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アニマルケーキ





「マリーさん…!何ですか、この斬新で素敵なものは…!」



 シャロンが凝視しているのはマリーが作ったウサギや熊や羊を模したケーキだった。

 リアルな造形ではない。かわいらしくデフォルメされているそれらは、ふわふわとクリームで覆われ愛らしい外観に反して非常に美味しそうだった。



「美しいケーキはたくさん見たことはありますけれど、こんなに愛らしいケーキは見たことも聞いたこともありませんわ…!」


「そうでしょうそうでしょう。えっへん。これなら子どもにも人気が出そうだよねっ」


 シャロンが興奮し褒め称えると、マリーがやや平らな胸を張ってドヤアっという顔する。

 その様が可愛くてシャロンがふふふ、と笑っているとカミラがひょいとシャロンの後ろからテーブルを覗き込んだ。


「まあまあまあ、マリー、あんたがこれを作ったのかい?すごいじゃないか!」


 驚くカミラに、マリーが嬉しそうに食べて、とフォークとケーキを差し出した。



「カミラに食べて欲しくてさ。シェリーにも。ウサギはいちご味で、クマはチョコで羊は普通の生クリームだよ。最近お給料上がったからお小遣い貯めて奮発してあの質屋から良い材料仕入れたの。何味がいい?」



 質屋は今では何でも屋のようである。

 マリーの大きな瞳がニコニコと輝いているのを見て、カミラは一瞬丸くした目を潤ませてクマのケーキをとった。

 一口食べるたびに、美味しいねえ、すごいじゃないか、と褒める。

 鼻声だったのを、マリーもシャロンも気付かないフリをした。



 シャロンも勧められたウサギのケーキを取った。イチゴのクリームが丁寧に塗られたケーキは程よい甘さで、中のスポンジがしっとりとしている。


「とても美味しいわ。マリーさんはこんなに素敵な才能をお持ちでしたのね」


 お世辞抜きで美味しい。

 シャロンの言葉に、マリーはふふっと笑う。


「私小さい頃からお菓子とか料理を作るのが好きだったんだよね。本当は料理屋さんとかになりたかったんだけど。いつかさ、お菓子屋さんになってみたいなあ」

「独学でこれなら、職人のもとに師事すれば腕の良いお菓子屋さんになれるのではないでしょうか」

「…そうだったらいいなあ〜、あ、これナディアさんにもあげてこようっと」


 表情をほんのかすかに暗くしてパタパタと走り去るマリーを見送る。

 何か悪いことを言ってしまったのだろうか。手元のケーキに目を落とすと、カミラが逡巡した様子で言った。



「…この娼館にくる子ってのはさ、大抵訳ありなんだよ」


 寂しそうな顔で微笑みかけるカミラに、シャロンは冷水を浴びせ掛けられたかのように固まった。



「他の道を選べない子ばっかりさ。色んな事情があってね」

「……本当に申し訳ありません…考えもなしに、わたくしは…」

「何言ってんだい、あんたが来てからあの子たちも自分の仕事に誇りを持って働いてるよ。ありがとね」



 指先が冷たく震える。

 わかってはいたはずだった。娼館で働く女性はいろいろな事情がある。この仕事しか選べない女性たちがたくさんいる。

 しかしマリーやナディアを始め女たちはみんなシャロンに笑顔で接してくれていた。だからシャロンはわかっていなかったのだ。



(これで、王妃教育は完璧だったなんて笑わせるわ…側にいる人のことも何もわかっていないのに)



 ひどく苦い後悔が胸の中に膨れ上がる。鉛のような重みだった。

 どうしたものかと考えていると、玄関先で男性の大きな声と女性の声が聞こえてきた。

 声の主は、マリーのようだ。様子がおかしい。



「どうしたんだろね」



 カミラと一緒に玄関先を見に行く。

 そこには無表情のマリーと、酒の臭いをさせながらマリーの頭を片手で掴んでいる男の姿があった。


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