アイドル♡ミミ 〜ドームライブ《探して Missing Tours》/《恋して Missing Tours》〜
「あなたのことが……す、好き…、だから…」
女はびしょ濡れになって、男の人の服を掴んで縋るように吐き出した。
「斉藤……」
それに対して男は困ったようななんとも言えない表情をして、言葉に詰まる…。
数秒にわたって、彼らにとって長く耐え難い静寂がその場を支配した…。
「はい、カットです!」
溌剌とした男の声がかかった途端に、雨は止み、男と女からも耐え難い雰囲気は霧散した。
2013年10月4日 16:29 @ドラマ撮影現場
「2人とも、とてもよかったわ。」
女性の監督が微笑んで言った。
「「ありがとうございます。」」
2人は揃って溌剌と返事をした。
「なんか、いつものことだけど、特にミミちゃんは演技しているときとそうでないときが全く別人に見えるわね…。」
「そうおっしゃっていただけると、嬉しいです。」
笑って言った。
「中野君は、別人というよりは、憑依した感じ?表現が嘘臭くないのがいいのよねぇ。」
「精進します。」
どこまでもストイックだった。
「そうだ、2人に取材が来てるの。日程は、結構先で、ミミちゃんのツアーの後、10月17日。よろしく頼むわ。」
「わかりました。ミミちゃんとのだったら、俺は安心して望めますね。情報通ですから。」
主演の三鶴城役の俳優、中野奏は笑って、言った。
「それほどでも。集めるのは頑張ってますが、まだまだ未熟です。けど、中野さんにそう言っていただけて光栄です。」
ヒロイン、齋藤役のミミは謙遜しながらも、今度いい情報あったら教えてくださいと小声でお願いした。
♦︎♢♦︎
楽屋でメイクを担当している女性と身だしなみを整えながら話す。
「ミミちゃん、来週からツアーなんだっけ?」
台本を流し読みしながら会話するのが、ミミのルーティーンだ。
ほぼ暗記している中で話しながら読むと、別の発見があるらしい。
「はい。」
撮影に穴をあけてしまって申し訳ないのですが、と謝罪すると、
「気にする必要ないって。ライブやっても、こっちを疎かにしないし、不快に思ってる人なんていないから。頑張ってね。」
「はい、ありがとうございます。その期待を裏切らないように次のシーンも頑張りますね。」
ミミは気を引き締めて笑った。
「あ、そういえば、こないだ聞いた話なんだけどさ、今度週刊誌の……」
メイクさんが世間話を始めたのを朗らかに相槌をうちながら聞いていた。
♦︎♢♦︎
「ミミさん、手短にスケジュールについてお伝えします。先程、監督から言われたインタビューと宣伝のバラエティ番組、後は来年のレギュラー番組の要請と…」
ミミのマネージャーである、田中麻美がキビキビと説明していく。彼女は、べったり過保護ではなく、仕事としてマネジメントだけをきっちりと行うタイプのマネージャーで、ミミもそれを気に入って彼女と仕事をしている。仕事以外で会う機会は少なく、打ち上げも、全体で行くとき以外はあまりしない。
「いつもありがとうございます。」
ミミは丁寧に感謝を述べると、1人になりたい旨を田中に伝える。
「わかりました。次の撮影の開始は20分後ですので、15分後になったら声かけます。」
「よろしくお願いします。」
彼女はノートパソコンを取り出して、メイクの人から聞いた話、監督や俳優の中野から聞いた話、集めた情報を全て漏れなくパソコンに打ち込み始めた。
そのテキストファイルは、あるメールアドレスに一気に送信してから、削除した。
他のサーバーやクラウドには保存しているものの、このパソコンには欠片も残していない。
周到にパソコンの履歴を消した頃、田中から声がかかった。
「はい、今行きます。」
田中の距離感は、ミミにとって好ましかった。
♦︎♢♦︎
ミミの2日間に及ぶドームでのライブは1日目と2日目で客層が大きく異なる。
1日目はボカロ主体のジャンルフリーで歌中心のライブで、ボカロや歌い手が好きなコアなファンが多い。
一方で、2日目はアイドルとしての側面が強くなり、大衆向けの可愛い曲でアイドルファンを惹きつける。故に、パフォーマンスに力を入れている。
♦︎♢♦︎
2013年10月13日(日)
ドームライブ1日目《ミミpresents 探して Missing Tours》
ボカロ曲を何曲も歌い上げる。
ミミ専用の曲もいくつかはあるが、カバーがほとんど。「歌ってみた動画」にも投稿していない曲も多いため、人気が高い。
「続いては…『リクエストソング歌ってみた』のコーナーです!」
会場からはこれまでとはまた違った熱狂的な歓声が上がった。
「このコーナーでは、皆さんから私に歌ってほしいボカロ楽曲を募って、その中から私が何曲かを歌います!」
このコーナーで肝要なのは、票数で決めているわけではないということ。
そして、有名な曲よりも、マイナーな、誰も歌ったことのないような曲を選ぶ傾向があるため、まだ人気とはいえないボカロPが一躍有名になるチャンスとしても捉えていて、自薦も多い。実際に、ここからヒットするようなボカロPになった人も何人かいる。
「早速、1曲目は…P.N.説教部屋さんからです。ありがとうございます。リクエスト楽曲は説教部屋さん作詞作曲の『根暗枕』です。聞いてください。」
ペンネームを読み上げた瞬間に雄叫びを上げたファンがおそらく投稿者なんだろう。周りの人に、「よかったな」と背中を叩いて、声をかけられている。
ミミはそれをみて、少しだけ微笑んでから、音響に指示を出した。
イントロが始まり、観客は静まっていく。
不思議なイントロは、バラードではないが、決して明るい雰囲気でもない。
そんなイントロが流れた瞬間に、ミミの表情、動きがスッと変化して、その曲の間は終始、まるで別人が歌っているようだった。
曲が終わると、誰ともなく、大きな拍手が湧き上がった。
「いかがでしたか?説教部屋さんで『根暗枕』でした。」
ミミは深く一礼した。
それから4曲ほど募集した楽曲を歌ったミミは、最後にオリジナル楽曲を歌う。
「皆さん、ここまで聞いてくれてありがとうございます。本日のトリを飾るのは、おなじみのボカロPにして私の相方ともいえるTwilightさん作曲、作詞を私、Mimi♡が手がけた最新曲、『生得限界』。本日、初めてのお披露目です。是非、聞いてください。」
"Mimi♡"はミミが作詞する際に使う名義である。
♪♪♪
生得限界
作曲: Twilight
作詞: Mimi♡
私のことを 「天才」というけど
ないものねだりと Don't you know?
心を抉る 無邪気なタグに
私の気持ち Unsent
八方美人 凝りすぎちゃって
私わかん 無い無い無い
あの人 この人 演じすぎちゃって (ACT)
中身が空っぽ 無い無い無い
無い無い無い無い
悲痛なclaim
無痛なaudience
誰も私をわかってないんだ
夢が叶うなんて綺麗事
限界ブッ飛ばして 限界越えてけ
越えられた壁 そりゃ限界じゃない
ほんとの限界 just stay there
うんとも すんとも 言いやしねぇ
諦めなくちゃ 私壊れそう
Let's give up
受け取ったギフト
神様からの贈り物
天は二物を与えない
二物以上は奪うのに
神様がくれた限界を
限界ブッ飛ばして 限界越えてけ
越えられた壁 そりゃ限界じゃない
勘違いするなよ 努力のせいじゃない
才能=限界定義した
諦めちゃっても 壊れちゃった
broken heart
無い無い無い 何も無い 無い無い無い
何もくれなくていいから
無い無い無い 何も無い 何もいらない
神様がくれる限界の
クーリングオフは可能です?
才能が奪っていく
おかげで私になにも 無い無い無い
好きな人の 隣にたてる
可能性 消えた 無い無い無い
♪♪♪
初披露の曲は、大盛況。
ライブ終了直後に、動画配信サイトに投稿され、その日のうちに再生数100万回を記録した。
♦︎♢♦︎
2013年10月14日(月・祝)
ドームライブ2日目《ミミpresents 恋して Missing Tours》
「まず1曲目は〜『LOVE♡LOVE♡JEALOUSY』」
LOVE♡LOVE♡JEALOUSY
ミミの超人気曲でダンスが15秒ほどの動画サイトで流行っており、正統派アイドルというわけではないが、ミミの楽曲では最も大衆向けと言われている。
♪♪♪
LOVE♡LOVE♡JEALOUSY
作曲: Twilight
作詞: Mimi♡
いつもちょっと不安なの
君はみんなの人気者
君の魅力は素敵なの
ただ 私はちょっと自信ない
ファッション雑誌を読んだけど
君の隣に まだ立てない
こんな私でいいんですか?
こんな私がいいんですか?
不安も 不満も どれも 負の感情
愛と 「可愛い」で 打ち消して 心のデバフ
「君だけ愛してる」って
約束して 「君だけだ」って
今夜も ずっと 私だけ (見つめてて♡)
誰かの 声なんて
聞かない でよねって
醜い嫉妬も許してね?
LOVE LOVE♡ LOVE JEALOUSY♡
女の子は一途なの♡
だって私は 一途だもん♡
きっと浮つく気持ちも
全部 君のモノだもの♡
我が儘も 甘えさえも 「愛おしい」っていうの♡
知ってるの 私は可愛い♡
「君しか愛せない」って
約束でしょ 「君だけだ」って
今世も ずっと 私だけ (見つめてて♡)
誰かの 声なんて
聞こえやしないでしょって
そんな嫉妬だって 可愛いでしょ?
LOVE LOVE♡ LOVE JEALOUSY♡
LOVE LOVE♡ LOVE JEALOUSY♡
束縛が嫌なんて
言わないでしょ? 好きならば!!
私だって乙女よ
夢くらい見せてよ…
私だけ 愛してるって
約束した 「君だけだ」って
今夜も ずっと 私だけ (見つめてる…)
私の声なんて
届いてない… 知ってるって
虚しいだけの嫉妬なんて 可愛くなんてないのにさ
真っ黒な LOVE JEALOUSY♡
もう終わり LOVE JEALOUSY♡
♪♪♪
大きな歓声が上がった。
曲を歌っている最中もファンは大きくライトを振ってリズムに乗ってこの曲に参加していた。
最も大衆向けと言いながら、病んでいる要素が少なからず見受けられ、最終的に失恋を示唆する歌詞があることから、これが大衆向けというなら、大衆向けとは一体なんぞや、というツッコミもある。
いつも通り、彼女のMCも冴え、休憩も挟みながら、話題の曲、大衆向けの中でもちょっと奥まったボカロファン向けでもある楽曲を歌い始めた。
♪♪♪
コンプレックスレディース
作曲: Twilight
作詞: Mimi♡
欺瞞、自慢。
あの子の可愛い顔
批判、遺憾。
偽りの造りもの
誰かのいいところを
つぎはぎ合わせた 合成獣
"普通" 普通はそりゃ"普通"じゃない
("理想"というやつだろう)
私、人形みたい。
踊らされてるだけ
中身が 空っぽ 私いらなくない?
まるで 偶像みたい。
夜間、時間。
夜食を食べたいわ
いかん、夜間。
ヘルシーはどうしたの
古傷 シミの
全くない 二次元
美麗 綺麗だそりゃ敵わない
(私も好きだよ)
ハイボール飲みたい。
深夜スイーツもいい
甘さも 可愛さも 私満たされない。
今日は 怠惰したい。
八方美人の素敵な女性に
なれはしないけど、愛されたいの。
(高望みだとわかってるけど)
愛、表紙買い。
浮かれてるだけの
燃え盛る 恋こそ 私の憧れ
今日は 徹夜したい。
アイドル時代。
♪♪♪
「コンプレックスレディース」はミニアルバムの表題曲で、ミニアルバムのタイトルでもある曲である。
その後、さまざまな曲を歌い、最後にアンコールで1曲目の『LOVE♡LOVE♡JELOUSY』を別バージョンで歌ってドームでのライブは大盛況で終了した。
♦︎♢♦︎
2013年10月14日 21:37
ドームでのライブの帰り道、ミミは1人。
事務所もマネージャーの田中も、彼女については放任主義だから、夜中でも1人、ドームから帰宅する。
「……私になにかご用ですか?」
待ち伏せしてたであろう男にミミは首を傾げた。
「きみさ、ミミちゃん?」
その言葉をミミは否定しなかった。
「…あ、今プライベートなんですけどぉ。」
服も舞台に立つようなものではなく、ファッションには気をつけているけれど、煌びやかでふわふわしたような、舞台衣装とは違い、マスクをして、派手ではあるが、本人であるとは一目ではわからないようにしている。
「ッミミちゃんなんだよね?」
男は彼女の腕を掴んだ。
男の手汗がべっとりとついて、彼女は不機嫌になって眉を顰めた。
「どういうつもりですか?」
極めて冷静に彼女は男に尋ねた。
「ミミちゃん、お、俺さ、指輪買ったんだ。ミミちゃんが好きになってっていうから、俺のこと、好きなんだよな?」
男はより強く彼女の腕を掴んだ。
おそらく、肌には爪の跡が残ってしまっただろう。
「あの、イベントを除けば初対面、ですよね?」
逆に、イベントには来たことがある、ということを暗に言っているのか。
「そうだ。俺はずっと、ミミちゃんのために貢いできたんだ。だから、ミミちゃんと、結婚して、そしたら、ミミちゃんは他の男どもに笑顔振りまかなくてよくて、大丈夫、俺は嫉妬も大好きだよ。嫉妬されて振るなんて、意味のわからない男だよな、そんな奴、さっさと忘れような。俺が、すぐに塗り替えてやるから…。」
男は自分のほうに彼女を引っ張った。
「ちょっと、やめてください。」
先ほどとは打って変わって、彼女は震える声で、そう言った。瞳が潤んでいる。
抵抗してはいるものの、これでは時間の問題だろう。
「やめて? 照れでも夫に対する言葉ではないな。だが、大丈夫。それもゆっくり覚えていこう。まあ、とりあえず、お仕置きが必要だな。部屋もとってあるから、な? これまで、いろんな男に笑顔振り撒いた分と、俺に対する言葉遣いの分、しっかりお仕置きしてわからせてやる。」
「本当に、嫌なんです…。」
ミミの頬をつぅーっと涙が伝った。
「最初は可愛いもんだが、流石にムカついてきたな。泣くなよ。そんなにお仕置きが欲しいなら、この場でリクエストに答えてやるよ。」
ついに、耐えられなくなったのか、男の腕力で、彼女は引き寄せられ、押し倒され、拘束され、服を破かれた。
「きゃあっ。」
「可愛い声で鳴くじゃないか。想像以上だ…」
その瞬間、彼女の蹴りが男の頭部を襲った。
「…ふぅ。これで、正当防衛は成立。」
彼女は砂埃を払って、立ち上がりながら小声でつぶやいた。
彼女の手にはスマートフォンが握られていて、男が起き上がるまでのわずかな時間で録音終了とバックアップをおこなった。
(これで、このスマホが壊れても問題なしと。)
静かに、男の動きを観察していた。
「テメェ、何しやがる。」
立ち上がりながら、唸るように言った。
「それはこっちの台詞だよぉ。」
ミミはわざとらしくおどけて言った。
「俺のこと好きだって。」
「ファンのみんなのことは好きだよ? けど…」
明るくそう言うと、急に声のトーンを低くして、
「こんな行動した時点で、あなたはファンじゃなくなってしまった。」
残念そうに言った。
「俺はファンじゃねぇ、お前の夫だ。」
話を聞きもせず、男は思い込みだけで、ミミに食い下がった。
もう、どんな言葉も届かないだろう、そんな彼に彼女は呑気に語った。
「随分、気が早いねぇ。そうだなぁ、私は結婚しないで終わるような気がしてるんだけど、もし結婚するなら、自分より強い人って決めてるんだぁ。」
「だったら、俺の方が強いって分からせてやるよ。その体にじっくりなぁ!!」
男はミミの正面から殴りかかってきた。
「う〜ん、勝てるって確信してるっぽいところがよくわかんないやぁ。」
ミミは惚けるように呟いてから、男の拳にそっと触れて、受け流した。
「は?」
男は勢いのまんま、壁に衝突した。
(いくら、私がそう言ったからって躊躇なく顔面狙う男って……。ほんと、私でよかった。)
壁に激突した男を見ながら、腰のベルトを外す。
準備運動の如く、彼女はその紐を振り回すと、生き物のように、彼女の周りをぬるぬると動く。
(流石に失明させちゃまずいし、拘束に止めようか。)
復活した男が三度向かってくるのを、自分の間合いに入った瞬間に、そのベルトで拘束して、男の動きを止めた。
ミミは拘束された男に近づいて、目を合わせて男の頬に手を添えた。
「…アイドルだから?女だから?か弱いとでも思っていたの?」
残念。と口の端をうっそり上げていった。
「ごめんね?私はこういう対処、得意なんだ。」
彼女は鞄の中から紐と手錠を取り出し、男を縛り上げてから、先に街路樹の根元にそっと投げておいたスマホを拾って、誰かに連絡を入れた。
「もしもし、はい。1人釣れました。……そっち系との関わりはなさそうに見えます。ただのストーカーでしょう。前からそんな気配はありましたし。イベント来ていたのは把握してたので。はい。ですから、秘密にしながらも警察に通常通り対応してもらおうと、はい。それでお願いします。」
彼女の本名は日向美波。
特殊夜間諜報情報局の屋台骨である清水と日向の子孫で、武闘派ではなく、本人の資質と趣向から芸能人として生活しながら諜報活動を行なっているが、幼少期から最低限の戦闘技術は叩き込まれており、今でも定期的に訓練をしている。
「これからもファンでいてね♡」
縛り上げた男を引き渡すときに彼女はウィンクして言った。
ミミの髪色はコロコロ変わる。
染めたり、ウィッグを使ったりで、ドラマなどの役やライブで歌う歌、MVの雰囲気に合わせて色々な格好をする。
イラストは「LOVE♡LOVE♡JEALOUSY」に合わせたもの。
初期はミミとして、演技のオーディションと動画投稿サイトの歌ってみた動画を同時進行で取り組んでいた。アイドルというよりも、歌とマルチで活躍している役者というのが正確かもしれないが、実際にアイドル的な方向で事務所は売り出そうとしているようだ。
ミミの楽曲は私が書き下ろした歌詞です。
曲は作者の音楽知識の欠如により作成不可能でした。
ミミの歌詞単体も今後投稿予定です。
第1弾は2023年1月1日0時に「LOVE♡LOVE♡JEALOUSY」の歌詞を投稿予定。
お楽しみに。