後
和葉がデパートでチョコレートを送った日の午後、樹里は自宅でハーブティーを飲んでいた。庭で採れたミントとレモングラスのブレンドだ。
ーーピンポーン
「はーい。」
「宅配便です。」
宅配便を受け取った樹里は、それを腕に抱えたまま、ふむ、と唸った。
「あら。和葉ちゃんからだわ。」
「うわーほんとだ。うわー。」
ちょうど家にいた真里も樹里の手元を覗き込む。顔が嫌そうに引き攣った。
まあ見ていてもね、と樹里がラッピングを開けると、綺麗な木箱が出てきた。
「うわーすっっごい魔力。何?ほんとに和葉ちゃん魔女じゃないの?」
真里が眉を顰めて木箱を開けた。とたんに辺りに魔力がピシピシっと飛び散った。
「わーお。」
真里が思わずのけぞる。箱の中には2段になってチョコレートがびっしり入っている。ご丁寧にもチョコレート一つ一つに劣化防止・密封シールドが張られている。
「和葉ちゃん、それデパートで買ったんですってよ。すごく美味しかったって。ついつい試食をいっぱい食べすぎちゃったって。ネックレスのお礼みたいね。」
「デパート?…これ、媚薬よね?しかもだいっぶ手がこんでるわよね?和葉ちゃんこれ食べちゃったの?いっぱい?」
「和葉ちゃんなら大丈夫よ。お守りがついてるし、魔力も体内で消化できるみたいだから。和葉ちゃんの周りは面白いわね。ふふ。」
樹里は一粒チョコレートを摘むと、強力なシールドをぱきっと取り払って、ぽいと口に放り込んだ。
「美味しい!桜の花びらね。」
「ママ、もう少し警戒心を持とうよ。」
「あら、悪い感じはしないわよ。ただのキツめの媚薬よ。」
「はあーもう。」
「私はパパと食べるわ。あなたも彼と食べたらいいじゃない。」
「っ私はそんなんじゃないもん!」
「はいはい。」
樹里は上段を木枠ごとほいと取り出した。真里も下段を取り出す。
「あら…」
下段のトレーの下には、木彫りで文字が書いてあった。
「『あの子をよろしく』?随分と古い文字ね。もう消滅している古代文字だわ。」
「あー、そのデパートの店員か。魔女なのは。」
「そうみたいね。ふふ。和葉ちゃんは本当に賑やかね。」
樹里はチョコレートを持って夫の元へ向かった。
真里も少し迷って、木枠を掴むと飛び立った。
「ふう。うまく行ったわね。」
デパートの店員は、和葉が帰った後、引っ詰めにしていた髪の毛をほどくと妖艶に笑った。
事前に呪っておいたデパートの総支配人が、仮の店舗を片している。
「あの子のことよろしくね、魔女さんたち。」
魔女は悪戯っ子のようにパチンとウィンクをした。
その日の夜。
「瑞樹!瑞樹!」
和葉は瑞樹が帰ってくるのを待ちきれず、玄関で思いっきり抱きついた。
「和葉。ただいま。どうしたの?」
「あのね、チョコがね、美味しくてね。瑞樹と一緒に食べようと思ってね。」
えへへへへと和葉は笑った。
「うーん、和葉、酔っ払ってる?なんか飲んだ?」
「えー、飲んでないよ。それよりチョコ!食べようよ!あっ!」
瑞樹の服の袖を引っ張って早く、早く、と急かしていた和葉だが、はたっと止まった。
あ、これはもしかして。
「これは、ご飯にする?お風呂にする?それともわ・た・し?ってやつ?」
と頬を染めてこてりと首を傾けた。
あ、エプロン着けてこよ、と部屋の中に入っていきそうな和葉の腕を瑞樹はがっと掴んだ。
「エプロンはいいから。俺の家行こうね。」
瑞樹が選ぶ選択肢はもちろん一つしかない。
翌朝、和葉はうーん、と眉を顰めた。
なんか、頭が重い。
和葉はあまりお酒に飲まれることはないタイプだが、二日酔いの感じに似ている。
「おはよう。」
耳元で瑞樹の声がした。掠れ声がセクシーだ。
「っ!瑞樹!えっ!」
和葉は必死に起きようとしたが、後ろからがっちりホールドされている。
ちょっと待って、なんでこうなった?昨日の記憶が…
……
……
……
……ある!がっちりある!え、やだ、きゃー!!!!!
「あははははは」
身悶えた和葉を見た瑞樹は、声を出して笑った。
「ちょ、ちょっと待って、これって、これって。」
朝チュンってやつじゃ。
きゃー!!!恥ずい。恥ずすぎる。
布団をかぶってごろごろと転げた。転げようとした…が、体は瑞樹に抱えられたままだ。
「朝メシ作っておくから。和葉はシャワー浴びておいで?」
瑞樹は和葉の頭をポンポンすると、するっとベッドを出ていく。
「きゃー!なんで!なんで!?」
風呂場でも叫んだ和葉の声を聞いて、瑞樹はまた楽しそうに笑った。
「やー、酔っ払った和葉可愛過ぎだろ。」
桜の花びらミルフィーユ・チョコレート
桜酔いには要注意
「なーんーでー!!!!!」




