15
週明けは這い上がるようにして起きて出社した。和葉から連絡は来ていたが、こんな状態で会えるはずもなく、返事は返せないでいる。
はあー。
体中がむずむずする。気力で押さえていないと何かが飛び出しそうだ。
何をやっているのかよく分からないまま仕事をしていた瑞樹は、同僚に肩を掴まれてびくっと顔を上げた。
「おい、佐々本、大丈夫か?ひでえ顔してんぞ。さっきから呼んでるのに気づかねえし。」
「あ…悪い。なんかあった?」
「なんかってお前11時から会議だろう。いいのか?」
「えっ!?やべっ」
急に立ち上がろうとした瑞樹だが、体がキンと痛んで机にうずくまった。
「ってぇ」
「お前、今日は帰ったら?上には言っておくから。」
いや、と言いかけた瑞樹だが、ここにいても使い物にならなそうだと思ってありがたく帰ることにした。
ふらふらと帰宅した瑞樹は、ベッドにダイブした。
前にもこんなことあったな。あの時は和葉が食べ物持ってきてくれたんだよな。
瑞樹は口元に笑みを浮かべた。
あれからまだそんなに経ってないのに、和葉のいない生活なんて考えられない。ずっと一緒にいたいな。寝て、気力で治して、和葉に…
瑞樹は深い眠りについた。
体が熱い。
内側から焼けそうだ。
ケケケケケケケ
ケケケケケケケ
声がする。どこから?腕から?いや、全身?
体の中から喰われそう。
収まれ!収まれ!
体が熱くなる波を繰り返し、浅い眠りを繰り返して朝がきた。
ケケケケケケケ
ケケケケケケケ
ケケケケケケケ
「ぐっあああああ!」
今までにない波が来て、笑い声がこだまする。瑞樹は汗を流しながら、耐えた。
真里、覚えてろよ。殴る…のはあとが怖いからやらないが、ぜってー謝らせてやる。
目が見えない。というか、目にも無数の顔が浮かんでいる。耳もおかしい。だって和葉の声がするんだ。
「佐々本さん、大丈夫ですか?痛い?」
和葉?笑い顔と和葉の心配そうな顔が重なって見える。大丈夫だ、和葉。なんとかするから。そんな顔より笑顔が見たい。
はっはっはっ
瑞樹は短い呼吸を繰り返す。息が吸えない。熱い?冷たい?分からない。
「ぐぐぐぐぐぐ」
「佐々本さん!」
瑞樹の手が温がいもので包まれた。
「…和葉?出ていけ!危ないから!」
どうなるかわかんねーんだよ!危ないから!
声がうまく出ない。いや、出ているのだろうか。
「でも!私が解けるんでしょう?」
和葉の声だけがよく聞こえる。俺の道標。明るい場所。和葉。
「解きたいか?和葉。こいつの家はな、魔女一家でやっかいだぞ。しかもこいつヘタレ呪われ野郎だぞ。」
「おい!」
…悪魔の声も聞こえた。主にイラっとする方向で。
悪魔が魔女のことを和葉に言っている。やめろ、和葉を巻き込むな。
「コイツの子供を産んだら魔女が生まれるかも知れないぞ。」
悪魔が爆弾を落とした。おい!
「和葉と俺の子供なら可愛いに決まってるだろ!」
瑞樹は悪魔がいるであろう方向を向いて叫んだ。
ケケケケケケケ
ケケケケケケケ
ゲゲゲゲゲゲゲ
「ぐっあああああ!」
新たな波と闘っているうちに、和葉はいなくなったらしい。よかった。
ほっと息をついた瑞樹に、悪魔が告げる。
「和葉はお前にはもったいないぞ。」
知ってる。わかってる。でもどうしても。和葉でないと。
このまま落ちたら楽だろうなとうずくまっていると、和葉が肩を叩いた。
「佐々本さん、起きて、佐々本さん。」
和葉。夢だろうか。
「あ、あーん…」
和葉の指が近づいてきたので、本能で口を開けた。途端に広がる濃厚な甘さ。
とっさに飲み込むと、体の中がすっと軽くなるのを感じた。
息ができる。目がクリアになる。和葉が近くにいる。
呆けた頭で認識できたのはこれだけだった。和葉の熱が遠のきそうなことを感じた瑞樹は、手首を掴んで和葉を腕の中に閉じ込めた。
行かないで。和葉。そばにいて。
ぴたりとくっついた体から、和葉のいい匂いがする。
「和葉、かずは、す…」
スパーーーーン!
「ぐえっ」
そこで瑞樹の意識は途切れた。




