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娼館フルールフローラ

「…シェッ、シェリー!!痛いいいいい」

シャロンが働くことになった娼館―フルールフローラでは、今日も悲鳴が上がる。


「あらまあ。マリーさん、淑女が大声を出してはいけませんわ。女は痛みを乗り越えて美しくなるのです」

腕まくりをしたシャロン―ここではシェリーと名乗っている―が、顔を真っ赤にし目を潤ませているマリーの足を容赦なく揉み上げる。


「ううう…痛いよう…」

「あと少しで終わりですわ。これが終わりましたらパックをしてお化粧にとりかかりましょうね」

「早く…早く終われぇ…」

ピンク色の髪を震わせ身悶えをしている。シャロンとてこのマッサージの痛さはよくわかる。かつて自分も行われる側だったのだ。

でも仕方がない。美とは痛みと努力を伴うものだ。



「シェリー、私、今日はアップにしたいわ」

気怠そうにやってきたのは黒い髪に豊満な胸の持ち主のナディアだ。泣き黒子が色気を増している。


「あら、アップですね。それであればお化粧は目元に赤を乗せてみませんか?ナディアさんにきっとお似合いですわ」


ばあん!と元気よくドアが開き、藤色の髪をしたティアラもシェリーに泣きついてくる。


「おはようシェリー!今日顔がむくんでるの、何とかして!」



次から次へと営業を控えている女性たちがやってきた。

彼女たちはフルールフローラの娼婦だ。小間使いとして働き始めた頃は、貴族然としたシャロンに困惑したり嫌悪感を剥き出しにする女たちも少なくなかったが、今では全員がシャロンをフルールフローラの仲間の一員として扱ってくれる。


それもシャロンが、貴族社会で身につけた社交術と美の磨き上げ方を彼女たちに全て実践しているからだろう。

シャロンがここにきて間も無く二月が経つ。寂れたフルールフローラは、押しも押されもせぬ人気店になり始めていた。


「こらこらあんたたち!シェリーの体は一つしかないんだよ。自分でできることは自分でやんな」


フルールフローラの女主人カミラがシェリーの周りに群がる女たちを一喝した。まったく、とため息をつきながらナディアの髪を巻くべくコテを取り出す。このコテも場末の娼館には見たこともなかった高級品だ。


「それにしても、シェリー。あんたすごいじゃないか。あんたのアイディアは全部当たりだよ」

「いいえ、わたくしはただこうしたら?と申し上げただけで、カミラさんや皆さんが協力してくれたおかげですもの」

「そのアイディアがすごいんだよ。おかげでねえ、この子たちに充分なお給料を払ってやれるしねえ。嫌なお客は追い返せるようになったし、ほんとあんたには感謝してもしきれないよ」



シャロンは以前、東の国の花魁という高級娼婦の話を読んだことがある。

花魁は一晩過ごすだけでも非常に高い値が張る上に、一見の客は顔を見ることもかなわない。必ず身元の確かな保証人が必要で、かつ閨を断ることもあるという。

卓越した話術と教養と芸事を武器に、庶民からは憧れの存在であったらしい。


またこの帝国内では側室や後宮は禁止されているが、貴族が公妾を持つことは普通であった。

長く愛されている公妾は平民出身でも社交を切り抜けられる話術と賢さを持ち、皆しとやかで美しかった。



(つまり殿方が愛し、お金をかける女性は大事にされるべき存在だと、そう思わせる必要があるのではないかしら。どんなタイプの女性でも)


それゆえ場末の娼館だったフルールフローラを、シャロンはまず徹底的に磨き上げた。それから身につけていた国内最高級品の宝飾品をすべて売り捌き、質屋の目を白黒させ多額のお金を手に入れた。

そして磨いても尚寂れたボロ家のフルールフローラを、カミラの馴染みの大工に高級感を出すようリフォームを頼む。

簡易的なリフォームだったが、調度品や家具に工夫を凝らし品のある内装に仕上がった。

廊下には赤い絨毯を敷き、フロントには大輪の薔薇を置き、いつもエプロン姿のカミラも髪を結い上げ正装をさせた。


リフォームの間中は、カミラを始め娼館の女性たちに洗練された女性らしい振る舞いを教えた。

反発していた女性たちだったが、シャロンの美容術に美しくなっていく自分の姿や、身につけた振る舞いによって周りの態度が変わるのを見て最終的にはシャロンに協力してくれるようになったのだ。



努力した分だけ人は変わっていく。

かつて血を吐くような努力をもって淑女の鑑と称されたシャロンだからこそ、身に染み付いていた持論だった。



(…まあそれでも、幼い頃からの婚約者は貴族のマナーも礼儀も知らない甘えた女に取られてしまったわけですけれども)

ミレルダの手練手管はよく知っている。彼女の勝因は自分自身をよく知り、長所を最大限に短所を美徳に見せる手管を身につけていたことだ。そうして欲しいものを手に入れるためなら何でもするその胆力。そこにシャロンは負けたのだ。


(女性として愛されよう、という気持ちもありませんでしたものね…)


正直に言ってシャロンは王太子を愛したことなど一度もない。民を治めるために重責を担う戦友同士だと思っていた。

王族に連なる高位貴族に生まれた以上、シャロンの感情など邪魔なだけだった。愛も恋も辛い、寂しいと思う気持ちも捨てていた。



(しかしここでは、自分の思う通りに生きられるものね。プロデュースするのって、楽しい…)



シャロンの身につけた教養と知識、それからミレルダの手練手管。今までシャロンが培ってきたもの、見てきたものを余すことなくフルールフローラに注ぎ込もうとシャロンは決めていた。



(色々と気になる事もありますし、正直楽しいですし…しばらくここで、このままで。ミレルダ様とアンドリュー殿下へのお礼は後ほどきっちり致しましょう)



マッサージが終わり燃え尽きて灰になったマリーの顔にパックを載せながら、シャロンは上機嫌で化粧箱を手にした。

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