[4](終)
×月?日
気付いたときには、たくさんの人の叫び声と、鉄臭い匂いとが、私と夫がいる仮の住処にまで届いていた。
なにか、村に異変が起こっている。
私達は、急いで村の方へと向かった。
ひどい有様だった。
村の家のあちこちから煙が上がっている。道には村人の死体がいくつも転がり、まだ固まっていない赤い血の跡が点在している。
この様子だと、村はすでに壊滅してしまっているだろう。生き残った人も、おそらくはもう居ない。
「……なんで、こんなことに?」
困惑の表情を浮かべた夫が呟く。
と、ふいに、ザッ、ザッ、と誰かの足音が近づいてきた。
私達はそちらの方を見た。
桃太郎が居た。
身体中に血が付いているけれど、たぶん、本人は怪我をしていない。
私が名前を呼ぶと、桃太郎は笑顔を見せた。
「おじいさん、おばあさん。僕、鬼ヶ島で、おじいさんとおばあさんになにがあったのかを知りました。……それからいろいろ考えました。僕は二人を幸せにしたい。でも、どうやら、鬼ヶ島の鬼達も、村の人たちも、僕らの味方にはなってくれないようでした。それどころか、二人への敵意を無くそうともしない。」
「桃太郎…」
「だから、どっちも消しちゃうことにしたんです。だって、そのほうが、明らかに幸せだから。じつは僕、けっこう戦うのが得意だったんです。」
たぶん、本当は、私達は桃太郎を叱らなきゃいけないんだろう。けど、
「…本当に…ありがとう…私たちのために…」
桃太郎が私達のために動いてくれたことが本当に嬉しくて、そして、桃太郎に深いところから救われたように感じて、だから、叱ることなんてできなかった。
『私達は悪くない。悪いのは、私達以外だ。』
と、考えるようなことも何度かあった。
でも、その思いはきっと間違っていると思って、口に出さずに留めておいた。
鬼になるか、人になるか。
その2択で迷うべきであって、それとは別の選択肢は、決して思い浮かべないように、心のどこかで抑えていた。
「どれだけひどいことがあっても、僕だけは二人の味方です。」
と桃太郎は言う。
なぜ桃太郎は、ここまで二人の味方でいようとし続けてくれるのだろう。分からない。けれど、これはきっと、分からないままでいたほうがいいのだ。
夫はまた、泣いていた。
たぶん嬉し泣きだ。ずっと無言でいるけれど、そうに違いない。
……世界中が全部敵になってしまった方が、いいのかもしれない。
そのほうが、よりいっそう、三人でいる幸せを感じられるから。
私は、夫と桃太郎とを一緒に抱き寄せた。
桃太郎の服についた血が香った。
これからどうなるのかは、分からない。
少なくとも、もう、私達には、誰かと仲良くすることはできないだろう。
でも、それでいいんだ。
私には、夫がいて、桃太郎がいる。
二人だけじゃ心細かったけれど、三人なら。
どんな困難だって乗り越えられる。
私達は三人で手を繋いで、次に帰る場所を求めて歩き出した。
これからの日々が、よりいっそう幸せなものに、なりますように。