9、手紙
夕食の時間、私は何もなかったように振る舞いました。
「今日の料理も美味しいですね」
「ああ、そうだな」
エルビン様の返事は素っ気ないです。
思えば、エルビン様の様子が変わったのは、お姉様が訪ねて来た日からでした。
いいえ、その前の夜会の時からかもしれません。あの日、きっと何かあったのでしょう。
「ホーリー侯爵夫人が、流産したそうです。すごくお辛そうでした」
お姉様のせいみたいです……なんて、言えませんけど。
「流産? それは、気の毒だな」
顔色一つ変えないなんて、他人事のようですね。確かに他人事ですが、女性が子供を失う事がどれほど辛いことか……
前のエルビン様なら、夫人をもう少し気遣っていたと思うのですが、私が勝手にそう思い込んでいただけなのでしょうか?
「明日も、お仕事はこちらでなさるのですか?」
そう聞くのは、明日は私が実家に行くことになっているからです。
「そうだな。君は、実家のご両親に会いに行くんだったな。久しぶりだし、ゆっくりしてきなさい」
今までなら、優しい旦那様だと思うところですが、今はそう思えません。きっと明日も、お姉様が来るのですね。
「やっぱり、明日は実家に戻るのやめようかな。エルビン様が邸にいらっしゃるなら、私も……」
「いや、行ってきなさい。仕事がたまっているから、君の相手をしてあげられない」
そんなに私が邪魔なのですね。
少しでも、私の事を考えていますか? エルビン様の心の中には、お姉様しかいないのですね。
「分かりました。そうします」
その日も、寝室は別でした。でも私は、ホッとしています。お姉様を抱いたエルビン様と、どんな顔をして一緒に眠ればいいのか、分からないからです。お姉様は抱くのに、私の事は抱こうとはしないのですね。
私は、それでも妻と言えるのでしょうか……
1人で寝る準備をしていると、バランが部屋に来ました。
「奥様、ホーリー侯爵夫人から、お手紙が届いております」
ホーリー侯爵夫人から?
お怒りの手紙でしょうか……
バランから手紙を受け取り読んでみると、お怒りの手紙ではなく、謝罪の手紙でした。
すぐに謝りたかったようで、私が帰った後すぐに書いて届けさせたと、手紙を持って来た使用人が言っていたそうです。
〖今日は失礼な態度をとってしまい、大変申し訳ありませんでした。
アナベル様がイザベラ様の妹というだけで、何も悪くないのに……気持ちを抑える事が出来ませんでした。
アナベル様とイザベラ様が、不仲だとお聞きしました。だから、この事をお伝えしようと思います。
私のお腹の子は、イザベラ様に殺されたのです。イザベラ様が雇ったゴロツキに、お腹を何度も何度も蹴られ、お腹の中の子の命を奪われました。
その場にイザベラ様もいらっしゃり『私には子が出来ないのに、何で愛されていないあんたに子が出来るの? そんなの許さない!!』そう仰ったのです。
その事を夫に話しても信じてもらえず、アナベル様に当たってしまいました。〗
酷い……どうしてそんな事が出来るのでしょう!? 身勝手にもほどがあります!!
手紙は、まだ続きます。
〖泣き寝入りするなんて出来ません。
ブライト公爵に、全てをお話するつもりです。信じてもらえなくても構いません。私のような思いを、他の方がしないようにしたい。
本当は、子供を失ったあの日に死ぬつもりでした。だけど、私は生きる事を選んだ。生きて、イザベラ様がした事の罪を償わせようと思います。
アナベル様、力を貸してはいただけないでしょうか? どうか、よろしくお願いします。〗
手紙には、涙のあとが残っていました。
どれほどおつらかった事でしょうか。お姉様は人間ではありません。悪魔です!
エルビン様の事があるので少し複雑ですが、お姉様がホーリー侯爵夫人……シルビア様にした事は許されていいはずがありません。私でお役に立つなら、お手伝いしたいと思います。
そう決めた私は、翌日実家に戻る前にシルビア様に会いに行ったのですが、お会いすることが出来ませんでした。
シルビア様はもう、この世にいなかったのです。