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授業参観





「ねえシェリー。あんなイケメンが二人も見てたら全く集中できないんだけど」

「事前に言ってくれれば気合入れてきたのに!」



 部屋の後方に控える二人の見目麗しい男性に聞こえないよう、女性たちがシャロンに向かって密やかに抗議する。



「大丈夫、みなさまお美しいですから。あの方たちは見目麗しいじゃがいもだとでも思っていれば大丈夫ですわ」

「あんな殺人級の美しさでスマイルするじゃがいもがいるかっ!」


 マリーのツッコミに、そうだそうだと合いの手が入る。

 その抗議には取り合わず手をパンパンと叩きながら女たちを席に座るように促した。ぶつぶつ文句を言う声が聞こえる。

 申し訳ないと、シャロンとて思っている。確かに目の潰れるような美男子が急に後ろに座っていたら嫌だろう。それも完全オフの日だ。素顔の女性こそいないものの、皆一様にラフな格好をしている。

 シャロンは心の中でごめんなさいと手を合わせた。



 あの日―といっても昨日―そのまま帰宅したトラヴィスは、すぐに護衛だと言う男性を連れてきた。

「グレイです。よろしくお願い致します」

 体格の良い銀髪の男性で、切れ長で灰色の瞳は眼光が鋭く、商人のような服装をしている。

 だがおそらく下には簡易な鎧や武器が身に付けられているだろう。甘い顔立ちのトラヴィスとはタイプが違うが、勇ましく美しい顔立ちをしていた。



「まあ、ありがとうございます。ちょうど今から明日の授業の買い出しに行こうと思っておりましたの。とても安心致しますわ」

「授業?」

 トラヴィスが片眉を上げる。どんな表情をしても絵になる男だ。

「ええ。娼館の皆様方に週に一度、簡単な授業を行なっておりますの」


 娼館が休みの毎週日曜日、1、2時間ほど授業を行なっている。完全に自由参加の授業だが、参加率は高かった。

 読み書きの練習、食事のマナー、算術や時候の挨拶、経済、様々な職業についてなど、授業の内容は多岐にわたる。単に知識欲が満たされるだけではなく、学べば翌日の接客に活きてくることも多い。



 説明するとトラヴィスは腕組みをし少し考えた後、自分もぜひ出席してみたい、と言った。

 領民といえど、領主やその家族の顔を知っている平民は少ない。まあ、一度くらいなら良いだろうとシャロンは承諾した。

 お互いの身分は明かさず、シャロンはトラヴィスをヴィンスと呼び、トラヴィスはシャロンをシェリーと呼ぶように決めた。



(まさか愛称で呼びあうことができるなんて)

 つい浮かれそうになるが、気を引き締めなければ、とシャロンはまたトラヴィスから目を逸らし唇を引き結ぶ。





 教壇代わりの机の後ろに立ち、授業を始める。



「皆様は錬金術という言葉はご存知でしょうか?」


「石を金に変えるやつ?」

「え?不老不死になる系じゃなかった?」

「私は詐欺のイメージが強いわ」


 シャロンの問いに女たちが口々に答える。


「皆様、正解です。錬金術は鉛を金に変える物質を生み出すことで、不老不死の薬の原料にもなると信じられてきました。そして詐欺の手口にもよく使われますわね。しかしそれはいわば魔法の領域です。そのようなことは精霊―それも光や闇といった高位の精霊の加護を授かった人物でないと作れません。というか、その加護を持ってしても作るのは難しいでしょう。加護を授かった方は聖痕といって手の甲に杖のような模様が浮き出ていますが、これに水をかけると金色の聖水になります。もしも錬金術師などというホラ吹きに出会ったら、すぐにお水をかけて見てくださいね」



「なんかシェリー、最近カミラに似てきたよね…さっきのじゃがいも発言とかさ」

「きっとあれが地よ」



 ヒソヒソ話す女たちを、聞こえてますよ、とジロリと見ながら続ける。



「皆さま、錬金術など荒唐無稽な詐欺には引っかからないとお思いでしょう?しかしそんな油断をついてくるのが詐欺師という人物なのです。錬金術だけではなく、詐欺師はいろんなものを題材にするのです。

 前置きはここまでです。今日の授業は、上手な嘘のつき方と嘘を見抜く方法になります。まず嘘をつくとき、人は具体的な数字を持ち出します…」


 ◇◇




「…素晴らしいですね」


 授業が終わった後、次々に自分の部屋へ帰っていく女たちを見送ったシャロンにトラヴィスが拍手をしながら言った。


「まさかこんなところでご実家の専売特許である対面心理の授業が受けられるとは思いませんでしたよ。非常にためになりました」


 デュバル家が武を尊び、優れた武人を輩出する家系であるのと対照に、フォンドヴォール家は代々宰相など政治家を輩出する家系であった。外交にも強いフォンドヴォールの家は、心理学の権威でもあった。しかも限られた人物しか学ぶことは許されない。



「ほんのさわりだけですけれど、下町で生活する方にこそ必要ですもの。けれどもどうぞ内密にして頂けると助かります」

「もちろんです。また秘密が増えましたね」



 目を細めて笑うトラヴィスに、一瞬見惚れてしまいそうになった。



「前置きに錬金術を用いたのは何か意味があるのでしょうか。古典に近い話ですよね」

「荒唐無稽なファンタジーの方が、楽しいかなと思いまして。何事も実用的な話ばかりではつまらないですもの」

「なるほど」


 納得した、という風に頷くトラヴィスから目を逸らし、グレイを見た。ときめく要素がないこの無表情がシャロンの心を落ち着ける。



「グレイ様は、どんな話題がお好きでしょうか?」

「…私は、武術一辺倒でして」

「あら、それであれば次回の授業では護身術などもいいですわね。もしわたくしの指導が無様な時は手を貸してくださいませね」


 ニコニコと微笑むと、グレイは心なしか気まずそうな、微かに動揺した表情を見せた。

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