わがまま
「ダメだ」
にべもなく切り捨てられる。
「そこをなんとか」
「ダメだ。何と言われても無理だ」
「じゃあ一人でやりますわ。今まで大変お世話になりました」
「…全力で止める」
些細な悪戯の協力を求めたところ、話の全容を聞くなりトラヴィスは眉間に眉を寄せたまま首を縦に振らなかった。
「危ないことをするなと、今言ったばかりだろう!」
額に青筋が立っているのが見える。本当にお怒りらしい。
意外とよく怒る方なのだな、とシャロンは怒らせていることを棚にあげて思った。
「君はこの国一番の美貌と讃えられ社交界の薔薇と評され、淑女の鑑と称され、すべての貴族令嬢の模範であったと聞いているぞ!なぜこんな突拍子もないことばかり言いだすんだ!?」
「そ、そんなに褒められると照れます…」
「褒めてない。全く褒めていない。わかってて言ってるだろう」
ここまでトラヴィスが怒るシャロンの悪戯とは、大したことではない。
王都に戻ることに決めたが、その前にどうしてもシャロンを拉致したあの男爵令息と子爵令息の二人に軽い悪戯をしなければ気がすまない。
しかし暴力に訴えるのは好みではないので、軽く驚かした後にお話をさせて欲しいというだけだ。その軽いおどかしの材料を用立てて欲しいと言ったら怒られてしまった。
けれど何せ彼らにお礼は絶対にすると言い切ってしまったし、王都に戻ってシャロンが拉致のことをすべて話したらあの二人の命はなく、家も取り潰しになるだろう。そこまでの大事にはしたくなかった。おそらくこれは、彼らの意思のみで動いたことではないのだろう。
だからこそ彼らに、聞かなければならないこともあった。
「ちょっと護身用の用具を作るだけですし、グレイ様にも一緒に来ていただきますがけして危険に晒すようなことは致しません」
「…問題はそこではない。君が危ない目に遭うのが嫌だと言っているんだ」
取り付く島もないトラヴィスの脇にすすす、と近づき、シャロンは耳元で囁いた。
「魅了の石の黒幕に関わると言ったら、認めてくださいますか?」
「…どこで、その石の名前を、」
深い深い青の瞳に見つめられて、シャロンの背筋に甘い痺れが走った。まだ理性のたがが、少々外れているらしい。
本来であれば、トラヴィスを巻き込むつもりは決してなかった。
間も無くこの海の色の瞳も見納めだろう。
王都に戻った後、この問題が片付くまで何度か会うことはあるかもしれない。
けれどももう、二人で一緒にタオルをたたむような時間はこない。
だからこれで最後。
最後にもう一度だけ、二人で一緒に何かしたかった。
(卑怯かもしれないけれど。でもきっとこれを糧に、私は残り一生を生きていける)
「一緒に悪戯してくださるなら、お話しいたします。トラヴィス様と一緒なら怖いことなど何もありませんから」
「なっ…」
トラヴィスの顔がサッと赤くなり、片手で口元を覆った。
(…しまった。婚約者でもない男性におかしなことを申し上げてしまった…)
「トラヴィス様は剣の腕もお強いとグレイ様からお聞きしましたわ。先ほどもとても頼もしかったです」
いかにも剣の腕前に安心してるだけですよ。異性としてそばにいて欲しいという意味ではないですよ、という意味を込めて素知らぬ顔で続ける。
「…本当に危ないと感じた時は、私の言うことを聞いてくれ…」
ギクシャクとしているトラヴィスに、これまた動揺しながらシャロンも頷いた。
そんな二人を、生温い瞳でグレイが見守っていた。
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