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かわいい人




 トラヴィスはあれから毎日のように、暇を見つけては顔を出しにくる。

 最初のうちこそ顔を見るたびに、きゃあ!と色めきたっていた女たちも慣れてきた。あ、ヴィンスさんいらっしゃーい、とシャロンのいる場所を指で案内する。元々男性に耐性がある彼女たちだからこその反応に、トラヴィスはかえって新鮮で嬉しいという。色男は色男で日々大変なのであろう。


 今日は二人で娼館の部屋に置くタオルを畳んでいた。

 シャロンの仕事を手伝おうとするトラヴィスにグレイは最初真っ青な顔をして止めていたが、主人が笑顔で首を振るとそれ以上何も言わなくなった。公爵家の方々が見たら卒倒するだろうなとシャロンも思ったが、自身も同じことをしているので何も言わない。



「このタオル入れに仕込んでいる袋は上質な香りがするね」


 ここ数日の間に、トラヴィスからは敬語が抜けた。


「これは匂い袋といって、カミラさん馴染みの質屋が仕入れてくれたものですの。何でも東の国の京という都で貴族が使っているものだそうで…優しく品のある香りですよね」

「これを手に入れるのは大変だったろうに。下町にある質屋かい?」

「そうですわ。アムル産の茶葉なども仕入れてくれましたのよ。実家でも手に入りにくい品なので助かりましたわ」



 少し緊張しながら、ゆっくりと作業するこの時間がシャロンは好きだった。トラヴィスはどこまでも優しい。目を合わせると、深い深い海の底のような青い瞳に気恥ずかしそうなシャロンが映っている。

 ゆっくり目を逸らして、丁寧にタオルを畳む。なるべくゆっくり、時間をかけて。



「…王都の話は気になるだろうか」


 トラヴィスが躊躇いがちに尋ねる。どう切り出して良いか、きっと考えていたのだろう。


「ええ、もちろんですわ。皆さまお元気でしょうか」


「元気といえば元気そうだな。伝え聞いた話によると、あのお方はひどく叱られたそうだ。当然の話だ。

 君に咎がいくことは絶対にないと言い切れるが、何分君は心労がたたり療養中ということになっているため、処分や今後の話については保留となっている。そして彼女は、あのお方が無理に教育係をつけて毎日勉強しているそうだが、何分君の十分の一もうまくできず、針の筵状態だそうだ」


「まあ、そうですか」


 予想通りの展開にシャロンは頷く。

 国王陛下に事前の相談もなく、王家と公爵家の取り決めをあのような場所で一方的に破談したということは国王陛下へ反旗を翻したと取られてもおかしくない。何らかの処罰があるのはアンドリューの方ではないかとシャロンは思っている。


 行方不明になっているシャロンが療養中となっているのは、フォンドヴォール家に送った知らせが無事に届いたせいだろう。方法は伝えられないが、無事の旨連絡はしているとトラヴィスには伝えていた。

 ミレルダの王妃教育が進まないことも最初からわかり切っていたことだ。2歳からすでに本格的な王妃教育を受けていたシャロンですら、時にはこっそり涙を拭うような日々だったのだ。ミレルダに務まるはずがない。

 きっとアンドリューも今頃頭を抱えているのではないだろうか。決して弱音を吐かないシャロンは、彼の目には涼しい顔で全てをこなしていたように見えていただろう。

 自分を愛していない女がこなしていたことなら、自分を愛している女なら簡単にできるはずだと、素直な彼なら思っていたはずだ。



(いくら恋に溺れていたとしても、上に立つ者の適性が全くないわ。婚約破棄されて感謝したいくらい。一生アンドリュー様の尻拭いをするところだった…)


 無論感謝する気などない。

 それはそれ、これはこれとして、王都に戻った時にしっかり二人にはお礼をさせて頂く気持ちに変わりはない。




「事情聴取された目撃者の学生たちが、君は学園で彼女に優しくしていたと証言しているそうだ」

「あの方に見初められて、彼女は周りから不興を買っていましたから。いくら心が強くても、周りに味方がいないのでは辛いでしょう」

「しかし辛いのは君の方だろう。優しくする必要などなかっただろうに」

「わたくしは妻として、彼女は公妾として共にあの方に仕えることになるだろうと思っておりました。協力こそすれ、争ってもいいことなどありませんわ」


 実際のところ全く辛くも何ともなかった。確かに婚姻前に愛人を作ることに関して多少軽蔑していたが、それだけだ。

 逆にアンドリューに恋人としての愛を求められてもシャロンは困っただろう。アンドリューに戦友としての情は持っているが、それ以外の気持ちは返せない。

 そう考えると、公妾の存在はシャロンにとってむしろありがたい存在であった。



(うーん…やっぱりわたくしは、可愛くない女でしょうか…いやでも政略結婚が当たり前の貴族なら普通よね…?え、どうなの…?)



 愕然とする。かわいさを求めたことのないシャロンには、可愛いの定義がよくわからない。

 アンドリューには可愛くないと思われても痛くも痒くもないが、トラヴィスには多少は可愛らしい女性だと思ってもらいたい。

 いやでも、拉致されてそのまま娼館で下働きを楽しむ公爵令嬢は可愛くないかもしれない。


 睫毛を伏せて悩むシャロンに、トラヴィスは何も言わないまま痛ましげな視線を向けた。

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