再会
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デュバル公爵家にて。
「最近、サンタルで不可思議に賑わっている娼館があるそうだな」
執務室で髭を撫でながら話すのは、セドリック・ヴァン・デュバル公爵だった。
整った甘い目鼻立ちを無骨な髭で覆ってはいるが、その美貌は隠し切れていない。しかしその眼光は鋭く、厳しい表情と幾つもの戦を駆け抜けてきた威圧感を持つセドリックは近寄りがたい人物でもあった。
「ええ。報告によると、女主人が一人で切り盛りしている寂れた娼館だったそうですが、前触れもなく急にリフォームし高級感を売りにした娼館へ早変わりしたと。働いている女性たちも急に美しくなり、以前と違い花めいているそうです。そしてこれが最大の不審な点ですが―、その女主人によってフォンドヴォール公爵家の紋章が入った貴金属が売りに出されました。」
公爵家令息であるトラヴィス・ヴァン・デュバルが報告を読み上げた。その内容にセドリックの眉根にシワが寄る。
「我が領にフォンドヴォール公爵家の者が訪れた記録はここ数年はない。孤児院ならともかく、娼館に寄付をすることもないだろう」
「先日ありましたフォンドヴォール公爵令嬢の前代未聞の事件と、関わりがあると見て間違いないかと思います」
「ああ。この事件はくれぐれも内密に頼む。…あのこともあるからな」
「勿論です、父上」
トラヴィスは手元の調査書を閉じ、唇を引き締めた。
◇◇
「今日もいいお天気ですわねえ。洗い立てのシーツ、いい匂い!」
シャロンがぱん、と音を立ててシーツを干す。お日様がキラキラと煌めき、真っ白なシーツは風に揺られて気持ち良さそうにそよいでいた。
フルールフローラの庭は、小さいけれども日当たりが良い。洗濯物を干すには最適な場所だった。
雇われたての頃は、洗濯物を干すと言っただけでもカミラにあわあわと動揺されたものだったが、最近ではあんたは働き者で助かるねえ!と山盛りの洗濯物を渡してくれる。きっとシャロンの屋敷の侍女が見たら卒倒するような光景だろう。しかしシャロンはこの気の良い女主人が大好きだった。
シャロンの屋敷のみんなは元気だろうか、と思う。一度元気である旨をフォンドヴォール公爵家だけがわかる形で知らせているが、それでもシャロンを可愛がってくれた両親や兄と弟、使用人は心配しているだろう。
しかし、王太子を婚約者に据え置いた父だけは未だに腹立たしい。もう少し、心配しておいてもらおう。
洗濯物を干した後は、庭に出している椅子に座ってお茶を飲みながら雑用をする。
ポットに入れたお茶は元々シャロンが大好きだったアムル地方特産の紅茶だった。下町では中々手に入らない茶葉だったが、以前シャロンが宝飾品を売った質屋の店主が伝手を辿って手に入れてくれたのだ。
シャロンを血眼になって探しているであろうフォンドヴォール家の手の者に見つからないよう、シャロンの外出はもっぱらこの庭だけである。
元々王妃教育を受けていたシャロンは、屋敷にいた頃庭の散策すら自由に行える時間などなかった。全く苦ではない。
(この生活…いい…)
口元にこみ上げる笑いをそのままに、日課となるノートを取り出す。
これは女性たち一人一人の情報ノートで、前日に着ていた服や髪型、つけた香水と、その日どれだけお客についたのかを記したものだ。
シャロンたち女性にはわからない、殿方受けする自分の姿がデータとしてわかるように書き始めたものだが、客観的な評価がわかるので重宝している。
「妖艶担当のナディアさんは、実は愛らしい服装が人気…やはり人の目とは不確実、データが確実ですわね…と言ってもまだまだ長期でデータを取らなければね」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、シャロンは昨日の分を細かく記入していく。もうずいぶん慣れたものだ。
読み書きができるのはここではシャロンとカミラしかいないため、女主人兼女たちの母親役のカミラに代わってシャロンがこういう仕事を受け持っている。
そうだ。来週からは空いた時間に、娼婦たちへ字を教えていこう。簡単なメッセージカードや、字が読めないお客様には簡単な絵を書いて渡せば、顧客も喜ぶかもしれない。
「失礼、レディ。フルールフローラという娼館はこちらでしょうか」
声をかけられたシャロンが顔を上げると、庭の入り口に美貌の青年が立っていた。
呼吸が止まる。
日差しを浴びてなお黒々と艶めく黒髪に、深い海のような青い瞳。通った鼻筋に引き締められた唇を、シャロンはいつか見たことがあった。
驚きのあまり声が出ないシャロンを見て驚いたのか、青年も目を丸くした。