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恋が叶うチョコレート  作者: 上条ソフィ
くーちゃんとの出会い
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くーちゃんとの出会い

ぽかぽかの春の陽射しがさすベランダ。すっかり日も伸びて夕方まで明るい。

春先に叔母のマンションに引っ越してきたばかりの和葉は、ようやく生活のリズムを掴んできたところだ。


和葉はベランダに干してあった洗濯物を取り込んだ。


うむ!きれいに乾いてる。やっかいな花粉の季節もピークを超えたし、やっぱり外干しよね。

鼻歌を歌いながら洗濯物を畳んでいく。

あれ?

平干しにしたストールがこんもりしてる。

なんだろ?靴下が入っちゃったのかな?

ストールをぺらっとめくると、手のひらサイズのぬいぐるみが寝転がっていた。

ううん?こんなの持ってたっけ?

和葉がそのぬいぐるみを手に取ろうとしたところで、

「誰だお前は!俺様に触るとはいい度胸だな!」

むくっと起き上がったぬいぐるみが叫んだ。


え、喋った。

…電池式?

手に取ろうとした和葉を避けて、ぬいぐるみがふんぞり返る。

「ニンゲンの分際で無礼だな!」

「ええっと…ごめんね?」

「分かればいい!俺様は昼寝中だ!邪魔するな!」

「えー、でもそのストールもう畳むから。」

「この肌触りがいい!これじゃなきゃヤダ!」

お気に入りの毛布にくるまる犬か。

「わかったわかった、じゃあーー」


キッチンからピーピーっと音が鳴った。

「はっ私のカレードリア!」

冷凍してあったカレーを解凍してドリアにしたのだ。大抵の残り物はチーズをかけて焼けば美味しくなる、というのが和葉の持論だ。

和葉はぬいぐるみを放置してキッチンに向かった。

オーブンを開けるといい感じに焼き目のついたカレードリアがお見えする。キッチンにいい匂いが広がる。

「かんっぺき。このメーカーのとろけるチーズは間違いないわ。」

和葉はカレードリアをオーブンに戻すと、うきうきしながらサラダを作り始めた。

今夜はカレードリアがメインで、サラダはシーザードレッシングをかけよう。あとはスープは何味がいいかな。

「おい!俺様のこと忘れてるのか!」

ぬいぐるみがキッチンまで和葉を追いかけてきた。背中の小さい羽をピコピコ動かして飛んでいるようだ。

「忘れてないよ。ストールでしょ。ごはん食べ終わるまで寝てていいよ!」

「お前は俺様を怖がらないのか!悪魔だぞ!」

「悪魔?」

和葉はぬいぐるみを上から下まで見た。ぷっくらとしたお腹、短い手足、愛嬌のある顔。

…悪魔ねえ。

じっと見つめる和葉に気づいたぬいぐるみは、

「怖いだろう。この姿はな、みずきがガキの頃大泣きした、この世で一番悪いやつなんだぜ。」

とドヤ顔をした。

「ううん?」

よくよく話を聞いてみると、バイ菌をモチーフにしたキャラを参考にしたらしい。まあ、確かにバイ菌は怖いけれども。きっとそのミズキっていう子供が怖がったんだろうなあ。

でも、だいぶユニークな解釈じゃない?かろうじて黒っぽいところとお腹がぷっくらしているところは似てなくもないけど。

でも解釈は人それぞれだって妹も言ってたし。『カプの解釈はいろいろあるの!』って力説してたし。

「みずきも今は強がっているがな、ほんとうは俺様のことが怖くてたまらないんだぜ。」

うししと笑うぬいぐるみ。

ぬいぐるみの話を料理しながら聞いていた和葉は、

「わかった、わかった。私ごはん食べるから。あなたも食べる?」

「おっ俺様がニンゲンの食い物を食うわけがないだろうが!」

「そっか。」

和葉は残念に思いつつも一人で夕食を食べ始めた。


家が会社から近くなったのはいいけど、夜一人で食べるのはまだ慣れないな。明日は実家に帰ろうかな。明日は日曜日。ママももしかしたら出張から帰ってきてるかもしれない。

ぼうっと考えながらテレビを見ながら食べていた和葉を、ぬいぐるみがじっと見つめる。

さすがに気まずいなと思い、和葉は

「えっと、名前は?」

とぬいぐるみに聞いた。

「おっお前!悪魔に名前を聞くとは!まさか俺様と契約をしたいのか!」

「ええと、ごめんね?ダメだった?私は和葉。よろしくね。」

「あっ悪魔に名前を教えるとは…お前…」

があーんとショック顔のぬいぐるみ。表情が非常に豊かである。

「名前が言えないってことだよね?」

しばらく考えた和葉は

「『あーちゃん』

『くーちゃん』

『まーちゃん』

どれがいい?」

と聞いた。悪魔だし、実態?に近い方が馴染みやすいだろうと思って。

「おっ俺の名前か?」

ぬいぐるみがおずおずと聞いた。

「うん。だって名前ないと不便でしょ。」

和葉はこくっと頷く。

「…『くーちゃん』で勘弁してやる。ネーミングのセンスゼロだな、お前。」

「わかった。くーちゃんね。」

和葉はうんうん、我ながらいい思いつきだと頷いた。このぬいぐるみはきっと照れ屋さんなのだ。

「和葉、いいか。悪魔に名前を教えちゃダメだぞ。操られるぞ。俺はニンゲンに興味がないからしないがな。」

「そうなの?わかった。」

和葉は素直に頷いた。


ご飯を食べ終わった和葉は、キッチンに食器を持っていった。

食後のデザートは、春限定さくらチーズケーキだ。桜の花びらの塩漬けがトッピングされている。チーズの乳白色と桜のほんのりとしたピンクが美しい。和葉はうきうきしながらチーズケーキをお皿に盛って、紅茶を淹れて、ダイニングテーブルに置いた。

さっきより熱心にぬいぐるみ、もといくーちゃんが和葉を見つめている。

「…食べる?」

「なっ俺様がっそんなものっ」

くーちゃんは言い淀んだが、少し迷ってこくっと頷いた。

和葉は小皿にチーズケーキを半分切り取ると、少し迷って小さいデザートフォークと共にくーちゃんの前に置いた。

…フォーク使えるのかな?指なくない?

くーちゃんはしばらくじっとチーズケーキを見つめていたが、おそるおそる手でチーズケーキをつついた。

手についたチーズケーキ。くーちゃんはそれを舐めた。


「こっこれはーー」

「口に合わなかった?」

人間の食べ物食べさせちゃダメだったかな。


「つっ冷たい…?」

「冷蔵品だからね。」


「あっ甘い…?」

「砂糖入ってるからね。」


「これは…」

「チーズケーキ美味しいよね!」

「美味しい…?」


くーちゃんは皿に置いてあったフォークには目もくれず、小皿を掴むとチーズケーキを口に押し込んだ。

「美味い、美味いぞ!」

…目がきらきらしてる。かわいい。

くーちゃんのほっぺは興奮で赤くなっている。

「もっと!もっとだ!和葉!」

「そんなに一気に食べたらお腹壊しちゃうよ。明日用に取っておいた苺ショートケーキも半分こしよう、ね?」

「ショートケーキってなんだ!?甘いのか!?」

「甘い、甘い。ちょっと待ってね。」

ショートケーキを半分に切り分けた和葉は、皿をくーちゃんの前に置く。

「フォークはいらない?」

「おっ俺様は誇り高き悪魔だからな。もちろんニンゲンの習慣についても知っている。これで刺して食べるのだろう?」

丸い手にフォークをぴたりとくっつけたくーちゃんは、ショートケーキを串刺しにして一気に頬張った。

あの手、磁石になってるのかな?おもしろい。

「美味い!!」

喜んでくれてなにより。

和葉は微笑ましそうにくーちゃんを見た。


…それにしても、お腹空きすぎて驚くタイミングを失ってしまった。悪魔か。悪魔ねえ。

かわいいからまあいっか。

かわいいは正義なのである。


それからくーちゃんはちょくちょく和葉家を訪れるようになった。


「くーちゃん、ごはん食べる?」

「ごはんは少しでいい!それより甘いモノだ!」

「野菜もお肉も食べないとバランス悪いよ?」

「俺様の体はスイーツでできてるんだ!」


メルヘンか。


和葉が瑞樹と出会うのはまだもう少し先のこと。

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