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 食べ物を探すために、仮の住処を離れて歩いていると、村の人が二人で、並んで歩いているのを見かけた。私は茂みに隠れた。

 彼らは、私がいる草むらの近くで立ち止まり、こんな話をした。


「……しかし、本当にお前が、あの家に火をつけたのか?」


「ああ。これが『村のため』だ。忌まわしい『鬼』が二匹も近くに住んでいる、なんて、気持ち悪いったらありゃしねえ。」


「でも……ほら、あの二匹は、あれだろ? 村の面倒くさい仕事を一挙に引き受けてたんだろう?それが、急に居なくなったら、また村のみんなで仕事を分担しないといけなくなるじゃないか。」


「ああ、確かに厄介な仕事は増えるさ。でもな、『鬼がいる』っていうのが他の村に知れたら、もっと大変な困難が俺たちに降りかかるんだぞ。それよりは断然マシだ。」


「それはまた…どういう意味だ?」


「この村はな、あの『鬼ヶ島』が近くにある、ってんで、ただでさえ、人から避けられがちな場所なんだ。もしも『鬼を棲まわせてる』なんて噂が広まってみろ、ひどい差別が起こって、村のみんながもっと生きにくくなっちまうに決まってる。だから、変な温情なんか見せず、とっととアイツらを追っ払っちまうのが一番良いのさ。」


「……なるほど。お前は本当に頭がいいな。確かに俺も、人のマネをしたがってる奇妙な鬼がこの村に棲んでいる、っていうのを不快に感じてはいたが…。ちゃんと大義名分があって追い払う、ってんなら、なにも悪いことは無いもんな。」


「あ、ちょっと話は変わるが、そういえば、あいつらが育ててる子供とやらが、鬼退治を成功させた、とかいう噂を聞いたぞ。果たして本当なのかね。」



「突然村に現れて『私が鬼退治を成し遂げる!』って宣言していった、あの子供だろ?そうそう、その話だが、なんでも、うちの子が、一時期その子供と遊んでたらしいんだよ。桃太郎、とかいう変な名を名乗ってたらしいが。」


「うへえ、危なかったねえ。見た目は人間にごく近いとはいえ、あれも、どうせ鬼なんだろ。おおかた、人間の子供に似せた見た目で俺たちを油断させて、そんでもって、あの家に俺たちを連れ込んで、三匹でたらふく平らげるつもりだったんだろう。離れられて良かったなあ。」


「本当だよ。」



二人はここまで話すと、笑いながら再び歩き出し、去っていった。






……やっぱり、元々鬼である私達が、人間と仲良くなることなんて、無理だったんだ。







 私達夫婦は、二人とも、鬼ヶ島に生まれた。


 鬼ヶ島からは、人の村を遠くに眺めることができた。私と彼は、彼らの暮らしに憧れた。とても楽しそうだった。

 島の鬼たちの、野蛮で、原始的な暮らしとは違った。

 どうしてここまで惹かれたのかは分からない。生まれつき、どこか頭の中が、他の鬼とは違っていたのかもしれない。とにかく、その憧れは、留まることを知らずに膨らんでいった。それは、憧れから、絶対に叶えたい願望へと変化した。

 同じ願いを持つ私と彼とが、結ばれるまでに時間はかからなかった。


道のりは険しかった。


『どうにかして、人間と仲良くなれないのかな?」


 と他の鬼たちにことあるごとに尋ねていると、次第にみんなは、私達を避けるようになった。


 ほとんどの鬼は、人間たちを、劣ったものとみなしていた。

 見下されている存在に近づいていこうとする私達は、さぞかし、気味の悪いものに見えたに違いない。

 私達は、それに耐えられなくなった。それで、鬼であることを捨て、この島を離れることを決意した。

 

 二人なりにいろいろ考えた。どうすれば、人間たちと仲良くなれるだろう、と。

 まずは見た目を変えた。

 体の色が人間とは違うから、全身に、肌色の入れ墨を入れた。

 鋭い牙や角があるとみんなが怖がるだろうと思って、ノコギリで、どちらも切り落とした。

 とても痛かったけれど、人間と仲良くなれる、と思えば、ちっとも苦では無かった。

 体の大きさと、顔に元々ある沢山のシワとは、残念ながら変えることができなかった。桃太郎はこのシワを見て、私たちが老人だと勘違いしたのだと思う。

 …それから、役に立つような行いをたくさんして、良い印象を手に入れようと考えた。

 村に着いたらまず真っ先に、タダでいくらでも働く、と伝えることに決めていた。

 大変かもしれないけれど、普通ではない生き方をする以上、多少の苦労は背負わなきゃいけないな、と考えてはいた。

 最後に、生まれたときに、必ず一人に一つ渡される宝玉。鬼が鬼であることの証明。



 ……と、これは、なぜか捨てられなかった。


 ……結局、覚悟が足りなかったんだろう。見た目に関しては取り返しがつかないほどに変えていたけれど、鬼へと戻る道を完全に手放すことを、私達は恐れていたのだ。


 いろいろな用意を済ませて、私達は舟で島を出た。誰も見送ってはくれなかった。

 まずは、鬼であるという正体を隠して、村に近づいた。

 疑念を抱きながらも、村の人たちは、私達を受け入れてくれた。

 たくさん働いていたら、次第にみんなと少し親しくなれて、これならうまくいきそうだ、と感じた。

 それで、私たちの正体を明かした。


 これが失敗だった。

 私達は、鬼が人間に対して抱く差別を良く知っていたにも関わらず、人間たちが鬼に対して抱く差別を、甘く見すぎていた。


 ずっと隠していればよかったのだ。

 なんで、正体を明かそうと思ったのだろう。「隠し事をかかえたまま人と付き合うのは、なんだか後ろめたいよね」と、馬鹿なことを夫に話したその当時の私が憎い。


「鬼ヶ島にいる鬼達をお前らが全員殺せ。そしたら、お前らのことを信じてやってもいい。」


 私達は中途半端だった。


 いくら嫌われているからといえ、元々共に暮らしていた皆を死に至らしめるという行いに手を染める決心は、結局つかなかった。


 

 それで、二度目の孤立が訪れた。

 しかたなく、村の中心部から離れたところに家を移した。

 それからは、辛い日々が続いた。

 誰も、私たちが住む場所に近づいてこようとはしない。

 ずっと変わらない現状の中で、『一生懸命に働いていたら、いつかは心を許してくれるかもしれない』とわずかな希望にすがって生きる日常。

 どこまでいっても無意味な日々だったのだ、と、今日初めて、知ることができた。



 ……今日のことは、夫には話さないでおこう。

 なんだかもう、笑うしかないな。


 誰かが私達を、ここから消してくれたらいいのに。







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