六十二 宗教への依存
社会はもう動き始めていた。
通勤車両はいつもの乗客の半分を乗せて、店舗は半分が開き、工場も5割程度の
稼働率で動いていた。
臨時政府を立ち上げ国を荒廃から救ったことは各国にも伝わり、日本の臨時政府
を参考にして、世界は秩序を除序に取り戻していった。
街頭では天授教が(この世の終わりを受け入れよう)と演説をして廻りには大勢の
人が取巻き聞いていた。
とくに天授教の教祖が災害の日を予測していた事は国中に広まっていた。
色々な宗教家が街の中で演説していて、彼方此方に人の群れが出来ていた。
後は白装束で太鼓を叩きながら街頭を歩く集団もあった。
そのように宗教に頼る国民も多かった。
時が過ぎると、日本では二つの思想の宗教に分かれていた。
一つは天授教で(天からの運命を受け入れてその時が来るまで静かに生きよう、
そうすれば神が救ってくれると)
もう一つの宗教は正義教で(人間は平等で優劣を決めた政府、指導者は悪い、
神に知らしめ神より罰を与えて貰う)
二つの宗教団体は街頭で衝突しては争い暴力沙汰になっていた。
正義教の宗教家は、やはり、大国の息が掛かっていた。
一時は全国を二分していたが、運命を受け入れる考え方が支持され、教祖の
予言の的中が大きかった。宗教は天授教に纏まって行った。その数は既存の宗教も
取り込み、全国で一千万人近くなっていた。
その教祖は六十歳を過ぎており、白髪交じりの髪を肩まで伸ばしていた。
白い装束で、何時も三十代半ばの白い装束の女性を二人伴っていた。
カリスマ性があり、短い間に全国を駆け回り教えを広めた。
しかし、災害の一カ月前のある日、突然、教祖と二人の女性は姿を消した。
信者達はパニックになり正義教の仕業と騒いだ。
大国が宗教家を使って反政府活動を活発化させる計画を知った首相は地上の
騒乱を少しでも収めるためと、大国の宗教家への対抗として宗教家を地上に
送った。そして、工作が成功して消えた。




