俺が平凡を不幸だと思わない物語。
この作品は、長編の一話を試しに書いてみたものです。
要望が多ければ続編を書いてみようと思います。
酉真菜
俺は、普通だった。少なくとも俺の人生において、悪いという記憶以外を持ってはいない。むしろ、俺自身には何の問題もなかった。
俺は平凡、もしくは平凡そのものだ。顔が平凡、頭脳が平凡。しかし、その平凡が他の全てのものを超越していた。
俺は、誰からも愛される平凡。しかし――その平凡な俺が、ある日突然、不幸に変えられてしまった。
それは何の因果か、突然の出来事だった。
真夜中、急におなかがすいて、俺は冷蔵庫を開けた。
うまく開かない俺の目は冷蔵庫のまぶしい白い光に包まれた。
思わず俺は目をつぶり、顔を背けようとする。
すると、俺の顔に何か固いものが当たった。
目を開けると目の前が茶色い。
少し硬めの毛が顔にゴワゴワと当たった。
獣臭さが俺の鼻を刺激する。
「なんだよ、もう……」
後ずさりした俺の目の前には立派な馬がいた。
「なに、こんなとこに馬」
俺は恐る恐る馬の顔を撫でた。やはり、動物の毛の柔らかさなどには違いがなかった。
しばらくそうしていた俺は、馬から視線をはずす。すると、そこには豪華なソファーが一つあり、その上にある巨大なモニターが目の前に見えていた。
『本日は、緊急に決定した魔王討伐の会議を開かせて頂きます。司会は私、魔王城専属の魔王大臣を務めております、エルガ・レ・レクサ・ラ・レクサと申します。』
俺は状況が読み込めなかった。
ここはどこなのか?
なぜこんなところにモニターがあるのか。
魔王討伐会議とはなんなのか。
魔王大臣とは何なのか。魔王なのか。
そもそも魔王を討伐するのに、なぜ魔王城の者が司会をしているのか。
そんな俺の動揺をよそに、エルガは話を進めていく。
『まず、本日は急遽会議が開かれた理由をご説明させていただきます。みなさんご存じの通り、今魔王城では魔物による戦争が始まり、死傷者が出ています。現在も魔王城には、我々を脅かす魔物が何体も侵入しています。さらに、この魔王城の城主様が魔王の口車に乗せられ、その戦いを激化させてしまいました。今では残念なことに、城主様は魔王側に与しています。我々の対応として、私、エルガ率いる魔王会議官直属部隊で魔王を倒すことになりました。皆さんには、ぜひ義勇兵として、この部隊に加わってほしいのです。』
「…………」
俺が絶句する間を与えず、エルガは続ける。
『城主様や魔王と戦うことに不安を感じている方々も多いことでしょう。実は、そんな方々に朗報があります。』
画面が切り替わりそこに映ったものは人間の顔であった。
これは誰であろうか。目の形、鼻の形、顔つき、全て普通だ。なんて普通なのだろう。
俺は画面に近づく。すると、画面の中の人間も画面に近づいた。
俺の頭に、嫌な予感が浮かぶ。
この見慣れた顔は自分なのではないだろうか。
顔を触ってみる。画面の中の人間も顔を触っていた。
耳を引っ張ったり、髪をくしゃくしゃにしてみると、画面の中の人間も真似してくる。
「マネすんじゃねえぞ!」
『マネすんじゃねえぞ!』
画面の中の人間もそう返してきた。そう、これは俺だ。
なぜ俺が映し出されているのだろうか。
『……えーと、皆様、天才は変人と紙一重とも言います。そう、彼こそがあの吉条様なのです。今回、この部隊に参加していただけることとなりました。』
エルガの声の後に、ものすごい雄たけび声が入っている。吉条様……俺は吉条宗弘だ。ああそうだ。
俺は吉条宗弘だ。俺は今まで何をしていたのか。何を間違えたのだろう。いや、そもそも俺は何者なんだ。俺は何をしにここに来たのか。何のために呼ばれた?......なんだこれ。何なんだこれは。......ん?
「どうしたんだよ、宗弘」
振り返るとそこには誰もいなかった。
たださっきぶつかった馬がじっとこちらを見ている。
画面の中をもう一度見てみる。
「おい、どうしたんだよ本当に、宗弘……」
同じ声だ。どこだ、どこから聞こえる。
後ろの馬には誰も乗っている様子はない。
「なにか呪いでもかかっちまったんじゃないか?」
……?馬がしゃべっている?少しハードボイルドな声で俺に話しかけてくる。
『どうやら緊張しているらしいですね。さあ皆様どうか我々と一緒に戦いましょう!』
画面がエルザに戻ると、エルザは腕を高くつき上げた。
モニターの電源が切れ、何も映らなくなった。
「ワケが分からない。俺は誰なんだ……」
「いや、吉条宗弘でしょ。どうしたの?」
馬が話しかけてくる。この馬は何なんだ。
「えっと……?今の状況が何にもわからないんだ……その……馬くん、説明してくれないかい?」
その馬は顔を後ろに引いた。
「俺の名前も忘れちまったのか?」
俺はうなずく。その馬は大きく息を吐いた。
「わかったよ、俺の名はオルヴィだ。よし、俺に任せろ。全部わかるように説明してやろう。」
オルヴィは俺、宗弘のこと、この世界のこと、魔王討伐、魔王城情勢、今現在の戦いについて詳しく話してくれた。理解できたことは少なかったが……。
俺はどうやら2年前この世界とは違う世界から転生をしてきたという。つまり異世界転生だ。何もできず森を放浪としている俺を見兼ねて、助けてくれたのがイスケ族のオルヴィだった。
オルヴィとともになんか冒険をしていくうちに、剣術や魔法が上達し、いつしかこの世界で有名な冒険者の一人になったという。その噂が魔王大臣、エルザの耳に入った。
先日、エルザと会い、魔王城側の部隊に協力することを約束したという。
一番理解できなかったのは、魔王城情勢だ。複雑怪奇すぎて誰が誰の味方で敵なのかよくわからない。
少なくとも、今の魔物の戦いでは、エルザ率いる魔王城側と魔王・魔王城城主連合軍が戦う構図となっているという。
3日後、初めて戦闘に向かうというのだが、剣を振ることも魔法を使うこともできるか怪しい。
「とりあえず、まずは簡単な魔法を試してみよう。たとえば……得意だった風魔法とか」
オルヴィは俺の腰に刺さっている杖を口で取り出し、俺に渡した。
とりあえず、風のイメージをしてみる。
目を閉じてとにかく風っぽいものを考えてみる。
草原の上をさわやかにかけていくそよかぜ。木々を揺らし、草花をそよそよと揺らす。
「え……あ……」
オルヴィが何か言っている。薄く目を開けてみた。もしかして、風を強く出しすぎただろうか。
「杖の持ち方逆……」
「え……」
杖についている緑の宝石から魔法が出てくるんじゃないのか?
俺は慌てて杖を持ちかえた。緑の宝石が俺の手のひらの中に納まる。
何もついていない木の棒の先から今度こそ何か出てくるだろうか。
先ほどのそよかぜのイメージを繰り返してみる。
うんともすんとも杖は反応しない。
少しずつ俺は強めの風をイメージしてみる。
荒れ狂う嵐の中、家は飛ばされ、車が宙に浮かんでいる。
山々の中を大きな竜巻が茶色の煙を上げながらこちらに向かってくる。
人間が簡単に吹き飛ばされ、川の水はどんどん吸い上げられる。
少し想像しすぎたであろうか。俺はもう一度目を開けてみた。
目の前には草原が広がり、そこに真っ赤なソファーが置かれている。黒いモニターが置かれている。
照り付けるような日差しが暑さを強調しているようだ。
草のは一つ動かずに、無風の草原の中、ただ体の周りが暑くなってくる。
「もう魔法使ってもいいんだぞ、宗弘」
俺は、オルヴィの方へ向く。少し涙目になっているかもしれない。
「魔法は難しいからな。一回でも魔法の感覚が戻ってくれば、すぐに魔法が使えるようになるさ。それよりも剣術を見てみよう。きっと体が覚えているはず」
そうだ。剣術というものは運動だ。スポーツなどは頭が覚えているというより、体が勝手に反応してしまうというものだ。別に運動は元から不得意ではなかった。得意でもなかったが……。杖を腰に戻し、剣を引き抜いた。
伝説の吉条宗弘の剣術をとくとご覧あれ!
……重い。なんでこんなに重いんだ。
振りあげるだけが精いっぱい。オルヴィに当たりそうにもなった。
なんてことなんだ。これでは、戦闘に向かったとしても、雑魚キャラに一発で殺される。
その後も、俺は重い剣を何度も振りあげた。肩が取れるかと思うほど、頑張ったと思う。
しかし、剣を振っているというより、剣に振られているという状態に変化が訪れることはなかった。
いつの間にか、周りは夜になっていた。
剣を振り続ける俺をオルヴィはいつからか同情するような目で見てくる。
オルヴィはいいやつだ。剣術について一つ一つ何度も教えてくれる。
しかし、オルヴィの無意識であろうその目は、俺の自尊心を深く傷つけた。
夕食を食べたのか、それとも剣の稽古中なのか、俺はいつしか眠りについてしまっていた。
――――――ちょっと、ちょっとそこのあなた……。
俺を呼ぶ声がする。
――――――起きてください、勇者、吉条様。
目を開けてみると、そこは白い空間。目の前には羊のようにぐるぐる巻いた角を付けた赤い髪の男が隣に座っていた。
がたいがよく、少し怖さを感じる。
「誰ですか?」
「忘れてしまったのですか、勇者様。私ですよ、私。アノールですよ」
「アノール。誰?」
「忘れてしまったのですか?」
「うん、記憶喪失らしくて……」
「私はアノール。一応、魔王というものをやらせてもらっています」
「魔王ね。……えっ……ま、魔王?」




