない。スコットは上の空だった。
実際、話も途中から聞いてない。彼の頭は己の夢と欲望でいっぱいだった。
(いいぞ、運が向いて来た!
この子をその侯爵とやらの所へ連れて行こう!
こっちが本当の子供だって教えてやれば、謝礼はきっと大きいぞ♪)
「いや、話はよくわかったよ、アレン君!」
あまり聞いてなかったくせに、スコットは大きく頷いた。
応接ソファから身を乗り出すと、アレンの右手をガッシリ掴む。
「君の依頼を請けよう!ミーアナさんを助け出すんだ!」
「本当ですか?! あ、でも、依頼費は・・・?」
「何を言っているんだ!
そんなの気にしなくてイイ!(侯爵からもらうからネ♪)」
俄然、やる気が出てきた。
スコットは勢いよく立ち上がり、ソファの背もたれに投げ掛けてあった上着を羽織って威儀を正す!
「何もかも俺に任せておきたまえ!
この 名 探 偵 スコット・レドニー が、万事よろしく解決してあげよう!
はーっはっはっは!!!♪」
「・・・自分で『名探偵』って言っちゃうんですか?」
賢そうな少年の顔がにわかに曇った。
不信感ダダ漏れの面持ちに、スコットは人差し指を軽く振る。
「疑っているね? そんじゃ俺の実力をご覧に入れよう。
なにかミーアナさんに関する物、持ってる?
身につけていた物が一番いいんだが。」
唐突で意外な質問にアレンは少し戸惑った。
「えっ? あ、コレでいいですか?
この間借りて、返しそびれてる物なんですけど・・・。」
上着のポケットから取り出したのは、薄紅色のハンカチだった。
「よし。それじゃ、先ずはミーアナさんがどこに居るのか、探ってみようか。」
可愛いハンカチを丁重に受取り、スコットは何かをつぶやいた。
「・・・ えぇ!?」
アレンが驚き目を見張る。
ハンカチはスコットの手のひらで、淡い緑に輝きだした!
「今、ハンカチに残る彼女の気配を参照に、本人の行方を追っている。
追跡魔法 だ。現役魔道士でも使えるヤツが少ない、非常に難しい魔法だぞ。
・・・あぁ、やっぱりこの国から出ているらしい。
ミーアナさんは、ここから南の トゥウェイン・コル国 に居る!」
封建的な貴族制度のある国だ。
間違いない。ミーアナは侯爵家の者に拉致されたのだ。
アレンがソファから立ち上がった。
「た、探偵さん、魔法が使えるんですか?!」
「こう見えても元・魔道士でね。見直したか?」
「はい!」
尊敬の眼差しが心地よい。スコットはすっかり得意になった。
「よろしい♪ それじゃ、ミーアナさんを助けに行こうか。
君も一緒に来てもらうよ?その方が彼女も喜ぶからね。
(そんで侯爵様に引き渡すっと♪ ボロ儲けボロ儲け♡)」
「はい!
あ、でもその国までどのくらい時間が掛るんですか?
外国だったら旅費も掛りますよね?」
チッチッチ♪
スコットは再び人差し指を振って見せた。
「 転移魔法 ってヤツを知ってるかい?
目的地まで瞬間移動出来る。高位魔道士だけが使える特別な魔法だ。
ま、俺にとってはお茶の子サイサイ♪
トゥウェイン・コル国までひとっ飛びだ!」
「 !!? スゴイ! スゴイです、探偵さん!!!」
少年の素直な賞賛に、ちょっとだけ心が痛んだ。
トゥウェイン・コル国に赴いた後、転移魔法で帰ってくるのはスコット1人だけになる。
アレンが侯爵家の迎え入れられた後、ミーアナはどうするだろう?
貴族制のある国は厄介だ。婚姻に血統や家柄が重視される。
そんな国に置き去りにして、2人は一緒になれるのだろうか・・・?
(いや、大丈夫だろう。この子はとてもしっかりしている。
真っ直ぐで勇敢な子だ。きっと新しい世界でミーアナと幸せに暮していけるだろうさ・・・。)
スコットは罪悪感を振り払った!
「さぁ行こう、アレン!
先ずはミーアナさんに会いに行くぞ。瞬きしている一瞬で可愛い恋人とご対面だ!♪」
「はいっ!
って、探偵さん、待ってください!」
アレンは真っ直ぐで勇敢なだけでなく、賢く慎重な子のようだ。
呪文を唱えるスコットを、慌てて止めようと飛びついた。
「ミーアナが今、どういう状況なのかがわからない!
いきなり行くのは危険です!!!」
しかし。
本当にほんの一瞬だった。
軽い浮遊感に見舞われた後、目の前の光景がガラリと変った。
---☆☆☆---!!!---☆☆☆---
そこは薄暗く、だだっ広い空間だった。
燭台が何本も立ち並び、蝋燭の炎がゆらゆらと朧に辺りを照らしている。
石造りの壁が見えるが、窓らしい物が何もない。どうやらここは 地下室 のようだ。
そこで、2人が目にしたものは・・・。
「・・・アレン!
来てくれたのね!?」
真っ白なドレスを着た少女が歓喜の声を上げた。
「ミーアナ!」
駆け寄ろうとするアレンを引き留め、スコットはゴクリと生唾を飲んだ。
地下室の真ん中、少女が佇む床の上。
そこには 魔法陣 が描かれている。
実物を見たのは初めてだった。魔道士としての修行中に書物の中でしか見た事が無い。
それだけ強大な魔力を要する、極めて強力な魔法陣だ。
スコットは全身総毛だった!
( 地の契約の魔法陣 !?
なんだこれは、どういう事だ!!?)
「・・・なんだお前達は?」
愕然となるスコットの前に、男が1人立ちはだかった。
右手の指にはめられた金のインタリオ・リングがギラリと光る。
描かれているのは 侯爵家の紋章 。
件の侯爵 本人だ。