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パタパタと出ていった妹を見送った和葉は、スリッパの音が聞こえなくなった頃にため息をついた。
昨日瑞樹と喧嘩して…喧嘩、だったのかな。瑞樹が怒ってて。
なんであんな言い方しちゃったんだろう。瑞樹は私のこと心配してくれたのに。
でもあんな、誰でも彼でもヤバい人扱いなんて。普通にいい人なのに。
あの女の人は誰なんだろう。ぜっったいただの友達じゃないよね。
なんであんなに遅くなったんだろう。あの人と、何を、もしかしてヨリを戻すとかーー
瑞樹はかっこいい。今さらだが、瑞樹はかっこいい。
和葉はもともと人の容姿にあまり頓着がない。そりゃモデルみたいにかっこいい人ならかっこいいなと思うし、学生時代は友達とアイドルの誰が好きだときゃーきゃー騒いでいたりもした。
でも基本は、ぜんぶひっくるめて男の人カテゴリーだ。あとは、歳が上か下か、スーツを着ているか普段着か、くらいしか見ていない。というか、人の目しか見ていない。なので、全体像やら服装やらは、ほとんど覚えていない。事件の目撃者には絶対になれないだろうと思っている。
瑞樹も付き合うまでは「隣人の」「同い年くらいの」「男の人」としか思っていなかった。
それが、付き合い始めてから、あれ、この人もしかしてかっこいい?てかかっこいいし!と思うようになったのだ。
でもまさか道ゆく人に、『ねえ、この人かっこいいって思いません?思いますよね?』と聞いて回るわけにもいかない。
一度意識すると恥ずかしくて、ゆうちゃんにも瑞樹の写真を見せられないでいる。
もう一度言うが、瑞樹はかっこいい。
背が高くて、スタイルがいい。いつも柔らかな笑顔をしている。標準的な黒髪茶目だが、光の関係か、時々きらっと髪が金色に光ったり、瞳が緑色になったりする。
えっとあと、なんだろ。人を形容するって難しいな。筋肉質なのかはよく分からないけど、腕の筋?とか?あと普通の人より足が長いかな。
だから。昨日元カノ(ぜっっったいにそう。女の勘が言ってる)と一緒に歩いているのを見た時に、『あ、すごくお似合いだ』と一瞬で思ってしまったのだ。昨日の女の人はすらっと背が高い人だった。私はちんちくりんで背が低い。きっとあの距離感だったら、きっキスとか、すごい自然にできるんだと思う。私は背が低いから、私がそうとう背伸びするか、瑞樹がすごくしゃがまないと、キスはできないと思う。…だからしないの?
和葉だって耳年増なりに、それなりにいろいろ知ってる。
今まで誰とも付き合ったことがないと瑞樹に言った時に、瑞樹はすごく驚いていたから、きっと瑞樹は彼女がたくさんいたのだろう。別にそれは構わない。でも!
…やっぱり魔力で底上げされてるから?もう魔力が切れちゃった?
だめだ、瑞樹と話さないと。
そうは思っているけど、瑞樹の怒った顔が怖くて、もし嫌われちゃったらどうしようと思って、いてもたってもいられなくて逃げてきたのだ。
こういうときは隣同士って不便よね。逃げ場がないというか。
これがほんとの『実家に帰らせていただきます』ってやつ?
茶化してみてもまたため息が溢れてくる。
「…ねえ、パパ。パパもママと喧嘩したりする?」
和葉は膝に頭を埋めたまま父に聞いた。
「そりゃするよ。一緒に暮らしてるんだから。」
「でもママ、ほとんど家にいないでしょ。」
「最近は出張も多いけど、和葉と双葉が小さい頃はもっと家にいたでしょ。」
父がコトンと和葉の前にホットココアを置いて和葉の隣に座った。
ありがと、と和葉はホットココアを両手で持った。今朝は何も食べていない。ホットココアの優しい甘い匂いがふわりと香って、和葉は思わず口元を緩めた。
和葉の父は専業主夫だ。母は夜遅くまで働いているか、国内外に出張に行っているかのだいたいどちらかだ。寂しい思いをしたことはない。父がずっと家にいてくれたし、母が家にいるときはべったり母にくっついていた。
働き始めてから、母はすごく頑張ってくれていたんじゃないかと気づいた。仕事終わりに疲れている時でも、母はずっと優しかったから。…はっきりした性格の人ではあるけれども。
「パパはさ、その、ずっと家にいるでしょ。外で働いたりしたいとかは思わないの?」
「パパは好きで専業主夫をやっているんだよ。」
「そうなの?」
初耳。ママがバリバリ働きたいからパパは仕方なく家にいるんだと思ってた。




