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【番外編:グレイ・ザッツバーグ】嫉妬深き男に幸あれ

シャロンがフルールフローラにいる時の話です。

 



 グレイは今日も、自身の宿舎に帰る前に主君の元へ報告に行く。

 報告は日課だ。夜になると女騎士二名がグレイと交代するためフルールフローラにやってくる。二人が配置についたことを確認し、気づかれないよう他に配置している護衛や諜報から報告を受け、主君の元へ向かうのだ。



 護衛自体は、大変な仕事ではない。

 しかし、憂鬱なのだ。


 トラヴィスの執務室に入る前に、グレイは静かに深いため息をついた。

 この報告の時間が、憂鬱だ。


 特に主君がフルールフローラに訪れた日は、主君の鬱陶しさが増す。つまりは毎日のように鬱陶しい。以前はあんなに忙しそうにしていたのに、こいつ本当はヒマだったんだなと思うくらい毎日毎日飽きもせずにやってくる。実際は睡眠時間を削っているらしい。


 なので当然トラヴィスは、シャロンの様子に関してはグレイよりも詳しいだろう。グレイは無口だし、シャロンも実は口数が多くはないので会話をすることはあまりない。彼女はいつも優雅に微笑んで、しかしいつでも何かしら作業をしている。ワーカーホリックなのではないかと、グレイは密かに心配している。



 憂鬱を呑み込んで執務室の扉をノックをすると、短く「入れ」というドスの利いた声が聞こえた。嫌々中に入る。


 禍々しいオーラである。今日も今日とて機嫌が悪い。わかっていた。

 主君が来るときの彼女はなぜか、主君の顔を見ずグレイにばかり話を振るのだ。グレイの心の叫びも虚しく、彼女は主君の顔を見ない。

 心の中でため息を吐く。


 初恋を拗らせた男は、こうなるのだな。

 いつも冷静沈着で、動じることのなかった主君の狂気に、グレイ・ザッツバーグは内心驚愕していた。



 ◇




 彼女と再会した日のトラヴィスは、それはそれは、動揺していた。

 走ったのだろう、髪がやや乱れている。訓練中の騎士団の演習場に飛び込んできたトラヴィスの姿に騎士は全員言葉を失った。緊急事態であることは、疑いようもなかったからだ。



「グレイ! グレイはいるか!」

「はっ。ここに」



 素早くトラヴィスの前に跪くグレイは、瞬時に様々な事態を想定する。長年和平を保っている大陸で戦争が始まるのか、考えにくいが領民が反乱を起こしたか、もしくは公爵家の当主、またはグレイの主君であるトラヴィスが国に対して革命でもおこすのか。トラヴィスはこの国の王太子を蛇蝎の如く嫌っていて、最近ではそれが更にエスカレートしている。最後の線が一番ありそうだ。


 しかしいずれにせよ、それならば騎士団副団長のグレイではなく、団長に声をかけるだろう。いやいやその前にまずセドリックが管轄する本隊から声がかかるに違いない。何の用だ。



「今すぐ俺の部屋に来るように」



 トラヴィスの部屋に緊張感を保ちつつ入室し、護衛を命じられたグレイはわけがわからないままフルールフローラへと連れて行かれた。


 そして、護衛対象に対する主君の様子を見て更に驚く。何てことだ。明日は槍が降るに違いない。

 普段女性……いや、人間に対して微笑みかけたり気遣ったりしたことがない男が、シャロンのやることなす事に興味を持ち微笑みかけ、グレイに嫉妬する。


 つまり、恋をしているのだ。

 王太子の、元婚約者に。


(だからあんなに王太子を嫌ってたのか……そしてある日を境に嫌いから嫌悪、憎悪に変わったのは他の女を可愛がっているのがわかったからか)



 聞けば十年前に一目惚れをした、初恋の人だと主君は言う。一度挨拶したきりで、それ以降は顔を見たこともないのだとか。



 グレイは恋をしたことがない。

 だからこそ、わからないのかもしれないが。


 自分が彼女だったら重いし怖い。絶対逃げる、とグレイは思う。




 ◇



 考え事をしていた。

 それが少し伝わったのか、トラヴィスの眉間にさらに皺が寄る。鉛筆くらいは挟まりそうだ。


 グレイは軽く両手を挙げた。



「トラヴィス様。主君の命に粛々と従う私にそんな目を向けるのはおやめください。何度も言いますが、護衛を替えてはいかがでしょうか」

「お前が一番腕が立つ。それに僕が一番信頼しているのはお前だ、お前以外に適任がいないだろう」

「そこまで信頼してくださっているのに、何故私に八つ当たりをなさるのですか……考えたら腹が立つな……」



 ボソッと言った言葉が聞こえていたようで、トラヴィスがジロリと睨んだ。

 咳払いをしたグレイだが、もう言ってしまえとトラヴィスを見る。大丈夫、多分殺されることはない……!



「そんなにお好きなら、告白なさってください。さ、明日にでもプロポーズ致しましょう。私の精神の安寧のために。王太子殿下は結婚なさる気ないでしょうし、シャロン様に咎がいくことも無さそうですし、そうしましょう!」



 トラヴィスも少し目を丸くし、そして苦い顔で呟いた。


「……彼女は婚約破棄をされて傷ついているだろう。弱っているところにつけ込むような卑劣な真似はしたくない」


「私が女性なら惚れてしまうほど素敵なセリフですが、近頃の私に対する態度を省みて頂きたいですね。昨今の私に対する理不尽な振る舞いに、シャロン様もお気づきになってしまうのでは……」



 うっ、と項垂れる主君を見る。


 以前の、仕事をこなし冷たい瞳で剣を操る主君とは別人のようだ。けれども、まあ、嫌ではない。いや、この横暴たる理不尽な嫉妬は止めて頂きたいが。


 今の主君は情けないし面倒くさいが、淡々と生きていた頃に比べてずっと楽しそうだ。きっとこれが本来の彼なのだろう。




 男と女のことはわからない。

 感情は読めない彼女だが、何故彼女がトラヴィスの顔を見ないのか、普通に考えれば誰にでもわかる。知らないのは彼ばかりだ。

 


 じっとトラヴィスの顔を見る。何だ、とやや拗ねた顔の主君は、やはり少々情けない。

 教えてやりたい気もするが、教えない。



「あなたの代わりに私が護衛しているのです。まず、仕事を第一に。睡眠だけは、ちゃんと取ってくださいね」



 数秒間を置き「……善処する」というトラヴィスに、グレイは生温い目を向けた。








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