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向かったのは給湯室。確かここにあったはずなんだよね、とゆうちゃんはシンク下をごそごそと漁る。
「あった!よかった。大掃除した時にはあったからまだ誰も捨ててないとは思ったけど。」
ゆうちゃんはシンク下から花瓶とハサミを取り出すと、和葉から花束を奪ってリボンを解き始めた。
「家に持って帰るのはやめておいた方がいい。会社に飾りましょう。」
ゆうちゃんはテキパキとスイートピーの茎の下を切ると、花瓶に生けた。
「ゆうちゃんすごいね、手慣れてるね。」
和葉は感心する。
ゆうちゃんは美人だから、花とかもらい慣れてるのかな。
「ママが花好きでね。私もできれば捨てたくはないけど…」
でも、とゆうちゃんはくるりと和葉の方を見ると言った。
「知らない人にもらったものはむやみに家に持って帰っちゃだめよ。変なもの入ってるかもしれないから。」
「あー盗聴器とかってこと?」
「そう。あとGPSとか。」
「GPS!」
「そう。自宅がバレちゃうから。いい?」
和葉はコクコクと真剣に頷いた。
今までこんな珍事件起きたことなかったからな。私なんかにそんなことが起きるのかな?気のせいじゃないかな。
「気のせいじゃないかと思ってるでしょ?」
ぎくっ
「いや、そんなことは…でも私の人生でこんなことが起きたことは一度もないんだよ!知ってるでしょ、私モテないの!」
「今までほんと不思議だったのよね。和葉はかわいいし性格もいいし、なんでモテないんだろうって。なんかあれ?彼氏ができたから色気が出たとか?」
「色気!そんなものありません!」
和葉は真っ赤になって答えた。
「そういうとこ、ツボだっていう男はいっぱいいると思うんだけどなー。」
ゆうちゃんはしげしげと和葉を見つめた。
「まっなんにしても。気をつけなさい。」
ゆうちゃんはラッピングペーパーにプードルのぬいぐるみをぽいっと入れると、そのまままとめてゴミ箱に捨てようとした。
「ちょっと!プードル!」
和葉があわてて止める。
「あんた私の話聞いてた?ぬいぐるみなんてイロイロ仕掛けるには一番いいところでしょうがっ!」
「でも…」
和葉はどうしてもプードルの目が気になる。そんな、そんな目で見られたら…
「ゆうちゃん、ほんとうにありがとう。でもこのプードルは私がなんとかする。そういうツテがあるの。」
和葉は言い切った。
それをしばらく見ていたゆうちゃんだが、ため息と共に
「分かった。和葉がそう言うなら任せるよ。」
とプードルを和葉に渡した。
二人で給湯室を出て行くと、ちょうど課長が前を歩いていた。
「あっ課長。おはようございます〜」
ゆうちゃんがワントーン高めの声で言った。和葉もそれに続く。
「清水さんがスイートピーを持ってきてくれたんですが、課長のオフィスにどうかなと思って。生けてみました。」
ゆうちゃんがにこやかに花瓶を課長に差し出す。
「おお!すまないね。ありがとう。綺麗だな。」
「はい。お花を見ると癒されるといいますから。」
ゆうちゃんは言い切る。
すごい!まったく嘘はついてないのに話がいい感じに変わってる!さすがゆうちゃん。
和葉は尊敬の眼差しでゆうちゃんを見つめる。
「清水さん、ありがとう。」
課長は上機嫌で去って行った。
お昼休み、和葉は急いでご飯を食べ終わるとコンビニにダッシュした。お目当てはコンビニスイーツだ。たしか、今は春限定の『いちごゴロゴロ・ミルクレープ(今ならクリーム30%増量中!)』が売っていたはずだ。
右手にミルクレープ、左手には例のプードルを持っている。午前中はとりあえずビニール袋を三重にしてしてロッカーに入れておいた。
和葉は会社ビルの裏手に回ると、周りに人がいないことを確認してからそっと声を出した。
「くーちゃん、くーちゃん。」
お願い!出てきて!
和葉からくーちゃんを呼んだことはない。いつも甘いものの時間にふらっとくーちゃんが現れるからだ。でも今は、どうしてもくーちゃんが必要だ。
「くーちゃん、ミルクレープがあるよ。いちごの春限定商品だよ。クリームも増量中だよ。」
和葉はミルクレープをひらひらと振る。
ぽんっとくーちゃんが目の前に現れた。
「くーちゃん!」
「おお和葉。俺様を呼び出すとは大そうなご身分だな。高くつくぞ。分かってんのか、ああ?」
くーちゃんが小さい体でドスをきかせる。だが目がミルクレープに釘付けだ。
「ごめん!ごめんね。どうしてもくーちゃんに会いたくて。」
「しょうがねーな。和葉は俺にゾッコンだからな。その貢物、受け取ってやる。感謝しろ。」
「ありがーー」
ーーとうと言い終わる前にくーちゃんはミルクレープを引ったくった。
「ふむ。コンビニスイーツか。俺様はパティシエが作った作り立てのスイーツしか食わない主義なんだがな。」
いつの間にかくーちゃんの舌が肥えていたらしい。いや、嘘でしょ。この前スーパーのエクレア美味しそうに食べてたし。
和葉は機会があったらコンビニのシュークリームと洋菓子屋のシュークリームを両方出してみようかと考えた。ぜったい両方美味しいって食べるはず。
「じゃあな!」
「待って!くーちゃん。」
「なんだ?ああ?俺様を引き止める気か。」
「ごめん、ごめん。その、あのね、これなんだけど。」
和葉はビニール袋の中からプードルのぬいぐるみを取り出す。
くーちゃんはチラリとそれを見ると和葉の手から奪って、ごおっと燃やした。
「ちょっと!くーちゃん!何するの!」
「何ってお前。コレがどんなもんか分かってんのか?」
「どんなものってぬいぐるみでしょ。」
「コレには持ち主の欲望がべったりまとわりついてるぞ。」
「欲望?」
「ああ、和葉とXXとXXがしたいって。」
「XXとXX …?」
和葉は今まで生きていた中で一度も使ったことのない言葉を呟いた。
くーちゃんは和葉を残念そうな子を見る目で
「具体的にはXXをXXしてXXするってことだな。それからXXもしたいらしいぞ。」
と言った。
「……」
和葉は思考が停止した。
「…え?ええ?ええええ?」
「えっでも知らない人だし。初対面だし。え、なにそれこわっ」
「…和葉、お前なんか前と違うな。」
くーちゃんは和葉に近づくと目をじっと見つめた。
「…ちっ樹里か。」
「じゅり?」
「真里の母親だ。」
「真里って瑞樹のお姉さんだよね?てことは樹里さんは瑞樹のお母さん?」
「そうだ。真里の前に俺をこきつかってたやつだ。あいつも頑固でなー。」
やれやれ、とくーちゃんが首を振る。あの一家の魔女には碌な奴がいない。てか魔女なんて碌でもないやつばっかりだ。くーちゃんはぶつくさと呟く。
「まあいい。しょうがないからなんとかしてやる。貸しだからな。」
くーちゃんはふんぞり返って言った。
「うん…ありがとう?」
和葉が首を傾げると同時にくーちゃんは消えた。




