【コミック4巻発売記念SS】風邪を引いたシャロンと看病するトラヴィスのお話
コミック4巻発売記念SSです。
つい一週間前までは汗ばむような陽気を纏っていた秋が、急に肌寒さを連れてきた。
その気候の中、シャロンは昨日まではいつもに増して忙しなく活動していた。
そして今、フォンドヴォール公爵邸の自室のベッドの中、激しく咳き込んでいた。
「げほ、げほっ……」
「大丈夫? シャロン」
背中をさすりながら、心配そうに蜂蜜を入れたほんの少しだけ冷ました紅茶を差し出してくれるのは婚約者のトラヴィスだ。
差し出されたそれを受け取って飲むと、喉の痛みが少し和らぐ。
ほっと息をつくと同時に申し訳なくなって、シャロンは眉を下げた。
「すみません、トラヴィス様。……わざわざ王都まで来てくださったのに」
トラヴィスの住むデュバル公爵邸は、王都から少し離れた場所にある。
シャロンもトラヴィスも多忙な生活を送っている中では頻繁に会うこともできず、会える日は多くても月に一、二度と限られていた。
(トラヴィス様が王都に来るのは久しぶり。……だから、どこに行こうかたくさん考えていましたのに)
シャロンと婚約するまでほとんど王都を訪れたことのないトラヴィスに、色々なところを案内したい。
何より体を動かすことが好きな彼が楽しめるように、公務の合間を縫ってふだん自分では行かないような場所――大抵が屋外だ――に足を運んでは、色々とリサーチしていたのに。
(そのせいで風邪をひいたなんて……)
あまりにも愚かだ。
情けなくてしゅんと下を向いていると、トラヴィスが小さく笑う気配がした。
「……大丈夫だよ、シャロン」
シャロンの背中を優しく支えながら、ベッドに寝かしつける。
素直にベッドに横たわって見上げると、彼は甘く微笑みながらシャロンの髪を優しく撫でた。
「僕は一緒にいられるだけでいいし、それに――……ふだん凛としている君のこんな姿を見られる男は、君の家族の他には婚約者の僕だけの役得だから」
トラヴィスの優しい言葉に、気恥ずかしくなって鼻まで毛布を引っ張り上げる。
(トラヴィス様は、優しすぎます。だからこそ余計に……)
嬉しさと残念な気持ちが同時に込み上げて、熱でぼうっとした頭のせいか、口からするりと本音がこぼれた。
「……トラヴィス様と、一緒にデートがしたかったです……」
「……」
トラヴィスが驚いたように目を丸くして、恥ずかしそうに口元を押さえる。
「……風邪をひいていてもひいていなくても、君といる時間は幸せだけど。……確かに早く治って欲しいな」
シャロンの手をとり、少しだけ赤くなった頬に当てる。
「君の風邪ならうつしてもらってもいいけど、風邪がうつったら君とデートする楽しみが伸びてしまう。……だから今君に、キスできない」
「……!」
風邪の熱とは違う熱さが、一気に頬に集まった。
何か言おうとして何も思いつかず、掠れた声で苦情を言う。
「……そんなことを言われてしまったら、さらに熱があがりそうです」
「はは。それじゃあ、気合いを入れて看病するよ。君の熱が下がって、一緒に出かけられるようになるまで」
(……お忙しいのに。風邪が治るまで、そばにいてくれるということでしょうか)
布団の下の唇が、勝手に弧を描く。
迷惑はかけたくないから、早く風邪を治さなければいけない。
そう思いながらもトラヴィスのそばにいると頬の熱は、なかなか冷めないような気がした。
コミック3巻からコミカライズ限定書き下ろしのストーリーが始まっています!
うもう先生が素敵でわくわくする漫画にしてくださっていますので、ぜひぜひコミックをよろしくお願いします!