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あったまいてえ。
瑞樹はズキズキする頭を抱えながらベッドから起きた。すっかり日も登っている。
瑞樹は腹を掻こうとして、左腕に何か黒いものがついているのを見つけた。
なんだ?
瑞樹はまだぼーっとする頭のまま、左腕のスウェットの袖を上げた。
…なんだこれ。
左腕の内側には、笑った人の顔のような模様が描かれていた。肘から下にかけてで、大きさはちょうど手のひらサイズ。
…動いてる?
細められた目、ぱっくり開いた口が、モゾモゾと動いている。
姉ちゃん!!!!
瑞樹は飛び上がると、リビングに駆け込む。
「おい真里!俺になにしやがった!」
「あら瑞樹。おそよう。一年の計は元旦にあるのよ。もう子供じゃないんだから。」
姉は優雅にコーヒーを飲みながらやれやれと首を振る。
「それどころじゃねえ!この気持ち悪いのなんだ!」
「俺様がやってやったんだ!このミミズがのたくったみたいな絵を描いたのは真里だがな!」
悪魔がポンと出て来てドヤ顔をする。
「あらアリィったら。私のアートな感覚にケチつけるの?」
「ふふふ。本当によくできてるわね。ゆるキャラみたいよ。」
母が瑞樹の腕を取って言う。
「ちょ!母さん!なんで止めてくれなかったんだよ!」
「真里ちゃんは昨日ちょっとぷりぷりしててね。呪うのは魔女にはよくあることよ。」
「…僕は一応止めたよ。」
父が小声で言うが、誰も拾わない。
「呪いなのかよ!?解け!」
瑞樹は腕を姉に突きつける。
真里はコーヒーカップを優雅にソーサーに置くと、宣言した。
「いいこと、瑞樹。この呪いはね、お隣さんにバレンタインにチョコレートをもらえば解けるわ。」
「は?」
「あんたお隣の女の子のことちょっといいなって思ってるでしょ。だから優しいお姉さまが協力してあげる。」
「はああああ!?なんだそれ!」
バレンタイン当日にお隣さんからチョコレートをもらうくらい仲よくなること。
それまで自分で買ったり他の人にもらったりしてチョコレートを食べたらアウト。
呪いに関してのことは一切本人に言ったらだめ。
呪いの内容はそれだけ。ね?簡単でしょ?と姉は首を傾けた。
「おい!それ俺じゃなくて別れた旦那にかけろよ!」
「うっさいわね!清々しい新年にあんなアホの話しないでよ!」
真里が瑞樹に負けないくらい大きな声でキレ返す。姉は気が強くて押しが強くて尚且つ頑固なのだ。
「大丈夫よお、アレは私が呪っておいたから。ふふふ。」
と微笑んだ母が一番怖かったのは家族全員一致の意見だ。
「瑞樹、これお隣の女の子にこっそり渡してね。」
帰り際に、母が小粒のローズクォーツを瑞樹に渡した。
「…なにこれ?」
「お守りよ。」
母はにっこりと笑う。
「こっそり渡すってどういうこと?」
「その子に分からないようにってことよ。大丈夫、近づけさえすれば自然にくっつくわ。」
「いやいやいや、おかしいだろう。まさか監視とかするつもりじゃないだろうな!」
「瑞樹、ママに監視してもらえるのはパパだけの特権だぞ!」
父が胸を張る。
「いやいやいや、父さんもおかしいから。直接渡しちゃだめなのか?」
「バカね、その子に何て言うのよ?『僕の母親が魔女で君にお守りをあげるよ』とでも言うの?」
真里が鼻で笑う。
「うっ、それはそうだけど…」
しばらく考えた瑞樹だが、ため息をつくと頷いた。
「変なものじゃないだろうな!?」
「安心しなさい。その子のためよ。うまくいけば数日で消えるから。」
うまくって…と思った瑞樹だが、これ以上の追及は無理だと思って諦めた。魔女のやることは説明できないということは身をもって知っているから(主に左腕で進行中だし)。




