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和葉はエコバッグとカバンをぶら下げながら、ご機嫌で帰宅した。
今日は金曜日!昨日作った渾身の牛すじの煮物と、福袋に入ってた贅沢シュークリームを食べながら動画見放題!仕事始め、よくがんばりました〜
和葉がオートロックのエントランスのロックを解除してドアを開けると、後ろからがっとドアが引っ張られた。
え…?
和葉が思わず振り向くと、男性が息を弾ませて立っていた。
「驚かせてすみません。後ろ姿が見えたもので。」
誰…?
反応のない和葉に気づいたのか、男性は
「隣の佐々本です。先月はお世話になりました。」
と言って頭を下げた。
「ああ!こんばんは!よくなってよかったです。」
…びっくりした。変質者かと思った。
「すみません、後ろ姿が見えたとかキモいですよね。どうしても直接お礼が言いたくて。」
「いいんですよ〜。お仕事帰りですか?お疲れ様です。」
二人は一緒にエレベーターに乗り込んだ。
「……」
「……」
親しくない人とのエレベーターは気まずい。
なにか話題はと思って和葉が言ったのは
「あけましておめでとうございます。」だった。
少しきょとんとした顔をした佐々本は、
「ああ、そうですね。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
と笑った。
それから少し躊躇して、
「あの、改めてお礼がしたいのですが、お食事でもいかがですか?」
と和葉の方を向いた。もう和葉の玄関前だ。
食事?はっそうだ。私の牛すじちゃん。とりあえず鍋ごと冷蔵庫に突っ込んである牛すじを出して、ご飯は冷凍してあるから出して、それからネギが…
お腹が空いている時はいかに早く準備ができるかが勝負である。
和葉は上の空で
「いいえ〜、お構いなく。」
と言った。
一瞬ひるんだ佐々本だったが、
「美味しいイタリアンがあるんです。ぜひ。」
と言って携帯を取り出した。
「連絡先交換しましょう。スケジュールはまたすり合わせましょう。」
「はあ。」
「ありがとうございました。お疲れのところすみません。また。」
佐々本は和葉のメッセージアプリにスタンプを押すと、踵を返して自分の部屋へ入っていた。
…律儀な人だな。
しばらくほけっとしていた和葉だが、牛すじ!牛すじ!と家へ入った。
ほう。
和葉は満足げにため息をつく。
この色。この匂い。この柔らかさ。がんばった昨日の私、グッドジョブ。
和葉は牛すじの入った鍋をかき混ぜながら、今夜の夕食に思いを馳せた。
間違いなく美味しい匂いがする。牛すじを小分けにするのがめんどくさくて全部煮ちゃったけど。ファミリーサイズの鍋満タンだけど。しばらく夕食は牛すじ一択に決定だけど。
…お隣さんはご飯もう食べたのかな?持ってったら食べる…かな?さすがにこれを全部自分で食べるのは…
和葉は深めのボウルを戸棚から出すと、牛すじをおたまですくって入れた。
まあ一度食べ物持っていってるしね。いい人そうだし大丈夫でしょう。
和葉はサンダルを履くと、隣にピンポンした。
ピンポーン
「っはい。」
「あ、すみません。隣の清水です。牛すじ作ったんですけど食べませんかー?」
「っ、今出ます!」
なんか焦ってる?お風呂でも入ってたのかな。
「はいっ。」
「すみません、お忙しいところ。牛すじお好きですか?」
「好きです!ありがとうございます!」
佐々本はまだスーツ姿だった。ネクタイは外され、シャツのボタンはかけ違っていて、髪型が乱れている。
「ではどうぞ〜。」
和葉はさっと皿を渡すと、すぐに立ち去る。
牛すじが待っているのだ。こうしてはいられない。
「あのっ、お皿返しに伺います!」
「ドアの前に置いておいてくれればいいですよ。じゃ!」
和葉がリビングに戻ると部屋中にいい匂いが漂っている。
牛すじ!牛すじ!
「和葉!なんだこの匂いは!」
「牛すじだよ!食べる?」
「牛すじ?牛にはすじがあるのか?」
「あるんじゃない?」
「ニンゲンにもあるのか!?」
「うん、あるある。食べるの?牛すじ。」
「食う!食後のデザートはシュークリームだな!」
「ちょっとー、冷蔵庫また覗いたでしょ。」
「食うのは和葉を待っててやったんだっ!」
「はいはい、冷めないうちに食べるよー。」