聖魔導士は
セドリックは愉快そうに瞳を光らせ、顎に蓄えた髭を撫でた。
「私たちが犯人ではないと判断された理由は?」
「まず、婚約破棄とわたくしの拉致は無関係ではないでしょう。ミレルダ様は処刑に関して嘆願され、わたくしは拉致され娼館に売られはしましたが店主は自ら望まない女性を無理に働かせることはしない方でした。わたくしはフォンドヴォール公爵家の娘です。デュバル公なら、遠回りなことはなさいません。何の躊躇いもなくわたくしを殺すでしょう。そしてこれが最大の理由ですが――聖魔導士を見つけました」
トラヴィスが目を見開く。
シャロンは娼館から外出はしない。護衛のグレイからも報告が上がっているだろう。
いつ、一体どこで見つけたのか。不思議で仕方がないという顔をしていた。
そんなトラヴィスをシャロンは真っ直ぐ見つめ微笑む。
「トラヴィス様。わたくしは一時は淑女の鑑と称されました。そんなわたくしが、トラヴィス様の前でため息をついたり、悩んだりする姿を見せるのはおかしいなとお思いになりませんでしたか?」
「それを言うなら、君がこの状況に陥った全てがおかしい。まず淑女は拉致した男に絶対仕返しするなんて宣言はしないし、一刻も早く家に帰る」
正論だ。
けれどシャロンは涼しい顔で、それはそれです、と言い放つ。要は動揺を顔に出したかどうかの話をしているのだ。
トラヴィスが憮然とする。その憮然とした顔も素敵だなと眺めつつ、言葉を続けた。
「わたくしはこちらに来てからしばらく経って、感情が溢れるのが止められないことがございました。しかしそれは次期王妃の重圧から逃れた解放感だったり、下町の小間使いとしてここにいるから、と思っていました。けれどそれでは公爵家令息のトラヴィス様に対しても淑女の仮面を被れないのはおかしなこと。先ほどそれに気づき――わたくしが感情を抑えられないのは、ある物を摂取しているからだと気づきました」
「――聖魔導士の聖水か」
セドリックが僅かに眉根を寄せた。
シャロンの言葉が全て本当であれば、やはり聖魔道士はこのサンタルの地にいる。そうしておそらく、秘跡に入り込み魅了の石を作成したのだろう。
「その通りです。聖魔導士の聖水を摂取すると、量にもよりますが感情の抑制が効かなくなります。わたくしはおそらく微量の聖水を摂取しておりました。それらはおそらく…アムル産の茶、東方より仕入れた匂い袋、ケーキ作りのための上質な材料。これらに含まれていたものと思います。何故これまで気づかなかったのか。公爵家でも手に入れるのが難しいものもあります。きっと相手は気づくのを今か今かと待っていたのでしょう」
「それでは、まさか。聖魔導士は、」
トラヴィスが気づいた。
「はい。おそらく下町の、質屋です」
セドリックとトラヴィスは同時に顔を見合わせる。
全く予想はしていなかった。聖魔導士といえば、国でも片手で数えるほどしかいない。
まさか質屋を営んでいる聖魔導士がいるとは、想像すらしていなかった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
話が長く焦ったいですが、このパートは後1、2話かなと思っています。しかし話をまとめる才能がないので長引いたらすみません…。
終わりに向かいつつも、まだ後3分の1ほどは続く予定です。よければ最後まで読んでくださると嬉しいです。