【1巻発売記念番外編】セドリック、初めてチョコを作る
コミカライズ1巻発売記念の番外編です!
本編とは全く異なる時間軸、IF版です(セドリックに会ったあと、マーリックの正体に気づかないまま娼館で働いている設定)
セドリックのイメージが本編とは180度異なります。苦手な方はご注意ください…!
日曜日。
いつものシャロンの授業に、セドリックが参戦した。
突如現れた眼光鋭い壮年の美しい男性に、女性たちはざわめいた。
「失礼。邪魔にならないようにさせて頂く」
フッと微笑むその姿に、一目で魅了される者も多い。
そんなセドリックは圧倒的な存在感を放ちながら、授業を始めようとするシャロンを挑むように見つめた。
セドリックの視線に動じることなく、シャロンが微笑んで口を開く。
「見学される方もいらっしゃいますがーー、いつも通り授業を行います。さて、本日は世界の国々の風習や行事について。他国には面白い文化がたくさんあります。その中でも今回は家族や恋人に愛情を伝える行事についてーー」
その切り口から始まったシャロンの授業は、想像以上に見事なものだった。
淀みのない流れるような説明には飽きさせないよう上手に緩急がつけられ、愛情という身近なものを題材に受講する者の興味を掻き立てる。
少し耳にしただけでも、この授業がレベルの高いものだとすぐにわかった。
――さすが、我が家の嫁になる女性。
トラヴィスが見染めた女性ならばどんな女性でも、いや、たとえ女性でなくても、受け入れるつもりだったセドリックだがーーなんとも素晴らしい女性を選んだものだ。
そんなことを考えている内に授業終盤を迎え、シャロンが締めくくりの言葉を紡ぐ。
「ーー今お話ししたように、世界には愛を伝える行事がたくさんあります。その中でもチョコレートを贈り、愛を伝える行事が一番有名でしょうか。家族、恋人、友人、想い人。渡すお相手は様々ですが、手ずから作り真心を示す方も多いのだとか」
そう言いながらシャロンが、どこからか大きな袋を取り出し、机の上に置いた。
「そして今日がその日です。本日、皆様に感謝と親愛を込めてチョコレートを用意致しました」
袋の中から綺麗にラッピングされたチョコレートを、一つずつ手渡す。
カミラに頼んで、例の質屋に仕入れてもらったものらしい。
セドリック、トラヴィス、グレイにも手渡されたそれは、甘い香りを漂わせている。
目を輝かせて受け取るトラヴィスの顔を見て、セドリックは思った。
――自分も作ってみようかな、と。
◇
「父上っ……!?」
「閣下……!?」
厨房に立つセドリックに、デュバル家の料理長とトラヴィスが顔面を蒼白にする。
狂ったのかとでも言いたげな顔の息子と料理長に、セドリックは有無を言わせぬ厳格な声音で「あっちへ行っていろ」と告げた。
気を引き締めてかからねばならない。
菓子作りには一切のミスも許されないと聞く。ならばこれは、戦なのだ。
「……この通りに作れば良いのだな」
シャロンにもらったチョコレートのレシピを見ながら、セドリックは用意した板状のチョコレートを取り出した。
一欠片を割り、味見のために口の中に放り込む。程よい堅さと甘さで、このままでも充分美味しいと思うのだが。
しかし。手ずから作って真心を示すことが大事だと、セドリックは思う。
そうして悪戦苦闘の末に出来上がったものは、見た目は少々武骨なものの、紛れもないチョコレートではあった。溶かして固めただけのものだから、当然と言えば当然なのだが。
「ふむ。……、硬いな」
異常に硬かった。
こんなチョコレートは、未だかつて食べたことがない。
「なるほど……菓子を食べる時間にも顎や歯を鍛錬せよ、と。武を尊ぶ我がデュバル家に相応しき菓子ではないか」
――さすがはシャロン嬢。なんという気遣いであることよ。
シャロンにそう言う意図はなく、セドリックのチョコレート作りが失敗しただけなのだが、セドリックはシャロンの有能さを信じて疑わなかった。
出来上がったものを、二つの皿に盛る。その皿を持ち、まず向かったのは自室だった。
「――今日は、愛する人にチョコレートを渡す日らしい」
今日も穏やかに微笑む絵姿の妻の前に、ことりと皿を置く。
「しかしながら、このチョコレートは硬い。トラヴィスの妻となる女性が渡してくれたレシピで私が作ったのだが――、少々、君には硬いかもしれん」
悪戦苦闘しながら食べる妻の様子が目に浮かぶ。
「君ならば、きっともっと美味く作るのだろうが。まあこんなものでも、君ならば喜んでくれるだろう」
そうひとりごち、絵の中の彼女を見る。
そこにトラヴィスがやってきて、「――父上」と呼びかけた。
セドリックは横目で息子を眺め、先程作った菓子を突きつける。
「お前のものだ」
「……これを、私に?」
「ああ」
「……ありがとうございます」
トラヴィスは黙ったまま皿から一つチョコレートを取り、口の中に入れた。
「……硬すぎませんか」
「これしきの硬度を噛み砕けないとは。お前もまだまだのようだ。これは、歯や顎も鍛えよとシャロン嬢が特別に用意をしたレシピで作ったものだ」
「……!」
黙々と食べる二人の間に、それ以上の会話はない。
その様子を見ているかのように、絵姿の彼女は今日も穏やかに微笑んでいる。
番外編ではお茶目(?)なセドリックですが、コミカライズ版ではうもう先生の手によってキリッとして迫力のあるイケオジとしてオーラたっぷりで登場します。
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