十六 工事現場事務所
建設場所は海抜七百メートルの山の頂上部を切り取り又埋め戻して平坦にした
場所で四方に鉄板で仮囲いされていた。
大きさは七百メートル×七百メートル程だった。
入口に警備員事務所があり、車を止めて用件を伝えると承知していたらしく
プラスチックカバーに入った通行書を渡してくれた。
次からは掲示するだけで降りずに車で通過してよいと言われた。
二階建の細長い現場事務所が幾つも並んで建っていた。
図面の東側住居地域の上の指定された駐車場に車を置いて現場事務所に
九時前に着いた。
鉄骨の外階段を二階に上がると事務室があった。
入口の引き戸を開けると受付らしくカウンターがあった。
其処にいた若い女性の事務員に名前と用件を伝えると奥の方に案内してくれた。
西側を背にして一人の中年の男が座っていた。
当り前のように机の上にノートパソコンが置いてありキーボードを打っていた。
南を前にして机が二列で計四席あった。
三席には人が座っていたので残りの一席が自分だと思った。
事務員が呼ぶと中年の男は英介を見て立ち上がった。
そして名刺を出した。
「総監督の菊池です」
「名刺は持っていないのですが?」と英介は申し訳なさそうに言った。
ここ数年は業者Aの仕事だけで名刺を作る必要が無かった。
「いや、良いのですよ。商談じゃないから私の連絡先さえ知って貰えばよいから」
と他の三人を紹介してくれた。
二人は業者Aの現場監督であと一人は英介と同じ施工図描きだった。
菊池の名刺を見た。日本で十本の指に入るゼネコンの社員だった。
「私はこの工事の総監督でコア部の施工に関わっている。四か所の住居棟は地元
の業者四社に受け負ってもらっている。君には業者Aの担当の東棟の施工図を
お願いしたい」
「分かりました。今日は何をしたら良いですか?」
「そうだな? 工事の内容を知って貰うために、今までの工程表、施工図、議事録
など見て工事の概要を把握して貰う。それから業者Aの佐野君から依頼を受けて
施工図を描いて欲しい」と佐野に先程の物を見せるように指示した。
そして他の現場事務所に出かけていった。
英介はそれらを受け取り、自分の机に座った。
「分からない事があったら聞いてください」と佐野は話した。
「地下二百六十メートルで周囲七百メートル角の総掘り(全て掘る事)では
大変だったですね」
「総掘りしていたら間に合いません。山を廻りの平地まで削り、そうですね、
三百メートル近く削った。そこを一階とした。後は上に建物を建設して行き
高さ十メートル位で塀を作り後で土を埋め戻した。五十階部分から上は
二十メートルの厚さで埋めた。それで英介さんに渡した平面図と違ってきました。
一番違うのはリニアが建物の上でなく、下に走っている事です。今の仮囲いの
鉄板はコンクリートの塀に変わります。内部からは高さ三メートル程で外部では
十三メートルに成るそうです」
「分かりました、でも地上五十階建で土を被せる必要があるのですか?」
「それは私にも理由は分かりません」
それから暫く英介は工程表と図面を見ていた。
工程表ではもう外部廻りとコアなどの主要部のコンクリートの工事は終わっていた。
工事の開始日は五年近くも前だった。そんなに前からと思ったが、その事を聞く
のは何故か止めた。
「だいたい分かりました」と佐野に伝えた。
「それでは施工図をお願いします。五十階からユニットの中にプランの間仕切壁
を入れて下さい。壁厚は下に行くほど厚くなります。躯体と建具と家具の施工図
もあるから参考にしてください」
佐野は三十二歳で独身だが言葉が丁寧だったので家柄を聞いてしまった。
お寺の息子で次男なので家は長男が継いでいる。
自分は建築が好きで大学の建築科を出てこの世界に入ったと話したが寺の名前
とかは聞いてもはぐらかされてしまった。
仕事が定時で終わり家に帰って来た。
普段は人と話す機会は少なく。今日は色々と話して充実しているように思えた。
でもこれが続けば当然のようになって又少しずつ嫌気がしてくる自分の性格は
分かっていた。
英介は食事の材料の配達を頼んでいた。一週間分を頼んでいたが、調理が簡単
な物が多く今日もレンジで調理するものだった。
大腸がんになって色々調べたが、その食事方法も少しは原因になっていると思い
最初は気を付けていたが時間が過ぎると又面倒になり簡単な食事を
取るようになっていた。