再会-2-
「やあ、久しぶり」
シャロンにはにかむような笑顔を見せる男は、シャロンのことを知っているようだ。
よく通る声がロビーに響く。グレイが剣に手をかけ身構えた。シャロンを拉致した男たちがビクッと怯えを見せた。
「やっとこの街に来てくれたと思ったのに、君ときたら外には出ないし、僕以外の男と仲良くして、外に出たと思ったらその男の家に行って、挙句の果てには結婚だって?折角苦労して婚約破棄させたんだ。……再会はロマンチックにしたくてね、会いに行くのをずっと我慢してたのに。こんな再会で残念だよ」
男が悲しそうに瞳を伏せる。
先ほど感じたように、見覚えは、あるような気もする。
けれども全く思い出せない。
「シャロン様、君にこんな場所はふさわしくない。君に全てをあげよう。君の望みは全て叶えよう。望むならばこの王国も、いやこの大陸も君のものに。どうか僕の妻となってほしい」
頬を紅潮させた男が両手を開いてうっとりとした目でシャロンを見る。
近くで縛られているマリーたちは、明らかにドン引きした顔で男を見ていた。
怪我はなさそうだ。シャロンはほっと安堵する。
しかし、フルールフローラを荒らされ、彼女たちに何かしらの乱暴を働いたことは間違いない。
シャロンの胸に嫌悪と怒りが湧き上がった。
けれども朝の騒動の際とは違い、頭は冷静だった。
自分の言葉に陶酔している男の顔を見て、さらに頭が冷めていく。
「わたくしは、あなたのことなど知りません」
シャロンが冷ややかに言い放つと、両手を広げたまま男は固まった。
「あなたはいつも色々と手配してくださってた質屋の方でしょうか?聖水入りの品をどうもありがとう。そして、この状況はどういうことでしょう。彼女たちを放してくださいませんか」
シャロンの言葉に男の顔がどんどん青ざめていく。
そんな…と口を覆い、悲しみや苦しみがないまぜになったような奇妙な表情で固まった。
「…いや、そうだね、仕方ない。君はあの時まだ10になったばかり。一目、目が合っただけの僕を忘れても当然だ。大丈夫、僕たちはこれからだ」
気を取り直した男に、マリーたちが(やべえ)と言った顔をする。カミラは青ざめていた。
勿論シャロンも引き攣った。
(10になったばかり…10といえば花の儀。そうだわ、聖魔導士の祝福を受けたはず…)
「花の儀…」
ぽつりと呟いた言葉に、男がぱっと顔を明るくし喜ぶ。
クリンテッド王国では、子が10歳を迎えるとその家の一員として認められる、花の儀という行事がある。
神殿で神と精霊に感謝を捧げる神事だ。
高位貴族になるとその神殿に所属する聖魔導士の祝福も授けられる。子どもの成長の節目となる行事であった。
「そうだよ!思い出した?あの頃の僕は毎日神殿で祈りを捧げるだけの日々を送っていた。その時に君が来た。10になったばかりの君はあまりに美しく、光の精霊の化身かと思った。…けれど一番僕が惹かれたのは、その瞳だ。強い思いを抑圧し、自分を律し、正しくあろうと欲望を押し込めていた」
男が手袋を脱ぎ捨てた。
手の甲に杖のような形の紋様が浮き出ている。そこから黒い煙のようなものが微かに上がっているのが見えた。