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終わっていくこと、始まること。

 



 その日のうちに聖水は用意された。シャロンを始めフォンドヴォール公爵家、アンドリューやバニッシュ男爵家の者、カール達やフルールフローラの従業員、デュバル家の者など、この事件に関わる者は全て王の前で飲むことを命じられた。

 その後、国王との質疑応答により、結果マーリックとシャロンの話すことは真実だと認められた。



 アンドリューは、王太子として、自身の能力の限界を感じていたという。

 王になる者としての重圧が、いつしか何事もそつなくこなし、王や王妃に可愛がられ貴族中から賛美されるシャロンへの怒りと妬ましさに変わってしまった。


 魅了の石によって増幅されたミレルダへの愛情が後押しし、シャロンを王妃候補の座から引き摺り下ろすことに決めたそうだ。

 人気も能力も高いシャロンを王妃候補の座から退ける方法をミレルダとバニッシュ男爵と話し合い決めたらしい。



 国王はアンドリューの告白を黙って聞いた後、一言怒鳴りつけた。


「愚か者が」


 瞳を閉じて激情に耐える王を見て、アンドリューは一筋涙を流した。

 セドリックにより魅了の石の効果が解けたアンドリューは、自身の犯した罪を自覚しシャロンに謝罪したいと告げたが、シャロンは拒否をした。恨んではいないが、もう顔を見たくはない。



 アンドリューは王位継承権を失った。王族の地位を失い、伯爵の爵位を与えられたが、バニッシュ男爵家に洗脳されていたことを考えると、重すぎる処分だった。

 これにはフォンドヴォール公爵家のみならず、デュバル公爵家もアンドリューを支持しないと表明したことも一因である。


 アンドリューは結果を、沈黙を以て受け入れた。



 王位継承権は妹のエリザベス王女が序列一位となった。フォンドヴォール公爵家の次男と仲睦まじい姿に、落ち着いたら婚約を結ぶのではという話が出ている。

 それ故か、亀裂が入るのではと噂されたフォンドヴォール公爵家と王家の仲だが、フォンドヴォール公爵は建国以来の忠臣としての立ち位置を崩すことはなかった。



 バニッシュ男爵家は爵位を返還、取り潰されることとなり、領地や財産は全て没収された。男爵自身は凶悪犯が収容される監獄へ終身刑となった。


 ミレルダも平民となり、戒律が極めて厳しい修道院へ送られることとなる。罪人のため、所持品は最低限の物しか許されない。



 国の宝であり、保護される対象である聖魔導士は、その危険な能力ゆえに高い道徳心を求められる。その道徳心が全く育っていないと認定されたマーリックは、誓約の石が使われることとなった。


 術者に心酔しており、かつかけられる者に同意があった場合にのみ作動するそれは、術者に対しての忠誠が生涯続く。また、術者の禁止する行為はけして行えない。

 国王と、マーリックの被害者であるデュバル家にのみ秘宝である誓約の石について説明すると、了承が得られた。


 シャロンが誓約の石を使用し、思いつく限りの犯罪、そしてそれらの他者への指示を断固として禁ずる旨を告げた。

 マーリックは一年間牢獄に入り、その後は神殿にてまた働くこととなる。しかし定期的にサンタルのカミラの元に里帰りすることは認められた。


 神殿でバニッシュ男爵から賄賂を受け取った者は懲戒解雇とされ、シャロンを拉致したダニー達は王太子から命じられたという情状酌量があり、地獄のしごきと名高いデュバル家の騎士見習いへ所属することとなった。



 アンドリューを除き、皆罪状に合わない破格の処分である。

 シャロン自身が非常に強く嘆願したためであった。


 死刑が一番辛い罰とは限らない。

 辛い罰を、命ある限り全うしていくことは大変だと、国王に進言した。

 フォンドヴォール公爵もこれに同調したこともあり、これ以上関係を悪化させたくない国王は渋い顔で了承した。





 全ての沙汰が下り、正式にアンドリューとの婚約が解消されたシャロンは自由である。

 今日は屋敷の園庭の散策をしている。疲れたらお茶の準備をし、ゆっくりと味わう。

 社交の一環であるお茶会以外で、この庭でお茶を飲むのは初めてのことだった。


 侍女を下がらせ、一人でお茶を飲む。熱いお茶が喉を通る。



「シェリー」


 後ろからかけられた声に、ちょっと間をあけて振り向いた。


 トラヴィスがにこやかに立っている。シャロンは微笑んで立ちあがろうとしたが、トラヴィスがそれを手で制しシャロンの隣に座った。



「お疲れさま」

「いいえ、トラヴィス様とセドリック公には大変お世話になりまして……」


 シャロンが話し始めると、トラヴィスはきっと厳しい顔でシャロンを見つめた。


「もう無理はしないでほしい」


 指先でシャロンの頬を撫でる。

 低い声が、温かな温度でシャロンの胸に染みた。



「君は誰よりも頑張っていた。僕は知っている。そつなくこなしていたわけじゃない。これ以上頑張らなくていい。傷ついてない振りなんて、しないでほしい」



 一瞬間が空く。

 再び口を開こうとしたトラヴィスが、ゆっくり驚きに目を開いた。


 ぼたぼたぼた、とシャロンの瞳から大粒の涙が落ちる。

 自身の目から落ちたものだと一瞬信じられず、涙の落ちた手をまじまじと見つめた。


 その後、嗚咽が漏れた。抑えようと思っても止まらない。シャロンは両手で口を押さえ、腰を折る。トラヴィスが優しく背を撫でる。

 大きな手のひらに安堵すると、さらに涙も嗚咽も出た。



「な、仲が良いときも、あったのに、」


 トラヴィスがうん、と相槌を打つ。


「あ、あんなに、憎まれているなんて、思わなかった。頑張ったことが、ひとを、追い詰めるなんて」



 シャロンは物凄く傷ついていた。

 お互い、足りない物もある。愛していたわけじゃない。


 でもかつては、お互いこの国を守っていこうと話していたではないか。そのために頑張ろうと誓ったではないか。


 戦友として、信頼していた部分がミレルダによって少しずつ崩れていた。疎まれているのも知っていた。

 けれども、あそこまで憎まれているとは思わなかったのだ。


 自分の努力が人をあそこまで追い詰めたこと、

 自分の存在が誰かを傷つけたこと。


 そのどれもに我慢がならなかった。

 本当に傷ついたのだ。




 トラヴィスは優しく背を撫でてくれる。安心する。

 両親や兄弟も見抜けなかった自分の無理を、どうしてこの人はわかったのだろう。


 大声で泣きじゃくりながら、シャロンは考えた。


 もうこの人なしでは、生きていけないと思った。







次回で本編は終わります。

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