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拉致され、そして。






 シャロンはフォンドヴォール家の馬車に乗り、家に向かうはずだった。

 校門前にて馬車を待とうと、シャロンが立ち止まった途端突然現れた二人組の男に拉致される。助けを求めようとする前に、口に強い薬品の匂いがする布があてがわれ、意識が遠のき――




 シャロンが目を覚ますと、そこはボロボロで薄汚れた部屋の中だった。部屋の中は暗くランプの明かりがゆらゆらと揺れている。どうやら夜になっているようだが、どれくらい眠っていたのだろうか。

 言い争っている声が聞こえる。


「どっからどう見ても貴族のお嬢さんじゃないか!!こんな子が娼館に雇われにくるわけないだろうが!あんたら人をさらってきたんじゃないだろうね!?」


 髪をひっつめに結ったふくよかな中年の女性がシャロンを捕まえた男たちを怒鳴っているところだった。シャロンはペラペラの布―かつて毛布だったようだ―の上に寝かせられていた、


「見たとこあんたらも貴族様のようだけど、こちとら犯罪の片棒担ぐのはごめんだよっ!ここらはセドリック様が治めるルネスコ領だ。そこらの貴族の悪巧みなんか聞かないよ!通報するからね!」

「ふ、ふざけるな!もう貴様には頼まぬ。後悔しても知らんからな!」


 通報、という言葉に焦ったのか男達が大げさに慌てる。誘拐までしてずいぶん肝っ玉の小さいことだ。今日はいろいろなことがあって動揺していたとはいえ、こんな奴らに拉致を許すなど一生の恥、不覚である。シャロンはコホン、と咳払いをひとつした。男達と女性がハッとしてシャロンに目を向ける。

 シャロンは小首を傾げながら、尋ねた。



「お話中申し訳ありませんが…わたくし、売られるところですの?」


 か弱い少女の可憐な唇から紡がれる声には、恐怖や不安は少しも滲んでいなかった。

 シャロンはゆっくりと辺りを見回し、立ち上がる。頰は煤け髪は乱れていたが、凛とした美しさは崩れることがなかった。窓から覗く月明かりがシャロンの金の髪を柔らかく照らす。



「…あなた達、ミレルダ様と親しいヴォルトン子爵家のカール様とペニー男爵家のダニー様ではございませんか?これはどういうことでしょう。見たところ、わたくしは拉致されたようですが…」


 菫色の瞳が男たちを捉えた。冷たく刺すような視線に、そこにいた全員の背筋に悪寒が走る。



「あなた方のお顔とお名前、わたくし、しっかりと覚えましたわ。このお礼は、今度、必ず致しますわね」



 にっこりと微笑むシャロンを見て、男たちは逃げ出して行った。

「逃げてどうするんでしょうねえ…全く。小者にもほどがありますわ」

 はあ、とひとつため息をつく。あっけにとられている女性に向いて、完璧な淑女の礼を執った。


「突然のことでご迷惑をおかけし申し訳ありません。わたくし、気づけばここにおりまして…先ほどデュバル卿の治めるルネスコ領とお聴きしましたが…」

「あ、ああ…ここはルネスコ領のサンタルの花街ですよ。ここは娼館…と言っても貴族のお嬢さんにはわからないでしょうが」



 ルネスコ領は学園のある王都から馬車で6、7時間ほど離れた場所にある。ルネスコ領を治めるセドリック・ヴァン・デュバル公爵は、このクリンテッド王国に二家しか存在しない公爵家のひとつだった。

 シャロンのフォンドヴォール公爵家が王家の右腕だとしたら、デュバル家は王家の影。豊かな実りある領地と圧倒的な武力を持ち、民からの信頼があついデュバル家は王家との関わりも深い。

 そして誇り高きデュバル家は、王家からの命令も時に拒否をすることもある。このクリンテッド王国の武力の大部分を握っているからこそできることだ。

 あまり社交界には姿を現さないデュバル家だが、シャロンは幼い頃セドリック公と令息トラヴィス卿に会ったことがある。トラヴィス卿はシャロンより2、3歳上だった。セドリック公もトラヴィス卿も非常に美しい顔立ちをしていて、周りの婦人が色めき立っていたことを覚えている。



 デュバル家の治める領は下町であっても治安が良い。

 娼館の女主人らしいこの女性も、先ほどの話を聞く限り自ら働きたいと言わない限り無理やり働かせるということもなさそうだ。勝気そうなつり目に固く結ばれた唇でとっつきにくい雰囲気を出しているが、心配そうに眉根を寄せているあたり人の良さがにじみ出ている。


「まあ、寂れた娼館なんでね、大したおもてなしもできませんけど…どうしましょう、あんた貴族ですよね?保安隊までお連れしましょうか?セドリック様のお屋敷の方が良いですか?」

「――いえ。」


 一瞬考えて、シャロンは言った。女主人が怪訝な顔をする。



「―わたくしを、どうかこちらで働かせてくださいませ」


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