初めてのティータイム
「…はい、ここは、フルールフローラです。まだ営業時間前ですので主人は出払っておりますが…どのようなご用件でしょうか?」
シャロンは動揺を見せずに小間使いとして振る舞った。
間違いない。平民の服装をしているが、彼はトラヴィス・ヴァン・デュバル公爵令息だ。
どうして高貴な身分である彼自身が、ここまで来たのだろう。
(売り払った宝飾品がフォンドヴォール家の物だと報告が上がるだろうと思ってはいたけれど…まさか公爵令息自らここまでいらっしゃるなんて)
「ああ、突然の訪問で失礼しました。ちょっと責任者の方にお聞きしたいことがあったのですが…いくつか質問しても良いでしょうか?」
「私は最近入った小間使いですので、わからない点もございますが」
「いいえ、あなたでしたらお分かりになるかと思いますよ。…シャロン・レイ・フォンドヴォール様」
トラヴィスがにこりと微笑む。
「…やっぱりお気づきでしたのね」
「社交嫌いのデュバル家の間でも、淑女の鑑と称されるあなたのことは存じております。一目見てわかりましたよ」
(まあ、そうですよね。この方、わたくしのことをレディと呼んだもの)
レディとは貴族令嬢の呼び名である。
平民でも珍しくない金髪に、着古したエプロン姿のシャロンを公爵令嬢と見破ったのはさすがであった。
シャロンはトラヴィスに向き直り、淑女の礼を取る。
「非礼をお詫び致します。どうぞご無礼をお許しくださいませ、トラヴィス卿」
「こちらこそ非礼をお詫び致します、フォンドヴォール公爵令嬢。僕のことをご存知だとは思いませんでした」
シャロンは悠然と微笑んだ。やはり彼は、自分のことを覚えてはいない。
今から10年以上前、招待客が大勢いる中、二言、会話を交わしただけの出会いを覚えている人はいないだろう。
半ば安心して、シャロンは先ほどまで一人で茶を飲んでいた席を指し示した。
「粗茶ではございますが、ご一緒にいかがでしょうか?」
◇◇
小さな庭で、こうしてお茶を飲んでいるなんて数奇なこともあるものだ。
シャロンはカップに口をつけながら、トラヴィスの顔を盗み見る。
「シャロン嬢。失礼ですが、なぜこちらにいらっしゃるのかお伺いしても?」
「ご存知かとは思いますけれども、わたくしは婚約破棄をされました。陛下の沙汰を待つ身ではありますが、あまりにも心労がたたりまして。良くしてくださったこちらの娼館に少しだけお世話になり傷心を癒しておりましたの」
「そうだったのですね。あっという間にこの娼館を押しも押されもせぬ高級店にのし上げたとか。傷心とは思えない手腕だと感服致しました」
「うふふ。やっぱり心の傷にはがむしゃらに働くことが一番なのかもしれませんわね」
お互い笑顔で会話をしているが、腹の探り合いだ。
シャロンは王太子の思い人を害そうとし婚約破棄をされ、断罪を待つ身のまま失踪している。
罪人になりえる公爵令嬢が娼館に身をやつし潜んでいるー。
それがデュバル公爵家の治める領土で起こった事となれば火の粉の降りかかることにもなりかねず、トラヴィスがシャロンの目的を探るのは当たり前のことであった。
「なぜ娼館に?貴族令嬢が関わる場所ではないと思うのですが」
「実は婚約破棄をされた日、自宅に帰ろうとした際にある方々に拉致をされました。気づくとこちらの娼館に売り飛ばされそうになりましたが、ここの主人が助けてくださいましたの」
こともなげに告げた言葉に、トラヴィスの顔がサッと青ざめた。
「…どうしてすぐに我が家へ連絡をくださらないんですか!せめて保安隊でも!」
トラヴィスが大声で叫び勢いよく立ち上がる。
驚いたシャロンの姿にハッとなり、失礼しました、と詫びた。それでも、と少し感情的に続ける。
「あなたのような華奢で美しい女性が、攫われ無事でここにいることが奇跡なくらいだ!相手はこの場所を知っているのでしょう?もしかしたらまたここに戻ってくるかも知れない。今からすぐ我が屋敷へ来てください。すぐに安全な場所にお連れします」
大抵のことには動揺しない、あるいは動揺したそぶりは見せないシャロンだが、トラヴィスの慌てようには流石に目を丸くした。
やはり公爵家令息、淑女に対しての振る舞いは身についているのだなと感嘆する。どこからどう見ても傷一つないシャロンを見てここまで慌ててくれるトラヴィスはきっと心が優しいのだろう。
けれども、デュバル家にお世話になるつもりは今のところない。
「お断りいたします。大丈夫です。」
「大丈夫ではありません。これに関しては見過ごせませんよ。拒否されるならフォンドヴォール公爵家に今すぐ連絡をいたします」
引かないトラヴィスに、シャロンは負けじと言い返す。
「トラヴィス様にわたくしの行動を制限される謂れはありませんわ」
「淑女の身の安全を優先することは紳士の義務です。またあなたは――無罪にはなるでしょうけれど――陛下の沙汰を待つ前に行方不明になっているわけですから、ご実家に連絡するのは当然でしょう」
トラヴィスはこの件に関しては全く譲る気がなさそうだ。
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