デュバル公爵家へ
クリンテッド王国の双璧、フォンドヴォール公爵家とデュバル公爵家にはそれぞれ秘宝が納められている。
公爵家の直系以外、秘宝に関する情報はすべて秘匿されていた。
名前や効果、形状についても全て明かされていない。
王家とて例外ではなく、フォンドヴォール公爵家の秘石、誓約の石に関しては、シャロンの父親であるフォンドヴォール公爵と、シャロンとシャロンの兄、そして弟の四人のみしか知らないことであった。
同様にデュバル公爵家の秘宝である魅了の石に関しての情報は、デュバル公爵セドリックとその嫡男、トラヴィスのみが知っている。
通常であれば、シャロンが魅了の石についてその名称だけでも知ることはあり得ないのだ。
人には決して聞かれたくない話ということもあり、シャロンとトラヴィスはデュバル公爵家に場所を移した。
それならば、トラヴィスの父であるセドリックにも伝えたほうが良いだろうとシャロンが言うと、トラヴィスもそうしてもらえたら助かると頷いた。
シャロンは貴族として相応しい服を持っていない。悩んだが、シャロンが持っている中で一番よれていないものを選んだ。その間にトラヴィスはセドリックへ言付けを飛ばしたようだ。
デュバル公爵家は黒を基調とした宮殿で、見渡す限りの美しい緑の芝生との対比が見事だった。
堅牢、といった雰囲気の宮殿は、白を基調とし優美さを表現したフォンドヴォール家の宮殿とは対称的である。武を尊ぶデュバル家らしい美しさであった。
応接室に入ると、やはり公爵家らしく中は豪奢な調度品で整えられていた。一つ一つが代々伝えられている名品なのであろう、歴史を感じさせる佇まいに自然と背筋が伸びる。
そして何より、応接室で黒い革張りのソファに腰掛けているセドリックは凄まじい威厳があった。
これがクリンテッド王国の武の頂点に位置する者なのだろう。シャロンの父から放たれる貫禄とはまた違う、支配者の空気であった。
記憶よりも年を召されているが、トラヴィスと同じ黒髪、深い海の色の瞳は変わらない。
「よくぞ来て下さった、フォンドヴォール公爵令嬢」
瞳に警戒の色を宿したまま、セドリックは口元に笑みを浮かべて歓迎の挨拶をした。
シャロンが淑女の礼をとり、口を開く。
「デュバル公爵におかれましてはご機嫌麗しく。わたくしはシャロン・レイ・フォンドヴォールと申します。お目にかかれて光栄です。このような格好で申し訳ありません、どうぞご容赦くださいませ」
「息子からは先ほどおおよその話を聞いた。拉致され下町に身を寄せていたと。心中お察しする」
セドリックに促されシャロンとトラヴィスはソファに腰掛けた。
執事がお茶を出すと、トラヴィスが呼ぶまで下がっているようにと合図する。
扉が閉まり、セドリックが口を開いた。
「私は、令嬢がただ下町に身を寄せていたとは思えない。まず、魅了の石だが…これは我がデュバル公爵家の機密になる。話してもらえるだろうか」
シャロンが頷く。
「まず、ご存知の通りフォンドヴォール家は外交を得意としておりますので、幼い頃よりあらゆる語学を叩きこまれます。今は解する方も少ないですが、古代リスデニア語も教育されました。そしてわたくしはアンドリュー殿下の婚約者でしたので、王家の一員として王宮図書館にある禁書も読むことが許されていました。禁書の一つに、古代リスデニア語で書かれた我が国の建国史があります。そこには建国の際、王を守る双璧が秘宝を得たこと、それぞれ魅了の石と誓約の石と名付けられ、双璧の血を引く人間のみが使用できると書かれていました」
「…まさか、書物に記されているとは」
「はい。ただ、古代史ですので、本当のことが書かれているとは限りません。これも伝説の類、眉唾ものかもしれないと思いました。…話を戻します、書物には双方の秘跡で採掘される塩、純金、王家の血でその秘宝は力を持つと書かれておりました。そうして定期的に双方の秘跡で魔力を充填させることも必要だと。実際我が家の秘石は、秘跡に当たる場所にて保管されています。それは門外不出の秘宝を移動させるリスクを減らすためです」
秘跡とは、それぞれの公爵家にのみ伝えられる秘められた遺跡のことだ。
セドリックが驚いたように眉を上げる。
「まるで錬金術だな」
ええ、まさしく。シャロンは頷き話を続ける。
「わたくしは、元々婚約破棄の前からアンドリュー殿下の変わりようを不審に思っていました。殿下はご自身の立ち位置は理解されている方です。王太子という身分で、婚姻前に未婚の女性と極度に親しくなることは考えられませんでした。」
シャロンの言葉にトラヴィスが頷く。
「ああ。私も、今回の婚約破棄の件で殿下は何かしら精神作用のある術をかけられているのではと考えた。けれど精神作用に関する魔術や心理学の最高権威であるフォンドヴォール公爵家がそれを見破れない以上、現時点で考えられるのは――魅了の石だけだ。しかし、デュバル公爵家の秘石は他家の人間には使用できない上厳重に保管されている。念のため現物を父上と確認済みだ。そして秘跡にはデュバル家の者以外は決して入れない魔術がかけられている」
「ええ。デュバル公爵家の秘跡に入ることも、そもそも魅了の石の存在を知る者も限られているでしょう。ましてやそれを持ち出せるのは、デュバル公爵お一人です。ただ、婚約破棄のあの一部始終でわたくしは、魅了の石かそれに準ずるものなのではないかと思いました。古代リスデニア語を解するのも、禁書を読める人物も非常に限られてはおりますが…高位精霊の加護を賜る聖魔導士でしたら可能です。彼らは禁書を読む権利がありますし、精霊の力を借りてあらゆる言語を解します」
聖魔導士は、光、もしくは闇の精霊の加護を持つ魔導士のことだ。
「そしてその禁書にはこう記されていました。材料を揃え、闇の精霊の力を借りれば秘石ーー魅了の石さえ模造ができる。しかも、模造品は双璧の血を引く人間以外も使用できるのです。そして聖魔導士なら、秘跡に入れる魔術を破る術も持っています」
これにはトラヴィスとセドリックも言葉を失った。
「ですのでわたくしは娼館に売られた際、ここがデュバル公爵家のあるサンタルだと知り留まることに致しました。しかし、何が敵かわからない状態です。まずデュバル公爵家にお伝えしなければならないことでしたが、デュバル公が敵ではないことを確信できるまではお話ができなかったのです。重ねてお詫び申し上げます」