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すっかり冬らしくなり、そろそろ羽毛布団を引っ張り出さないと厳しい季節。
和葉のマンションの隣の部屋から咳が聞こえてくる。
マンションとはいえ壁は薄い。深夜早朝は特に音が響くのだ。
— コホコホ、コホコホ
和葉は夜中にふと目が覚めた。なにかに意識が引っ張られたのだ。
— コホコホ、コホコホ
壁の向こうから咳の音がする。
お隣さんと交流はない。同世代の男性が住んでいることは知っているが、廊下ですれ違うときに軽く会釈する程度だ。
叔母家族の持ち家であるこのマンションに引っ越してくる時に、近所に挨拶に行った方がいいかな?と聞いてみたのだが、『やーねー、和葉ちゃん。このご時世に女一人暮らしなんて宣伝して回るものじゃないわよ。大丈夫、マンションの管理人さんには話しておくから。」と言われたのだ。
— コホコホ、コホコホ
え、風邪?
乾燥する季節だもんね。
和葉はお隣さんに寸胴鍋いっぱいのお粥を作ってあげる夢を見ながら眠りについた。
翌日仕事から帰宅すると、和葉は着替えるために寝室に向かった。
— ゲホっ。ゲホゲホゲホ
隣からまた咳が聞こえた。
え、昨日よりもひどくなってない?
咳はしばらく続き、それからぴたっと静かになる。
だ、大丈夫かな。眠ったのかな。それとも意識がないとか?
咳が続くのも心配だが、まったく音がしないのもそれはそれで怖い。
いや、大丈夫よ。お隣さんは若い人だし。そんなに急変したり…しないよね?
和葉は無理やり意識を逸らして、家事をする。
明日も仕事忙しいし、早く寝なきゃ。
ご飯を食べて一息つくと、またお隣さんのことが気になってくる。
そおっと寝室に入り、お隣さんがいる方の壁をじっと見つめる。
またひどい咳が始まり、静かになった後、ポツンと声が響いた。
「腹減った…」
……。
聞いてしまった。どうしよう。いや、別に私に向かって言ったんじゃないだろうけど。むしろ聞いてるなんて怖ってなるだろうけど。
でも…お腹を空かせてる病人…
和葉は少し考えて、食糧棚を物色する。
確か前に買っておいたレトルトのお粥があるよね?よかった、賞味期限切れてない。スポーツドリンクも粉ならある。ペットボトルの水も入れて、インスタントの味噌汁と、あと…
和葉は冷蔵庫の前で腕を組む。
私のご褒美スイーツの果実ごろごろゼリー(ぽんかん)、週末までとっておこうと思ったけど。これも人助けだ。
とりあえず全てを紙袋に詰める。
どうしよう、これを持って行って…なんと言えばいいんだろう?
『お腹が空いた』って聞こえたんですけど、どうぞって言うの?ちょっとキモくない?
和葉は腕を組んで紙袋を睨む。
ええい!もしいらないって言われたらその時はその時!今気になるの!早く寝なきゃいけないんだから!
和葉は勢いよく紙袋を掴むと、サンダルを履いて玄関を出た。