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瑞樹は今日も残業だ。リモートワークなんて制度があっても、結局見えるところで働いてるやつの方が評価が高くなる。上司は猫はいいのか?と聞いてくれたが、猫の日に飼い主がどうしても恋しがって引き取りに来ましたと言ったら、そうだよなあ、猫のいない生活なんてなあ、としみじみと呟いていた。あのいかつい上司をもメロメロにする猫、おそるべし。
今日はそこまで遅くない。帰りに和葉の顔だけ見て明日へのエネルギーを養おう。いや、ちょっとだけ一緒にいる時間はあるだろうか。
瑞樹は足早にオフィス街を通り抜けた。目の前を歩いている女性を通り越そうとして、うん?と振り向く。よく見ると、元カノがとぼとぼと歩いていた。
「妙!どうしたんだ、こんな時間に。」
「あ、瑞樹。やほー。」
妙は力無く微笑む。
「そんな薄着で。寒いだろう。どうした?」
瑞樹は妙に近づいた。
「あー、旦那とケンカして。車で出かけてたんだけど、もういい!って車降りちゃったんだよね。ジャケットも車の中。」
妙ははははと乾いた笑いをもらした。
「これ着ろよ。夜はまだ冷えるだろ。」
瑞樹は自分のジャケットを渡した。
「…ありがと。」
妙はぎゅっとジャケットを握りしめる。
「車降りたって財布はあるのか?帰れる?」
「スマホあるから。大丈夫。」
「送ってくよ。」
「大丈夫。実家帰ろうと思って。なんとなく電車に乗れば着くから。」
「いやいやいや、妙の実家は隣の県だろ。そんなぼーっとして電車乗ったら危ないよ。家の人に迎えに来てもらったら?妙のお母さん車運転できるだろ。」
「そんなことまで覚えてるの。瑞樹はいつまで経っても瑞樹ね。」
妙は嬉しそうに微笑む。
「いや、妙ほんとヤバいぞ。」
瑞樹は妙の目を見ていった。
微妙にピントが合っていないのだ。どこか遠くを見ているような、どこも見ていないような感覚。意志が強くて物事をはっきり言うタイプの普段の妙とは全然違う。
「とりあえず駅に向かうか。たしかカーシェアリングのパーキングが駅前にあったよな。俺運転してくから。」
「いいって、いいって。へーき、へーき。」
瑞樹は少し強めに妙の腕を引っ張った。車道にはみ出してしまいそうなのだ。
「瑞樹…」
声がした方を瑞樹が見ると、そこには和葉と知らない男が並んで立っていた。
「和葉。」
瑞樹は険しげに眉を顰めると、和葉に近づいて和葉の腕をぐっと引く。
また変な男がついている。くそっ
「瑞樹、違うの、この人は会社の人で。」
「付き纏われてるのか。」
「違うってば!夜遅くなったからご飯食べただけだよ。」
「こんな遅くに危ないだろう。」
「そんなに遅くないし。てか瑞樹だって誰かといるでしょ。」
和葉は瑞樹の腕を払い除ける。
「妙は違う。友達だよ。」
「…友達?」
和葉は妙の方を見た。その女性が明らかに男物の上着を着ていることに和葉は眉を顰めた。
「あっえっと、初めまして。瑞樹の友人の鈴野です。」
妙は慌てて頭を下げた。
「…清水です。」
和葉も頭を下げる。彼女とも友人とも名乗らなかった。
「とにかく、早く帰って。タクシー呼ぶよ。」
瑞樹が強引に話を進める。
「電車で帰るからいい。」
「和葉!」
「あの、私は清水さんの会社の者で登坂と申します。清水さんは私が責任を持って送り届けますので。」
瑞樹が和葉の会社の男を見ると、男は勝ち誇ったように笑った。
「結構です。彼女はタクシーで帰りますので。」
「瑞樹、彼女と帰りなよ。私は大丈夫だから、ね。」
妙が気まずい雰囲気を和ますように、瑞樹にジャケットを渡しながら明るく言った。
「だめだ。送ってく。」
瑞樹はジャケットを受け取らずに、和葉を見て、
「和葉。後でちゃんとに話そう。俺は妙を送ってからすぐに帰るから。」
と言った。
「……」
「和葉!」
瑞樹が重ねて言うと、和葉は一瞬下を向いて、
「お疲れ様です。先輩、今日はありがとうございました。一人で帰ります。おやすみなさい。」
と言って、瑞樹の方は見ずにその場を後にした。
「和葉…」
「瑞樹、追いかけなよ。私は大丈夫だから。上着だけ借りるし。」
妙が瑞樹の背中を押すが、瑞樹は首を振って動かない。
「あなたが清水さんの彼氏ですか。そんな中途半端な状態で清水さんと付き合っているのですか。最低だな。」
登坂が切り捨てるように言う。
「あなたには関係がないことです。彼女に近づかないでいただけますか。」
「俺のものだ、ってやつですか。あいにくですが、彼女とは同じ部署の同じチームですので、あなたなんかより過ごす時間はよっぽど長いですよ。」
登坂は値踏みするように瑞樹を見ると、鼻で笑った。
「まあ、この状態を見ると時間の問題のようですね。」
と言うと登坂は去っていった。
「…瑞樹…ごめん。」
妙が申し訳なさそうに言う。
「妙のせいじゃないよ。こっちこそごめん、変なことに巻き込んだ。行こう、冷えてきただろ。」
「ほんとに一人で帰れるよ。なんか、ぱちっと目が覚めた。」
「それはよかった。家に着くまで寝るなよ。俺一人で運転するのは寂しいからな。」
瑞樹は茶化すように言った。
「瑞樹…彼女と早く話さないと。」
「帰ったら話すよ。大丈夫。和葉なら話せば絶対に分かってくれるから。」
「信頼してるのね。」
「ああ、自慢の彼女だからな。」
「マジなやつだしね。」
「ああ。ぞっこんだぞ。」
二人は目を合わせて笑った。
瑞樹は妙に気が付かれないようにこっそりとため息を吐いた。
和葉…ごめん、帰ったらちゃんとに話すから。
瑞樹は頭を振ると、妙と駅前に向かって歩いていった。




