十九 祐介の不安
ある日メーカーより工場に来るように連絡が入った。
実験の予定日ではなかったので祐介は心穏やかでは無かった。
会議室に入ると何時もの実験員とその上司が座っていた。祐介は覚悟して座った。
「実は別の実験者が一人辞めた。その実験の方が急務なので、そちらに移って
欲しくて今日来て貰った。実験内容は変わらない。どうですか?」
祐介は話の内容が違い安心した。辞めた実験者は黒岩と確信した。
「私は用があるので今から席を外しますが、部下と話合い今日中に決めて下さい」
と言って上司は出て行った。
「実験が変わると実験員の人も変わるのですか?」
「実験者が望むなら私が付いて行く事も出来ます」
「それでお願いします」祐介は承知した。
実験員は変更の契約書を取り出して必要な処を記入して最後に祐介に
サインを求めた。
「辞めた人は隔離されているの?」とサインをしながらさりげなく聞いた。
「うちは隔離なんかしませんが、本人が行方不明で行き先を捜しているらしい」
「会社の人が捜しているの?」
「いいえ、政府の組織が捜しているらしいです」それを聞いて祐介は
又不安になった。
アパートに帰って来た祐介は不安でうろうろしていたが、ゲームもしないで何時
も見ないテレビを点けてニュースを見ていた。
極秘事項なので放送するはずも無かった。
もし黒岩が捕まれば祐介の事も話すだろう。実験内容を教えてしまった。
しかも大国の人間も一緒にいた。
契約書に書いてある会社への損害賠償の事が頭をよぎった。
それ以来祐介は不安な日々を送り、テレビや新聞をよく見ていた。
その為テレビを点けたままが多くなんとなく見ている時も多くなった。
そんな時、円華の姿を時々テレビの中に見た。
CMやドラマの番組宣伝に出ていた。暫く合って無かったが綺麗に写っていた。
メイクもあるが以前とは格段に違っていた。
祐介は円華が遠い存在になってしまったと感じた。
それから半年も過ぎると、祐介の不安は段々薄くなっていた。
良くしたもので時が過ぎることは不安や嫌な事を少しずつ忘れさせてくれる。
実験も順調で酸素ボンベの容量も増えて体力維持も必要になりジムに通った。
ある時、祐介に円華から封書が届いた。
何だろうと開けてみると、円華の準主演の映画の招待券だった。
なぜ招待券を? と思った。
その日の夜遅く携帯が鳴った。見知らぬ番号で03の市外局番だった
。恐る恐る出てみると円華だった。
「お久しぶりです。元気でいました? 映画の招待券届きました?」
「届いたよ、お前こそ元気か? 忙しそうだし」
「忙しくて、睡眠不足で、きついけど元気です」
「円華、少し飲んでいる?」
「うん 少し飲んでいる。今日ドラマの打ち上げがあってさっき事務所に帰って
来たの・・・・ 祐介にこんな話はしたくはないけど事務所の方針だから話すね。
祐介と私は今付き合っていないと、そして以前は友達で男女の関係は無かった
として欲しいの、写真週刊誌が私の廻りを探っているので来たらそう言って
欲しいのでお願いします」
「分かった。もう一年近く連絡もしてないし、事実付き合ってもいないから
多分俺の処なんかに来ないと思う。この電話は?」
「事務所の電話です。もし記者が行ったらお願いします。それから携帯を変えた
ので前の番号は破棄してください。宜しくお願いします」と電話を切った。
映画券は電話するきっかけで、携帯の番号は知られないように事務所から
電話してきた。
祐介は余り未練がなかったが、最近の件で唯一自分が優位に建てる立場に
なったと思った。