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「清水さん、この書類なんですが。」
「清水さん、もうすぐお昼ですね。ランチ行きませんか?」
「清水さん、メールありがとうございました。助かりました。ところで、週末ってなにしてます?」
和葉は首を傾げた。
最近なんかやたらと色んな人に声かけられるんだよね、なんで?
「和葉、モテ期なんじゃん?」
ゆうちゃんがにやりとして言った。
「違うよー、ただの仕事の話だよ。」
「ランチとか誘われてるじゃん。いいの?私と食べてて。」
「あー、なんかお礼のつもりらしいんだけど。でも仕事だからやっただけだし。断ったよ。」
「…あんたは鈍いんだかはっきりしてんだかよくわかんないわね。」
和葉は今日もゆうちゃんと会議室でランチだ。お弁当持参。お財布にも優しくてエコだ。
でも、と和葉は続ける。
「この前不思議なことがあって。サラリーマン風の人がいきなり私の前に立ってハンカチを落としたのね。え?と思ってたら、その人がいきなり『僕のハンカチを拾ってくれてありがとうございます。お礼に食事でもいかがですか?』って言ってきて。いや、拾ってないし、みたいな。」
「それやばいよ!彼氏に言いなよ!」
「えーでも結構ですって断ったらそれから見ないよ。」
「いや、どっかから見てるかもしれないから!彼氏に言いなさい!」
「こういうことも言うものなの?なんか、変なアピールっぽくて嫌な感じじゃない?」
「彼氏はあんたの一番の相談役なのよ。知らなかったら彼氏が悲しむよ。」
「そっか。じゃあ言ってみる。彼氏。彼氏か。へへへ、いいね。」
和葉は頬を染めて嬉しそうに笑った。
「和葉!心配だわ!このボケボケちゃんを彼氏はちゃんとに守れるのかしら!今度連れてきなさい。話し合いよ。」
「いいね!ぜひ会ってほしい。今度一緒にイタリアン行く?前に行きそびれたところがそろそろ空いてきたって。流行のサイクルは早いね。」
ほのぼほと言った和葉に、この子ほんっとに分かってるのかしら、とゆうちゃんは呆れ顔だった。
翌日。
和葉は花束を持って出社した。ピンクのラッピングペーパーに包まれたピンクのスイートピーの花束。
「和葉、どうしたの?それ。」
「あっ、ゆうちゃんおはよう。これね、なんかもらった。」
和葉は困り顔で答えた。
「もらったって彼氏に?」
「ううん、なんかおしゃれな洋服着たお兄さんに。」
「ざっくりすぎだわ。知り合いじゃないのね?」
「知らない人。乗り換えのホームで電車待ってたらいきなり渡された?ってか押し付けられた?」
「断んなよ!」
「断ろうと思ったんだよ!でもちょうど電車が来ちゃって、波に押されてる間にいつの間にか手にあって。え?と思ったらもう電車閉まってたの。」
「その男は同じ電車に乗ったの?」
「わかんない。あの線の混みようは、ゆうちゃんもわかるでしょ。」
みんな朝は殺気立ってるし、と和葉は加える。
私だってびっくりしたのだ。ぼーっと立ってたらいきなり目の前に花束だもん。顔だって一瞬しか見れなかったし。しかも花束なんて余計なスペース取ってる私に乗客の厳しい目が刺さって。すみません、不可抗力なんです。
捨てようかなとも思った。でもこんなにきれいなスイートピー。こんなに朝早くからやってる花屋さんなんてあるのかな、もしかして自宅で育ててるやつ?なんて考えてたら捨てるに捨てられなくて。とりあえず会社に持って行って、こまったときのゆうちゃんを頼りにさせてもらおうかと思ってた。ほんと、頼りにしてますゆうちゃん。
「どうしたらいいと思う?」
「捨てなさい。」
ゆうちゃんはばっさりと切り捨てた。
「えっでも花に罪はないっていうか。それに見て!プードルが刺さってるの!」
そう、捨てられなかった原因の一つはこのプードルのぬいぐるみだ。顔がデフォルメされて大きくなったプードルのぬいぐるみが、大きな目をうるうるさせて(る気がする)こっちを見ている。
「捨てなさい。」
ゆうちゃんが真顔で繰り返した。
「ええ!でもかわいくない?ぬいぐるみ捨てるって罪悪感湧かない!?」
はああああーとゆうちゃんは大きなため息をついて、ついてきなさい、と言った。
 




