六 元同僚
ある時、英介の元同僚がやって来た。
前の職場で一番仲が良かったが早く建築士免許を取り独立した。
高校も県内屈指の進学校で、大学も東京で一流の私立大学だった。
親も地元の名士で設計事務所の開設時から仕事もあった。
奥さんも地元の銀行の頭取の娘だった。
本人もやり手で地元の名士や市の課長を飲み会とか旅行に連れて行って仕事の
便宜や紹介をしてもらっていた。
まだ英介も若い頃でワイロ、接待は公然のように行われていた。
彼の豪遊で一番驚いたことは東南アジアのある国へ仲間三人で旅行したときの
話だった。
有名なビーチで島一つを借り切り、飛行機内でその国の雑誌に載っているモデル
の女の子三人を指名して、島に呼んで三日程一緒に過ごした。
その話を聞いた時にこいつは勝者だと思った。
そんな話を聞いた時以来会ってはいなかった。
背広を着て恰幅が良くなっていたが、お互い歳を取り老けていた。
「久しぶり。どうだい仕事の方はあるのかい?」と聞かれた。
(あるよ)と言いたかったが、彼の性格は分かっていて紹介してくれと言われる
のは面倒だった。
「無いよ、年金を貰っても足りなくて困っちゃうよ」と暇な振りをした。
「実は、もう事務所は畳んだ」
「えー 順調に行っていると思っていたが年金生活でも始めるのか?」
「いや、年金はお前と同じで雀の涙で食ってはいけない。新しい仕事を始めようと
今準備している。もう建築の設計の仕事は限界だと思った」
「どうして?」
「お前は業者の雑用仕事しかしていないので、今の建築業界の事情が分からない
と思うが、今コンクリートの価格が5倍にも上がっている。他の建築資材も
上がっている。それに公共工事も去年から何も無いに等しい」
「行政に聞いたら今年から五年間は何も無いそうだ。ゼネコンの知り合いにも
聞いたが大きい民間工事も何もないそうだ。住宅とか規模の小さい工事は
あるようだが数が少ない。これからはそんな状況が続くらしい」
英介は雑用仕事の言葉に腹が立ったが、事実なので反論は止めた。
「コンクリートは如何してそんなに単価が上がった? それとゼネコンも
仕事がなく、倒産する会社も出てくるのか?」
「コンクリートは重要が多く、何処かで大きな工事をしているらしい。
あとJRのリニアの工事で大手ゼネコン各社が関わっているから
倒産することは考えられない」
「それから極秘だが国と各行政で都市間を繋ぐリニアの計画がある。もう一部
は工事が始まっている。それも単価が上がる原因だと思う。全国の在来線の下
にリニアを設置して、その駅の上か下に共同施設を作る計画でかなりの規模になる。
大手ゼネコンだけでは工事量が多すぎるので地方は地元の建築業者に請け負わす
予定らしい。かなりの仕事の量らしい。建築の設計の仕事はこれからも
無いだろうと思って事務所を畳んだ。そして、その工事に参入しようと思っている」
「えっ、今から始めても公共工事は実績、経歴が必要で施工管理の人間も何人か
必要になる。今からでは難しいと思うが?」
英介は行政の仕事に参入することが難しいと分かっていた。
「いや、新しく始めるのではなく経営者が亡くなり負債を負っている地元の
中堅の建設会社がある。その会社はその公共工事に参加していた。負債額を
肩代わりして従来の社員を雇う事を条件に経営者になった」
「えー でも負債額は何十億もあるのでは?」
「それが十億位だったので銀行、親、親戚などに借金した。今日きたのは」
で英介は言葉を遮った。
「私に借金の依頼に来ても何にもない」
確かに銀行には月の引き落としの額しかなかった。
それに比べると億単位の金を動かせるこの男は今でも勝者だった。
「違う、お前に金を借りようとは思っていない。その工事を続行するには
建築士の免許を持った社員が五人以上必要だが一人辞めて俺を入れても四人
しかいない。そこで英介に名前を貸して欲しい」
「俺にも事務所を畳めと?」
「いや大丈夫だ。一応役員の形で他の仕事と併用でも良いそうだ。会社へ
来なくても良く。月に数万、いや十万渡すから頼む」
もう、設計事務所らしい仕事もしてない、それに歳だし、これからも好転する
ことがないのは彼の話を聞いて分かったので月十万で承諾した。
同僚は感謝して帰っていた。
しかし、今、頼まれているマンションは公共工事でかなり大きいが同僚の話の
中には無かった。
やはり業者Aが言うように計画の話だけで終わるのかと思った。
公共工事が減少している事と極秘だがリニアの計画がニュースにならない事が
不思議だった。
又政府の発表があった。国民点数制の②で次の条件は学歴だった。
0歳~高校生までは四十点、大学院卒は六十点、大学卒は一流五十点、二流四十点、
三流三十点で各大学名の一覧表があり、点数が書いてあった。英介は四十点だった。
あと高校は十点で中卒は零点で専門学校は十五点だった。
やはり差別だ。学歴社会を助長するとマスコミも騒いでいたが、一時的なもので
真意が分からないので立ち消えて行った。
行政から英介に封書が届いた(貴方は合計四十点です)と書かれてあった。